第2話 寝てる女

 今日は七時ごろに目が冷めた。夢も見ないほど深く眠っていた。水を飲もうと思い、キッチンの冷蔵庫の扉を開けてボトルを手に取る。冷えた水を、音を立てないようにゆっくりと飲む。冷たい感覚が臓腑の隅まで染み渡る。


 突然かもしれないが、僕の住み処について説明しようと思う。キッチン、トイレ、浴室といった機能的部分と寝室、書斎、リビングの三部屋、つまり大きく四個の区分で2LDKであるこのマンションの一区画は構成されている。

 一つの短辺に玄関のついた長方形を思い浮かべていただきたい。その四角を、中心に区切りの十字がくるようにして四分割する。玄関付きの短辺を上辺とし、区切った四区画の右上から時計回りに機能的部分、リビング、寝室、書斎と配置する。

 そうすると、僕の今住んでいる場所の説明ができるかと思う。ちなみに床は無垢材のフローリングである。


 その図面において右下に当たるリビングに置かれた四つ足のテーブルの天板にうつぶせになって、その女は眠っていた。空気の澄んでいる朝であった。すこしだけ開いているらしい窓の隙間からの風で、日焼けしてない白カーテンがふっくらと揺れる。冴えた日の光が、カーテンがゆれるにつれてちらちらと形を変えた。

 リビングには、シンプルのデザインの机と二脚の椅子の他にものは置いていない。幸い無垢材のおかげで、寒々しい印象にはならずにすんでいた。そのリビングの隅の方に、その女のものと思われる仕立てのいい旅行トランクが置かれていた。

 女の向かいの椅子に座って、ぼんやり眺める。ちょっと覗き込んで見た。ふむ。顔立ちは整っているみたいだった。化粧っ気は薄い。肌のハリ感からすると、二十歳くらいに見える。服装としては、カジュアルなパンツルック。白いニットセーターにゆるい黒のスラックスを着ていた。パッと見た感じスタイルもいい。腕や手首のかんじを見ても、余計な贅肉がついているようにも見えない。しかし、家に他人が入ったときにあるべき匂いというのが取り分けて薄い。それというのがかえって独特な雰囲気を現出させていた。

 女が誰かというのについてはすこし考えればすぐに見当がついた。異動してきた担当者だろう。いますぐに起こす義務も理屈もない。彼女が起きるのをのんびり考え事でもして待つことにした。

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希薄系主人公がダウナーヒロインとなんかやる話 sir.ルンバ @suwa072306

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