6 美少年と恋心

 授業には思いっきり遅刻した。

「こら、とっくに始まってるぞ!」

「すみません……」

 レンくんと一緒に頭を下げながら、教室に入る。

 みんなの視線が身体中に刺さって痛い……。

 まさか空を飛んで人助けをしていたら、遅刻しました、なんて言えるはずもなく──トイレが我慢できなかったことにした。

 ……中学生にもなって、お腹を壊していたと、嘘とはいえ、クラス中に知られるのは恥ずかしかった。

 でも、まあ、仕方ない。割り切らなきゃ。

 朝陽くんに、変な印象持たれちゃったかな……?

 教卓の横で先生に謝りながら、チラリ、と朝陽くんのほうを見る。

 あ、目が合った。

 なぜか朝陽くんが席から立ち上がる。

 そして、ずんずんこちらに近づいてきた。

「あ、朝陽くん?」

 動揺するわたしの右手を、朝陽くんが取った。そのまま、わたしの右手は、彼の口へ導かれる。

「おかえり、希。どこ行ってたんだよ。希がいないと、オレ、寂しいよ」

 ちゅ、と手の甲に、朝陽くんのくちびるが落とされる。

「え、えぇーーー!?」

 クラス中がどよめいた。窓ガラスが割れるんじゃないかってくらいの大合唱が、教室を満たす。

「朝陽、どうしたんだよ!?」

「いつからそんな関係!?」

 クラスメイトたちが朝陽くんに驚きと質問の雨を降らすが、朝陽くんは聞く耳を持たない。ただ、キラキラした瞳で、わたしを見つめていた。

 ど、どどど、どういうこと!?

 何もかもが、理解できない。

 頭が、状況を処理することを拒んでいる感じ。

 顔が、ゆでダコに負けないくらい真っ赤になっていることだけはわかる。

「ほら、席に戻ろう」

 手を握られて、席までエスコートされる。

 ……これって、レンくんの魔法のおかげ?

 でも、好意がないと恋にならないんじゃ──まさか、最初から朝陽くんはわたしを気になってたってこと!?

 レンくんに振り返る。彼は、ぐっと親指を立てた。

「よかったじゃん」

 口の動きだけで、そう言った。

 わたしもこっそり親指を立てて、感謝の返事をする。

「朝陽、どうしたの?」

 朝陽くんとわたしの前に立ちはだかったのは、小原さんだった。

 心配と困惑が混じった表情で、朝陽くんを問い詰めるが──朝陽くんは困ったように眉をハの字にした。

「別に、どうもしないだろ? 普段通りのオレさ」

「そんなわけないじゃん! どう見てもおかしいよ!」

「おかしくないよ、そういう莉央のほうがおかしいんじゃないのか?」

「なっ……!」

 小原さんは、それ以上は何も言わなかった──ただ、歯を食いしばって、拳を握りしめている。

 朝陽くんと小原さんは、幼馴染で。

 お互いわかり合っているような、息の合う仲良しな二人のはずで。

 朝陽くんが、小原さんにこんな顔させるなんて……。

 わたしの心の奥深くから、ふつ、と疑問が湧き立ってくる。

 ……朝陽くんって、こんなんだっけ……?

「多田……!」

 小原さんに呼ばれて、肩がビクッとなる。

「あんま調子乗んなよ……」

 にらまれた。

 めちゃくちゃ怖い。

 いやでも、朝陽くんが激変したからって、なんでわたしが小原さんに恨まれなくちゃいけないの?──と、言い返す度胸はなかった。

 それ以上に、小原さんの目には涙が溜まっていて、今にも泣き出してしまいそうで。そんな彼女にかけられる言葉は持ち合わせていない。

 わたしは大人しく朝陽くんに手を引かれて、席につく。

 ざわめき残る空気を、先生がなんとか落ち着かせて、授業が再開された。

 教科書とノートを開いても、わたしは全然落ち着かない。

 手に、キス……されちゃったんだよね……。

 手を繋いだのだって、初めてだったし……。

 隣の席の朝陽くんを横目で見ると、朝陽くんもわたしを見ていた。

「……ん?」

 盗み見たのがバレて、優しく微笑みかけられてしまう。

 ……わっ!

 思わず顔ごと目を逸らした。

 ……朝陽くん、雑誌の表紙みたいだった。

 ドキドキが止まらない。心臓が、全力疾走した後みたいに、ずっと飛び跳ね続けている。

 ……朝陽くんって、好きな人に対して、こんな感じなんだ……。

 知らなかった、好きな人の一面。

 朝陽くんが恋をすると、こんな風になってしまうなんて。

 朝陽くんの新しい側面が知れて、嬉しい──はず、なのに。

 ……嬉しいはずなのに、なんか……。

 心の奥底にモヤモヤと、薄暗いなにかが渦巻いているのを感じて、わたしはそっと胸に手を当てた。

 思ってたのと違う……?

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