第36話 待てど暮らせど(エマ)
大学の新学期が始まり、しばらく過ぎた。
こっちの世界に戻ってきて二ヶ月。
「入れ替わらない……」
なぜ?どうして?まさか、聖女とエドガーが、思いの外仲良くなっちゃったとか?まさかのまさかだけど、エドガーはエマの見た目だけで中身はどんなんでも良かったとか?
いやいや、そんな訳ないと、エマはラーメンをすする。
大学の後待ち合わせして、エマは健人と会っていた。お腹がすいたから、こってりニンニクが入った野菜爆盛りのラーメン店へ入ったのだ。
あちらの世界に麺類がない訳ではなったが、あちらで食べたことがなかったのがラーメンだった。スパゲッティや、春雨スープみたいなのは食べたが、このコッテリギトギトはこちらだけの逸品だ。
「凄い山盛りだね」
健人が食べているのも、普通に野菜山盛りのコッテコテだったが、エマのは野菜増し増し、油多め、ニンニク増しで、健人のラーメンよりも二倍くらいかさがある。
「これがいいんだよね。こっちでしか食べれないから、食べ貯めしとかないとだし」
「もう二ヶ月たつけど、キララは戻るつもりがあるのかな」
エマと健人の間では、エマはエマ、聖女エマはキララと呼ぶことで落ち着いた。エマは向こうの世界でエマとして生きる気満々だし、その覚悟を示す意味もあった。
「キララが向こうの世界で嫌がった結婚は回避されたんだよな。しかも、エマの旦那さんのエドガーさん、いい男なんだろ?住み慣れた向こうの世界が良くなった可能性もなくはないじゃないか」
「ほんなほほいはなひでほ(そんなこと言わないでよ)」
口に沢山の野菜を入れたまま喋った為、何を言っているのか意味不明だ。
「いや、飲み込んでから喋ろうよ。僕、キララのこと見た目も可愛くて好きだなって思ってたけど、中身が好きなんだって実感したわ」
「なによ、失礼ね。褒められたのか貶されたのかわかんないじゃんか」
エマはゴックンと野菜を飲み込むと、フーフーと麺を冷ますと、一気にズズズッと麺をすすった。
見た目は同じでも、中身が違うとこんなに湧き上がる感情が違うもんだと、健人は豪快にラーメンを食べるエマを横目に眺めながら考えた。
ラーメンは喋りながら食べるものじゃないとばかりに、二人は黙々とラーメンをすすり、エマに至ってはスープまで完飲する。
「ごちそうさまでした。さてと、次はデザートでも食べに行きますか」
「まだ入るのか?」
「なに?もう入らないの?」
逆にビックリだよとばかりに、エマが目を丸くして聞いてくるが、健人の反応が一般的だろう。
エマにダイエットという言葉は無関係だった。
なにせ、小さい時から週六で体操クラブに通い、部活でも体操部に入り、さらには体力作りで走り込みをするようなエマだったから、食べても食べても消費される体質が出来上がっていた。
「キララは、サンドイッチ二つでお腹いっぱいになっちゃうくらいだったけど」
「ええ?あり得ない。そんなんじゃ、すぐにお腹へるでしょうに」
「そういえば、そうだったかも」
そういえば、あっちのエマの身体は、最初はあまり食事が入らなかったかもしれない。騎士団の鍛錬に参加するようになってからは、それなりに食べれるようになったけれど、それこそ空腹に慣れているようだった。
「あのさ、キララが戻ってきたら、いっぱい食べても大丈夫だって教えてあげて。あと、その代わりに毎日ランニングや運動をかかさないこと。もうね、なんも考えなくてもバク転からの二回転宙返りくらいできるから」
「え?キララがそれをするのは無理だと思うぞ。何もないところで転ぶような娘だから」
「転んだついでに前転とか?」
「いや、見事にすっ転んで膝擦りむいてた」
聖女エマは運痴ちゃんだったようだ。
「じゃあ、誰でもできるランニングかな。健人も一緒に走れば良いよ。あなたも少し鍛えた方が良さそうだし」
エマの好きな筋肉が全くついていない健人は、普通にしていれば全く共通点がないし、お友達にもなろうとは思えないヒョロヒョロ真面目君タイプだ。しかし、話してみると落ち着いていて思慮深いし、優しい良い奴だった。恋人にしたいタイプではないが、兄弟とか友達ならば満点だろう。
「鍛える……かぁ。考えたことなかったなぁ。でも、適度な運動は身体に良いし、ランニングくらいなら」
走る前のストレッチとか、正しい姿勢とか呼吸法、クールダウンの仕方や走った後のストレッチなど、事細かに教えていく。
そんな話をしながら、次はデザートを食べようとラーメン屋を出た。
「キララ?」
いきなり後ろから声をかけられ、エマは誰だろうと振り返った。
そこにいたのは、エマの大学の知り合いと……大学一年の時に一瞬だけ付き合った元彼だった。
「え?ヒデヒデ、相良さんと知り合い?」
(ヒデヒデ……、名前なんだっけ?ヒデ……秀樹、遠藤秀樹!そうだそんな名前だっけ)
遠藤はガタイだけはエマ好みのムキムキマッチョで、一年の時の新入生のサークル勧誘で知り合い、交際を申し込まれて気軽にOKしたのだが、付き合ってみたらあまりに性格が合わなくて、三週間でお別れしたのだ。やれ化粧しろだ、スカート履けだ干渉が酷くて、さらに俺様発言連発で、好きになれる要素が一切なかった。一ヶ月も付き合っていないし、キス止まりというか、無理やりキスされて引っ叩いて別れたので、元彼と言っていいのかもわからないが、一応キスはされたから元彼の括りには入るだろうか?
そして、遠藤に貼り付いているのは小鳥遊杏。体育大学の同級生だが、アスリートというよりは、筋肉フェチが高じて体育大学を目指したらしいと噂されている程の筋肉好きで、筋肉自慢男子を次から次へ堕とすハンター女子だ。
男子には甘えた顔を崩さず、女子には相手を貶しつつ自分自慢してマウントをとるタイプで、エマとは同級生とはいえあまり接点がなかった。
「前カノ。っつっても、思ってたのと違くて、すぐに別れたけどな」
(いやいや、なんか私をふったみたいな言い方しているけど、別れを切り出したのは私だからね)
「前カノ……」
ショックを受けたような健人に、君が好きだった聖女エマには婚約者がいたし、途中までだけど結婚式まであげてるからね……と頭の中でつっこむ。
「わかるー。ヒデヒデって、彼女に対する理想高いもんね。だから彼女が長続きしないんだぞ。私が最高記録更新中なんだよねー」
「まぁな。杏とは三ヶ月か?長いよな」
(え?三ヶ月が長いの?)
やはり、見た目(筋肉)だけで付き合っちゃ駄目っていう典型的な例だったよなと、遠藤を見ていてつくづく思う。というか、同じ筋肉でも最高の
「それにしても、俺と別れた次がこれかよ。随分となよっちいの選んだな」
遠藤はジロジロと健人を見る。これで本人は悪気はないのだ。俺様発言で他人を貶していても、事実を言って何が悪いと開き直るタイプだった。
「うん。筋肉は頑張ればつけれるけど、常識や思いやりは頑張ってもどうにもできないじゃん。やっぱ、人間中身が重要だよね」
「はあ?ヒデヒデより、そっちの男のがいいとか、ありえないんですけどー。相良さん、目も悪かったんだ」
エマはニッコリと笑った。
こっちは理解して相手を貶すタイプのようだ。相手にするのも鬱陶しいが、やられたらやり返すのがエマのモットーである。
「視力は両目共に1.5。あとね、付き合ってくれって言われて付き合ってみたけど、あまりに常識ないし、大学生になってもジャイ○ン気質って人間としてどうなの?って思ったから、私がふったの。しばらく付き纏われて、本当に迷惑した。小鳥遊さんなら、きっと彼にピッタリだよ。お似合いカップルで羨ましい。末永く仲良くね」
(他人に迷惑だから、非常識カップルは二人の世界から出てくんな!)
エマは健人の腕を掴んで、不愉快な二人組がギャーギャー言っているのを無視して歩き出した。
(メッチャ無駄な再会しちゃったじゃん!こっちにいる短い時間、有効に使いたいのに。……短い時間だよね?もうすぐ、そっちに呼ばれるよね?)
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