第24話 なるようにしかならない

(これはさすがに、エドガーの名誉の為にもどうにかしないとじゃない?)


 エマは部屋に戻ってきて、ずっと部屋の中をウロウロとしていた。


 別に、正体をあかすことはたいした問題じゃない。悪いことをした訳でもないのだから。

 第一、キララが辺境伯夫人であると知らなくても、キララが人間であることを知っている獣人はそれなりにいる。少なくとも、初めて第二鍛錬場にいた時にいた面子は知っている。あの時にいなくても、酔狂な人間がいると獣人達の中で噂になっていてもおかしくない。

 ただ、その人間が辺境伯夫人だとばれたら……、やっばり今までみたいには好き勝手できないんだろうな……とは思う。


「どうした?心配事か?」

「エド」


 いきなり後ろから抱き締められたが、エマはその逞しい胸筋の感触に振り返って抱きつき返す。頬擦りして、筋肉の弾力、温かい体温、男らしい匂いを余す所なく堪能する。

 少し変態臭いエマの態度も、エドガーはひくことなく好きにさせてくれる。


「休憩時間?」

「ああ、ちょうど時間が空いたから、少し早いがエマと昼飯を食べようかと思ってな」


 同じ建物の一部が騎士団詰め所になったことにより、通勤0時間だからこそできることができるようになったことが一緒にランチだ。エマとして一緒に食堂で食べることもあれば、キララが持っている弁当を一緒に食べることもある。

 エドガーの仕事が遅くなる時などは、作ってもらった軽食をエドガーの執務室へ運び一緒に食べるのだ。


 たまには一人で食べたいわ……などとは決して思わない。推しと三食食べれるなど、ファンサご馳走さまです!と拝みたくなる。


 食堂につくと、すでに厨房へは連絡がいっていたのだろう。昼食の用意は整い、サーブする侍従もスタンバイしていた。

 普通ならば、長いテーブルに向かい合って座り食事をとるのだろうが、エドガーとエマのカトラリーセットは隣りあった席に準備してある。大きなテーブルのほんの一角を使って二人は食事をとる。


 それこそ、「アーン」ができる距離だ。


 しかし今日は「アーン」はなく、信号弾の改良の話や、北の森の現状の話などをして食事が進み、エドガーは食後にコーヒー、エマは小さなシュークリームを食べている時に、エマがおもむろに口を開いた。


「エド……エドの愛人の話が、騎士達の間で出回ってるんだけど」

「ブッ……、ゴホゴホゴホッ」

「大丈夫?!」


 エマはエドガーの背中をトントンと叩き、侍従達は慌てて汚れたテーブルを片付ける。


「あ、愛人なんか!」


 エマに変な勘違いをされたくないという一心で、エドガーはつい声が大きくなってしまった。


「キララだよ」

「は……?」

「だから、私が正妻で、白ネズミの獣人キララが愛人なんだって。笑えるよね、どっちも私だって言うの」

「そんな話に……」

「で、私が愛人の存在を知らないで、エドのこと好き好きいってるのが不憫で、目を合わせられなかったみたいなんだよね」

「好き好き言ってくれていたのか?」

「そりゃ言うよ!(推しの布教は絶対だからね)」


 エドガーの顔に朱が混じる。厳つい表情が弛むのを隠すように、エドガーは口元に手を当て、咳払いを繰り返す。


「エドガーが浮気男みたいに思われてるのが嫌なんだよね。騎士達の士気にもかかわるかなって」

「そんなことは俺は気にしないが、エマが不憫に思われるのは嫌だ。しかし、キララの時のエマに人前で愛してると言ったり、キスしたりしている訳じゃないのに、なぜバレたんだろう?」


 エマはうーんと遠い目をする。


 エドガーはいかにも硬派という感じで、人との距離感が適切かそれ以上に距離を取る方だ。パーソナルスペースに、なかなか人を入れない。そんなエドガーが0距離で接するのがエマで、それはキララの時でも無意識に表れていた。


 まず、歩く距離が近い。なんならキララにさえエスコートしようとする。頭や頬を撫でる。そんな一瞬の出来事でさえ、見た騎士達は二度見してしまう程、あり得ない光景なのだ。

 極めつけが、二人で仲良く一つのお弁当を食べているところが、かなり頻繁に目撃されていた。

 キララ(エマ)の唇についたソースを、指で拭うエドガーとか……、その指を舐めて「美味いな」とか言うエドガーとか……尊い!……じゃなくて、そんな姿を見られていれば、二人の関係はバレバレ過ぎる程バレバレではないか。


 あれでエドガーとキララの間に何もないと思え……という方が無理だよなというのが、エマの見解である。


「エマ、クリームがついてるぞ」


 食後のデザートを食べていたエマの口の端を指差すと、エドガーは顔を近付けてクリームを舐め取った。


「甘いな」


 エマの顔がボンッと赤くなる。

 キスなんかよりよほど凄いことを毎晩至しているのだが、急にこんな甘いことをされると、推し愛が爆発してエマの思考は停止してしまう。


「ほら。キララといる時は、こんなことはしないように自制しているんだがな」

「アハハ……」


 僅かに口角を上げて言うエドガーがあまりに色気に溢れていて、エマはもう笑うしかなかった。


「私、この冬を乗り切ったら、カミングアウトするつもり!」

「そうか、俺はエマの意見を尊重する。その上で、エマが騎士団とどいうふうに関わっていくのがベストなのか考える。さすがに、打ち合いなどの鍛錬を、辺境伯夫人と心置きなくできる騎士はいないだろうからな。エマも、気を使われてやるのは嫌だろう」

「だよねー。それが嫌なんだよ。それにさぁ、エドガーの鍛錬を盗み見れなくなるかと思うと……」

「それくらい、いつでも見学にくればいい」


 エマの頭をクシャリと撫でると、エドガーは椅子から立ち上がった。


「そろそろ時間だ。仕事に行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 エマも立ち上がってエドガーを見送り、食堂に一人残されると、だらしなく椅子に座りテーブルに突っ伏して大きな溜め息をついた。


 最初は身体を動かしたくて、鍛錬するエドガーが見たくて騎士団に入団した。

 でも今は、獣人兵士達との会話や鍛錬も楽しいし、新武器の提案をして、実際に出来上がった武器を試すのも楽しい。獣人達は身体能力が高いから、リアル忍者みたいな身のこなしができて、見ていて楽しい。


 できれば辞めたくない。


 エドガーは、エマがカミングアウトした後も騎士団との関わり方を考えてくれると言ってくれたし、0にはならないんだろうと思うが、この気安い感じがギスギス……するだろうか?


 イアンは、エマが辺境伯夫人だと知った後も、たいして態度に変化はない。バレないようにわざとそうしているのかもしれないが、いきなり敬語で話してくる姿が想像できない。

 他の獣人達も同様だ。


「……まぁ、なるようにしかならないか」


 深く悩まない。

 脳天気なところは、エマの良い面でもあり、悪い面でもあった。結局エマが悩んだのは数時間のみ。午後はキララに変装し、新武器制作に携わったり、わずかな晴れ間に子供達とソリ遊びをして過ごした。




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