5 美少年と天空デート

「ひゃあああああ!! すごいすごい!!」

 わたしはレンくんにお姫様だっこされて、空を飛び回っていた。怖くてレンくんに抱きついた姿勢で。

 いつも通っている通学路が、真下に広がっている、不思議な感じ。

 レンくんのスピードは思いの外、速い。

「授業始まるから、学校の近くを一周だけね」

「うん!」

 鳥ってこんな気分なのかな。

 だとしたら、すごく羨ましい。

 なんて自由なんだろう。

 通り抜けていく風が気持ちいい。

「どう? 希、楽しめてる?」

「すっごく楽しい! ありがとう、レンくん!」

 返事をして初めて、レンくんの整った顔立ちが至近距離にあることに、ようやく気づいた。

 ち、ちかっ……!

 ていうか、いまさらだけど、お姫様だっことか、抱きついたりとか……!

 空を飛んでいる気持ちよさに浸っていて、すっかり気にする余裕がなかった。

 男の子とこんなに密着してるなんて……!

 急に、心臓が高鳴り始める。

 このドキドキは……空を飛んでいるから、だよね……?

「ん?」

 レンくんがわたしの視線に気づいて、首をかしげる。わたしは思わず目を逸らした。

「あ、あの辺にわたしの家があるんだよー」

 ドキドキしているのを隠したくて、わたしが住んでいる住宅街を指さす。

「わかるよ。行ったもん」

「そ、そっか、そうだよね、あはは……」

 ……あれ?

 なんだろう、あの子。

「待って、レンくん。おろして」

「え?」

「あそこ、小さな男の子がいる」

 わたしの指が示す先には、三歳くらいの男の子が一人、ガードレールで遊んでいた。少し離れたところに母親らしき女性が、電話をしている。

 母親の視界に、男の子は入っていない。

「ちょっと気になるから、近くにおろしてもらえる?」

「いいけど……授業、遅れちゃうよ?」

「いいから!」

 レンくんは、男の子から見えないところにわたしをおろしてくれた。一緒に通行人を装って男の子に近づいていく。

 ブロロロロ……!

 トラックが路地に入ってきたのと、男の子はガードレールに足をかけたのは、同時だった。

 ……嫌な予感がする。

 わたしは早歩きで男の子との距離を縮めていく。

 下り坂だから、トラックはスピードを増していく──その先には、男の子。

 彼は、トラックに気づかず、ガードレールを乗り越えようとしていた。

「……危ない!」

 わたしは駆け出す。足は速くないけれど、それでも全速力でアスファルトを蹴る。

 間に合え……!

 手をのばし、男の子を抱え、思いっきり、ガードレールの内側に引っ張り込んだ。

「いたっ!」

 勢い余って尻もちをつく──ブロロロロ!

 目の前をトラックが通り過ぎていった。

 ……間一髪!

「ふぅー……」

 わたしは一息ついてから、抱えていた男の子を解放する。

 男の子は何があったのか理解していないのか、口を開けたままぼうっとわたしを見つめていた。

「あ、危ないから、ガードレールで遊んじゃだめだよ?」

「…………」

 いきなり抱えられた知らない人に怯えたのか、男の子はうんともすんとも言わず、電話中の女性のほうへ走り出して行った。

 よかった、事故にならなくて……。

 ほっとため息をつけば、肩の力が途端に抜けていく。

 授業が始まるって言うのに校外にいたら、どれだけ怒られるかわからない。人目につく前に退散しよう。

 親子に背を向けると、目をまんまるにしたレンくんが立っていた。

「希、意外と行動力あるんだね。びっくりした」

 行動力……?

 初めて言われた。

「危ないって気づいてたのに、見て見ぬふりはできないっていうか……」

 頭をかきながら、もごもごと照れ隠しをするわたしに、レンくんは首を振る。

「ボクは男の子に全然気づかなかったよ。すごいね」

「……助けられたのは、ここまで連れてきてくれたおかげだよ」

「ふふ、そっか」

「そうだよ」

 お互い褒めあってて、変なの。

 なんだか、くすぐったい。

 レンくんが右手をあげた。わたしも右手をあげる。

 パチン!

 ハイタッチを交わして、二人で笑い合った。

 そんなわたしたちに、学校のチャイムの音が降り注ぐ。

「あ」

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