13 美少年の魔法が解けるとき

 昨日、わたしが莉央を女子グループから連れ出した件について、莉央が村上さんと佐藤さんにどんな説明をしたのかは知らない。

 なんかよくわかんなかったわ〜、とはぐらかして、何事もなかったかのようにグループに戻ることだってできはずだ。

 でも、莉央はしなかった。

 莉央に興味がない──莉央を雑に扱う二人から、一旦距離を置こうと思ったのかもしれない。

 莉央がグループを抜けたことは、あっという間にクラス中に知れ渡り、女子全員から、まるで異常者のような視線を向けられていた。

 無視されるあいさつ。

 わざとらしいヒソヒソ話。

 その空気を作ったのは、考えるまでもなく、村上さんと佐藤さんだろう。

 給食が終わった後の昼休み、莉央に誘われて、わたしは中庭にやってきた。

「いやー、教室マジで居心地悪いわ」

 莉央は笑いながら、植物係として、花壇に水やりをする準備をしていた。ジョウロに水が軽快な音を立てて入っていく。

 クラスの人たちから、ひどい扱いを受けているのに、係の仕事をまっとうする莉央に、わたしは感心してしまう。

 こんなに真面目で優しくていい子なのに……。

「犯罪でも犯したみたい。何も悪いことしてないのに」

 わたしが拗ねるようにくちびるをとがらせると、莉央はぷはっと吹き出した。

「犯罪者! 確かに!」

 たとえがツボったのか、莉央がお腹を抱えて笑い出す。

 わたしもつられて一緒に笑ってしまった。

「……朝陽はさー」

 莉央が笑い涙を拭きながら、ジョウロに入れる水を止める。

「優しいから、みんなに合わせてくれるんだ。お願いしたら、なんでもしてくれる」

「……うん」

 なんとなくわかる。

 誰の希望も叶えてくれる──朝陽くんが人気な理由。

 莉央は続ける。

「だから、ウチは朝陽に「希とつるむな」とは言えなかった。そういう、命令する関係になりたくなかったから」

 命令。

 お願いじゃなくて、命令。

 莉央と朝陽くんの関係性で「希とつるむな」と言われたら、朝陽くんは悩んだかもしれない──わたしと朝陽くんの、急激な距離の近さに違和感を覚えていた人は多かったみたいだし。

 でも、莉央は「命令」しなかった。

 きっと、朝陽くんが大切だから。

 莉央だって朝陽くんと同じように、誰にでも優しいけれど、莉央にとって朝陽くんは、本当に特別なんだな。

「……莉央のそういうところ、わたしは好きだな」

「きゅ、急になんだよ〜! 照れるじゃん!」

「あはは」

 肘でぐいぐい突かれて、わたしは笑いながら防御をする。

 二人でじゃれていた、そのとき。

「──莉央!」

 聞き慣れた声がした。

 わたしよりも、莉央のほうが聞き慣れているであろう、声。

 二人同時に振り返ると、朝陽くんが立っていた。

「莉央、植物係だろ。なんで呼んでくれないんだよ」

 走ってきたのか、息が切れている朝陽くん。

「あ、え? ご、ごめん」

 朝陽くんに言われて、莉央は戸惑っていた。

 そりゃあ、戸惑いもするだろう。昨日は、一人でやっといてくれ、と断ってきた朝陽くんから、今日は「なんで呼んでくれないんだよ」と正反対のセリフを言われるんだから。

 ──レンくんの魔法が解けたんだ。

 本来の朝陽くんは、やっぱりこうでなくちゃ。

「オレの代わりに、多田が手伝ってくれたのか? サンキュな」

 朝陽くんはわたしに気づいたらしく、感謝してきた。

 どういたしまして、と軽く返すわたしに、

「え? え? 希?」

 莉央が、わたしと朝陽くんを見比べる。何も知らない朝陽くんは、莉央の様子に「?」を浮かべている。

 すべてを知っているわたしだけが、莉央に向かって親指を立てたのだった。

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