第38話 カラオケ(エマ)

「キララ」


 大学の講義終わり、呼ばれて振り返ってみれば、そこには遠藤が立っていた。

 彼女である杏も同じ講義をとっているのに、元カノに声をかける神経がわからない。


「なに」


 名前を呼ばれて無視するのも態度が悪いかと、一応返事を返した。


「いやさ、この間はウザ絡みして悪かったよ。おまえがさ、あんなヒョロッちいのタイプじゃないって知ってたのに、おまえが男と一緒にいるの見たら、ついイヤミが……。俺、やっぱ、キララのことが忘れらんねえんだって思ってよ」


 この男、今カノがいる場所でなんのカミングアウトか。しかも、照れた様子で言う神経もわからない。


「は?遠藤さん、彼女いるじゃん。ちょっと意味わかんない」


 杏が凄い表情で小走りでやってきた。その後ろから杏の友達もついてきており、その表情は心配しているというより、面白がっているようだった。


「ヒデヒデ、私を迎えにきてくれたんじゃないの?!これからカラオケ行くって約束してるよね」

「あー、そうだっけか?」

「そうだよ!私の友達も一緒にって約束したじゃん。なんで相良さんなんかにかまってんの?!」

「遠藤先輩って、相良さんの元カレだったんだぁ。初めて知った」


 杏の友人が話に入ってくる。それほど親しくないから、フルネームがわからない。杏には、美樹と呼ばれていたが、杏と似たタイプで、女子力磨きに命をかける系女子だ。


「おう。去年な。サークル勧誘の時に知り合ってよ。まぁ、一ヶ月もたなかったけどな」

「へえ、意外。遠藤先輩って、杏みたいに女の子女の子した娘が好きなんだって思ってました。そういう感じの娘とばっか付き合ってたし」


 女の子女の子していなくてすみませんでしたね!と、エマは内心舌を出す。


「ヒデヒデの今の彼女は私なの!で、ヒデヒデは相良さんに何か用事があるわけ?!」


 遠藤の腕にしがみつき、その自慢の胸を押し付けながら、杏はエマを睨みつける。エマは遠藤と話すことはないし、話しかけてきたのは遠藤の方なんだから、睨むなら遠藤を睨んで欲しい。


「用っつうか、ほら、この間のヒョロ男。まさかだけど、彼氏じゃないよなって聞きに」

「ヒデヒデに関係ないじゃん!」

「いや、前カレとして?気になるっつうか」

「ウワァッ、遠藤先輩、相良さんに未練タラタラじゃん」

「美樹、イミフなこと言わないで!ヒデヒデは私の彼氏なんだから」


 杏がイライラしたように、友達の美樹にもキツイ視線を投げる。


「あー、あれ彼氏」


 エマのではないが、聖女エマの彼氏なのだから間違いじゃないだろう。


「は?」

「だから、この間一緒にいた健人が私の今の彼氏」

「それは嘘だろ?」

「なんで嘘つく必要あるかな」

「あいつ、うちの大学じゃないだろ。おまえ、コンパとかに行くタイプじゃねぇし、ナンパされても撃退すんだろ」


 焦る遠藤に、そんな遠藤を見てさらにムカつく杏、そんな二人を面白そうに見物する杏の友達の美樹。そして、そんな全員を見て、心底鬱陶しそうにするエマだった。


「劇的な出会い(ひき逃げ目撃)して、(聖女エマが)彼の内面に惹かれたの。私とはタイプが違うから、凄く新鮮で会っていて楽しいよ。(私は友達としか思えないけどね)だから、遠藤さんは小鳥遊さんと仲良くね。ほんじゃ」


 健人と約束もあるし、とりあえず帰ろうとすると、美樹に腕を掴まれた。


「ね、相良さんもうちらとカラオケ行こうよ。なんなら、その彼氏とやらも呼んでさ」

「ちょっと美樹、何勝手に!」


 美樹が杏に耳打ちし、杏は嫌そうに渋々頷いた。


「しょうがないわね。相良さんの彼氏もくるなら、一緒してもいいわよ」


(いやいや、私から言い出したみたいに言わないで欲しい。私は全然行きたくないんだけど)


 そこで間が悪くLIMEの着信音が鳴る。健人が大学の最寄り駅についたようだ。


「何々?彼氏?」


 エマがスマホを取り出すと、美樹が不躾に画面を覗きこんでくる。


「ちょっ……」

「なんだ、彼氏近くに来てるんじゃん。じゃあ、行こうよ」


 美樹がエマの腕をガッチリ掴んで歩き出し、遠藤と杏もその後ろに続く。


「遠藤先輩って、ちょっとストーカー気質あるじゃん。彼氏と仲良いとこ見せつけて、ちゃんと諦めさせた方がいいって」


 美樹が、後ろにいる杏達に聞こえないように小さな声で言う。

 確かに、別れてしばらく付き纏われてうざかった記憶がある。遠藤に新しい彼女ができて落ち着いたが、彼女ができなかったら、あれは警察案件だったかもしれない。


「それにさ、杏もヒデヒデが〜ヒデヒデが〜って、彼氏自慢が最近ウザイんだよね。自分の男の最悪具合を見て、ちょっと頭冷やせって感じでさぁ」


(うん、こっちが本音だな)


 女子同士、親友面してマウントの取り合いとか、メンドクサ!のひと言だ。


「私はともかく、健人には関係ないじゃん。あいつ巻き込まないで欲しいんだけど」

「へぇ、遠藤先輩の元カノのわりにはマトモな思考してんだね」

「いや、あれだけは私の黒歴史だから触れないでよ」


 美樹はクツクツと笑う。


「わかる。確かにあれと付き合ってたのは黒歴史だよね。私もそうだもん」

「えっ?!」

「シーッ、声大きいよ」


 美樹は後ろを振り返り、ベタベタとしながらゆっくり歩いている杏達を見た。杏が弾丸のように喋りまくり遠藤の腕に絡みつき、遠藤は何やら上の空だった。


「あなたも遠藤さんと付き合ってたの?」

「中学生の時ね。お互いに見た目が変わり過ぎちゃったから、あっちは気付いていないみたいだけど」

「え?そんなに?」

「遠藤先輩は、もっとガリガリで細いのがコンプレックスの卑屈君だったの」

「へえッ、意外」

「コンプレックスが克服できたからかな、意味不明な自信家になっちゃったみたいね。私も昔はこんなんじゃなくて、相良さんみたいな感じだったんだよ。髪も短くて真っ黒で化粧もしてなかったから」


(まぁ、中学生ならばそんな感じだろうな)


「それは凄い変わりようだね」


 美樹は肩をすくめて見せた。


 駅前につくと、健人がスマホを見ながらエマを待っていた。


「健人」

「あ、エ……キララ」


 健人がエマの隣にいる美樹を見て、「エマ」と呼ぼうとして戸惑ったように言い直した。


「ごめん、なんかアレらとカラオケに行くことになっちゃって。嫌なら、健人は帰っていいから」


 エマが杏達を顎で指し示すと、健人も二人のことを覚えていたのか、いつもは温和な表情を曇らせた。


「こんにちは、私は宝条美樹。相良さんの同級生ね」


 美樹がフルネームを名乗り、「そうだ、宝条美樹ちゃんだ」とエマはポンッと手を叩く。あなた誰?と聞くのも失礼だし、やっとムズムズしていた背中の痒い所に手が届いたような爽快感を覚えた。


「あんた、今まで私の名前知らなかったでしょ」

「いやぁ、そんなこと……あるかな」


 そう言われても、あっちの記憶が強烈過ぎて、大学の友達や部活関係者ならまだしも、喋ったことのなかった同級生のことなど覚えていなかった。杏のことを覚えていたのは、ただ単に一年の時に席が近かったからだ。


「吉田健人です。カラオケですか?キララが行くなら行きますけど、僕達は邪魔なんじゃ?流行っている曲も知らないし」

「あ、私も。アニソンくらいしか歌えない」

「一緒だな」

「じゃ、アニソン対決する?」


 エマがノリノリで健人の腕を引っ張る。


「あ、相良さんの彼ピ見っけ」

「ども」


 健人が軽く会釈すると、遠藤はふんぞり返って健人に顎で返事をした。


「態度ワル。ね、健人、どうせカラオケ行くなら、やっぱり二人で行こうよ。その方が楽しくない?」

「そ、そんなことねぇよ!おら、みんなで行くんだよ」


 駅前のカラオケ屋は、カップル用の部屋か、十人用のパーティルームしか空いていなかった為、パーティルームに五人で入った。


「アハハハ、五人にはちょい広いね。はいはい、杏と遠藤先輩はそっちね。うちらはこっち」


 美樹に仕切られて、正面には遠藤と杏。エマを挟んで両脇に健人と美樹が座った。

 いや、この場合、美樹は杏の友人なんだからあちら側では?と思ったが、とりあえず黙って座っておく。

 ソフトドリンク飲み放題にして、最初のドリンクをドリンクコーナーに取りに行った。


「二人は恋人なのに、手繋いだりしないんだね」

「うちら?」


 そう言えば、あっちではいつもエドガーが自然に腰を抱いてエスコートしてくれていたなと思い出す。エマも、エドガーとはいつも引っ付いていたいから、あれが普通だったけれど、そう言えば他の彼氏とかとはそういうことはなかった。逆に暑苦しいとか思っていたかも。筋肉は熱放出量が半端ないから。


「人前じゃしないよね」

「しないな」

「ふーん。なんかさ、距離も遠いから、カップルというより友達って感じがする。あの二人の前では、もっとくっついた方がいいよ。じゃないと、遠藤先輩が元サヤ狙ってくんじゃない?」

「え?そういう感じなの?キララ、大丈夫?」


 健人が心配そうにエマに一歩寄り添う。


「大丈夫!私は旦那さ……彼氏一筋だし、元サヤなんか絶対にあり得ないから」


 カラオケルームに戻ると、先にドリンクを持ってきていた遠藤がすでに熱唱しており、杏がそんな遠藤にピッタリとくっつき、うっとりと遠藤を見上げていた。


「ウゲッ、また定番の歌ってる」

「定番?」

「うん。相良さんの時は歌わなかった?次、音程外すよ。ウワァッ、成長しないなぁ」


 美樹のディスリに、健人が「え?なに?どういうこと?」と?顔だ。


「宝条さん、中学生の時に遠藤さんと付き合ってたらしいよ」

「そ、あいつバカだから私だって気がついてないけど」

「え?じゃあ、元カノ二人と今カノってこと?」

「できれば私はカウントしないで欲しい。たいした付き合いしてないし、すぐに別れたし」

「え?そうなの?相良さんに執着してるみたいだったから、よっぽど相性がいいのかと」


(なんの相性だよ)


「ないない。いきなりキスされて押し倒されそうになったから、膝蹴りかまして逃げたんだよ。で、即行破局メール送って終了」

「キス……」


 健人が地味に落ち込んでいるようで、エマは苦笑するしかない。一応、この身体は経験ありだけど、聖女エマは未経験だった(エマがエドガーと初夜を済ませてしまったが)し、なんならキスの経験すらなさそうだ。だから、これから聖女エマとして健人と何か至すとすれば、それは聖女エマにとっては初めての経験だから、まぁ大目に見てやって欲しい。


「さてと、ちゃんと遠藤先輩の前でイチャイチャして見せつけなよ」

「善処します」


 健人は気合いを入れてエマと腕を組みカラオケルームに入った。





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