7 美少年と嫉妬心

「希、まだ寝てたの? 早く準備して、遅刻するよ〜」

「れ、レンくん!?」

 自宅のインターホンが鳴らされ、母が出たが──来客の第一声は「希ちゃんいますか?」だったので、寝起きのわたしは母の大声によって玄関まで走らされた。

 寝癖全開のわたしの登場に、レンくんは呆れたように笑った。

「ど、どうしたの? こんな朝に?」

「どうしたのって、迎えに来たんだよ。一緒に学校行こ?」

 小首をかしげ、かわいい仕草をするレンくん。

 男の子と、一緒に登校!?

 そんなの、少女漫画でしか見たことない!

 現実で起こるなんて……!?

「ほらほら、待ってるから、準備してきて?」

 家に戻され、急いで準備をしてくる。食パンを口にくわえて再度現れたわたしに、レンくんはお腹を抱え始めた。

「寝坊のお手本みたいだねえ」

 並んで通学路を歩き出すと、一緒に登校しているんだ、と改めて実感が沸いてくる。

 男の子と一緒に登校なんて、ちょっとドキドキする──と、そこまで考えて、わたしはハッとした。

 い、いや、わたしが好きなのは、朝陽くんだし!

 レンくんは、わたしの恋を応援してくれてるだけだから!

 余計な思考を頭から追い出して、学校に到着する。

 教室へ向かう途中──廊下で、小原さんを含めた女子三人組が談笑していた。

 小原さんと、村上さんと佐藤さん。

 小原さんはわたしをにらんでいる気がするし、村上さんと佐藤さんも、わたしに気づいて会話をやめた気がした。

 ……なんか、怖いな。

 自分は空気だと言い聞かせて、彼女たちの前を通り過ぎようとしたとき──

「あいつ、朝陽に声かけられてんのに、今日は転校生と一緒かよ」

 と、村上さんが。

「男、好き過ぎない〜?」

 と、佐藤さんが、わざと大きめの声で、聞こえるように言った。

 女子とは思えない、とても低い声色だった。

 うわ……そんな風に思われてるんだ……。

 口の奥が、苦くなる。

「ちょっと……さすがに、そういうのよくないでしょ」

「何? 莉央は黙っててよ」

「う……」

 小原さんが、村上さんと佐藤さんを注意したみたいだったけれど、逆に黙らされている。

 ──わたしだって、言い返したい。

 でも、言い返す勇気なんてない。

 聞こえないふりをして、なんでもない風を装って、ただ真っ直ぐ教室へ向かうのが精一杯。

 一歩一歩、と前へ進む足が震える。

 早くこの場から消えてしまいたい。

「希は悪くないよ」

 レンくんが、わたしの耳元で囁いた。

 バッと勢いよく、レンくんのほうを見る。きっと、わたしは酷い顔をしていただろう。

「ボクが守ってあげる」

 安心させる天使の微笑みと共に、頭を優しくなでられた。

 嫌なことを言われるのは、しょうがない。

 言い返せないのも、しょうがない。

 だって、わたしが悪いから。

 いつも、そう思っていた。中学受験に落ちて、母や姉から出来損ない扱いされても、言い返せなかった。

 家族からもそういう扱いを受けてきたわたしが、クラスの女子に言い返せるわけがない。

 怯えて、うつむいて、聞こえないフリをして、何もなかったことにしようとしたのに。いつだってそうしてきたのに。

 ──「希は悪くない」

 ……泣きそうだ。

 彼は一人、女子グループに近づいて行く。

「ねえ」

「な、なに……」

 まさかレンくんがやってくるとは予想していなかったらしい小原さんたちは、あからさまにうろたえていた。

「なんでわざわざ聞こえるように悪口言うの? 希がキミたちに何かした?」

「だ、だって、あいつが朝陽に……」

 村上さんがモゴモゴと言う。

「希は朝陽くんに何もしてない。朝陽くんが勝手に希に近づいているだけ。だから、希に当たるのは筋違いだよね?」

「っ……!」

 レンくんが三人──主に、村上さんと佐藤さんを詰める。彼女たちはバツが悪そうに、下を向いた。

 ……や、やりすぎでは……。

「待って」

 わたしがレンくんを止めようと歩き出すよりも先に、彼と女子二人の間に入ったのが小原さんだった。

「うちらも、アンタと仲良くなりたいだけなんだよ。だから、朝陽にもアンタにもチヤホヤされてる多田に嫉妬しちゃったの」

「…………」

「…………」

 悪口を言ってきた村上さんと佐藤さんは何も言わない。

 小原さんはわたしのほうに視線を変えて、軽く頭を下げた。

「ごめん、嫌な思いさせて。許してあげてほしい。あと、ウチも睨んだり調子乗んなよとか言って、ごめん」

「か、顔上げてよ……! わたしは大丈夫だから……!」

「……ありがとう」

 顔を上げた小原さんは、ほっと小さく息を吐いた。

 昨日とは別人みたい……。

 小原さんも、わたしにムカついていたはずなのに……友達のために、代わりに謝るなんてことができるんだ……。

 もしかして、小原さんって、そんな怖い人じゃないのかも……。

「行こ、希」

「う、うん……」

 わたしたちは、今度こそ教室へ歩き始める。

「朝陽くんのことが好きな女子は多いんだね」

 レンくんが言う。

 確かに、ずっと片思いしていた人が、突然別の女子に熱烈なアプローチを始めたら──嫌な気持ちになるのも仕方ないかもしれない。

 特に小原さんは、朝陽くんと幼馴染で、付き合っているんじゃないかってくらい仲が良かった。本当に付き合ってるのかどうかは知らないけれど。

 だから小原さんは、昨日わたしをにらんでいたのか……。

「嫌なことは嫌って言ったほうがいいよ」

「で、でも……それでダメだったら……」

「それでダメなら放っておくしかないけど、相手がどうしてそういうこと言うのか、理由がわかったり、和解できることもある。相手のことを何も知らないで、ただ我慢してるだけじゃ、何も変わらないよ」

 ……ぐうの音も出ない。

 小原さんたちがわたしに嫉妬してるなんて、想像もしなかったし、小原さんの気持ちを考えもしなかった。

 相手の理解を諦めて、我慢して、勝手にストレスため込んでるだけじゃ、何の解決にもならない。

「……まあ、いざとなったら、ボクが守ってあげるから」

 黙りこくってしまったわたしに、レンくんが付け加えた。

「うん、ありがとう……」

 その優しさが、とてもありがたい。

 ……だけど、なんとなく、このままじゃダメな気がする。

「希、おはよう」

「あ、朝陽くん……!」

「レンもおはよう」

「おはよ、朝陽くん」

 教室に入ってすぐに、朝陽くんがわたしを出迎えた。ついでのように、レンくんとも挨拶を交わしている。

「今日もかわいいね、希」

「かわいいって……いつもと変わらないよ」

「そう? まあ、いつもかわいいからな、希は。カバン持つよ」

「え? いいよ、席すぐそこだし……」

「いいからいいから」

 半ば強引にカバンを奪われて、朝陽くんがわたしの席まで歩いていく。

 その背中を追いかけながら、わたしの頭の上には、たくさんのはてなマークが浮かんでは消えていく。

 ……この人が、わたしが求めた朝陽くんなの……?

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