第23話 まさか、そんな誤解を?!

「最近、黄色の信号弾が上がるのが多くない?冬は魔獣が活発になるって聞いたけど、いつもこんなものなの?」


 黄色は注意、魔獣に遭遇した合図だった。巡回の騎士達だけで討伐できるという意味でもあった。

 赤は危険、救援要請を示す。


 黒は逃げろ。つまりはスタンピードの発生を領民に知らせる物だ。領民にも、黒い信号弾を見たら、辺境伯邸に避難するように伝えていた。


 しばらくすると青の信号弾が上がり、討伐完了を知らせてきた。

「確かに、今年は魔獣の遭遇率が高いな。もしかすると、スタンピードが近いかもしれないから、注意しないと」


 エドガーが窓に近寄ると、外を眺めて眉をしかめた。雪が降っていてもチラチラと降る小雪だったせいか、信号弾は北の館からも確認できた。

 吹雪になれば、閃光弾を使わねばならない為、魔力の多い魔法使い達は、部屋に籠もって閃光弾に魔力を補充していた。

 しかし、いざという時に魔力切れで討伐に参加できなくなると困るので、なかなか数を作れていないのが実情だ。


「エド、最近さ、騎士の人達に目をそらされることが多いんだけど、なんでだと思う?」

「うん?何か嫌がらせのようなことをされたのか?」


 エドガーの瞳が座り、厳しい色が浮かぶ。

 窓から離れ、エマが横たわるベッドに座った。病気だから起き上がれないのではなく……、朝から元気なエドガーの(エドガー君の)せいである。


「違う違う。騎士の人達はどっちかっていうと、辺境伯夫人としてのエマを尊重してくれているというか、北の塔に日参していた時にかなり仲良くもなったし」

「俺以外の男と仲良くなったのか」


 エドガーが色気を巻き散らかしながらエマの手首を押さえこみ、その耳元にイケボ攻撃をしてくる。


「……ン、意味が違うってわかってるくせに」


 朝からすでに一戦を交えた後だからか、エマの身体がすぐに熱く火照ってくる。

 真っ赤な顔でエドガーを睨みつけると、エドガーの喉仏が大きく上下し、そしてボスリとエマの横に転がった。


「クソッ、休みが欲しい」


 エマが上半身を起こし、ヨシヨシとエドガーの頭を撫でる。


「そうだよね。冬になってから休みなしだもんね。領主の仕事もあるし、騎士団長の仕事もあるし、エドガー疲れちゃうのしょうがないよ。たまには、別に寝た方がいいのかな?……ほら、毎晩……だからさ、体力が……ねぇ?」


 エマだって、無尽蔵な体力のエドガーに付き合って、毎朝動くのがしんどいくらいだ。しかし、エドガーと違って、やることといえば趣味の鍛錬(獣人兵士キララになること)くらいだから、少しゆっくり朝休んでいれば復活は早い。

 みっちり一日仕事をしているエドガーの疲労を考えれば、寂しかろうがエドガーをゆっくり寝かせてあげた方が良いのだろう。


(泣きたくなるくらい寂しいけど)


「俺は疲れてなんかいない。毎日エマを抱いているんだ。絶好調に決まっているだろう。休みが欲しいのは、一日中でもエマと繋がっていたいからだ」


(一日中?!)


 エマは一瞬ギョッとするが、すぐに遠い視線になった。


(エドなら……まぁ、可能だろうな)


 そう思う根拠は……ありまくる。推しの願いならば、全力で応える気はある。ある……けど、生きていられるかなぁ。


「……春になったら、ね?」


(それくらいだったら、休みも取れるだろうし……、何よりも私の体力増強をする時間が取れる!)


「ハァ……、タイムアップだ」


 エドガーはエマを抱き締めると、深いキスを落としてからベッドを下りた。


「……行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 エマも伸び上がってエドガーのキスに応えた。


 ★★★


 一面の銀世界の辺境の冬において、体力をつける為にはやはりこれでしょ。という訳で、エマは北の塔をえっちらおっちら登っていた。

 いつもならもう少し足取り軽く一段とばしくらいで登るのだが、ちょっと腰が……お察しくださいという状態なので、慎重にゆっくり上がる。


 この塔には、エマの姿で通っていたので、エマの方が見張りの騎士達に馴染みがあるだろうと、エマのカツラを被り辺境伯夫人の身なりで来ている。


「エマ様、いかがなさいました?」

「運動の為と、ちょっと差し入れに。あれ、今日は騎士二人なんだ」


 北の塔の見張り台に到着すると、羽で身体を覆った隼獣人のハヤと、騎士が二人いた。


「はい。信号弾ができたおかげで、俺達も見て確認できますからね。ハヤ達は冬は吹雪いちゃうと飛べませんし」

「飛べなくはないんですよ。飛びたくないだけで」


 羽の中から顔だけ出しているハヤの歯は、カタカタと鳴っている。


「気持ちはわかる。上空のが寒いしね」

「俺ら、羽毛があるのは羽だけだから、身体は普通に寒いんですよ。しかも、羽出す為に服に穴開けなきゃだし、羽が動きやすいように大きめに穴開けるから、隙間から冷気が……」


 鳥獣人は、羽の筋肉は半端ないが、それ以外はどちらかというとガリガリだ。脂肪がないだけ寒いのかもしれないし、筋肉も少なめだから発熱もしない。


「はい、温かいスープの差し入れだよ」


 エマは、負荷をかける目的でも役に立った(目的が残念だ)、保温効果があるポットに入ったスープを取り出し、カップによそって渡した。


「温かい!」

「アハ、良かった。サントスから貰ってきたから美味しいでしょ」

「しみる……」


 カップで手を温めながら、騎士達は一口飲んで「ホーッ」と息を吐く。


「……俺、悔しいです」

「はい?」


 騎士の一人、新人騎士の方がボソリと言った。


「エマ様は、団長が討伐に行っている間も、毎日この塔に登って団長の安否を心配してたじゃないですか」

「そりゃなんで」


 エマはちょっと得意気に胸を張り、「妻」を強調して言う。あんな立派な旦那様がいて、自慢しないなんてあり得ないだろう。


「俺等にも気さくに話してくれて、こんな差し入れとか気遣いも……。なのに団長は!」


 もう一人の騎士は気まずそうに目をそらす。


(そう!これよ、これ。こんな感じ。たまに騎士達から目をそらされた時の表情!)


 エマは首を傾げながら、新人騎士に半歩近寄る。


「ね、エドが……団長がどうかしたの?」

「こんな献身的で、騎士団にも心を割いてくれる奥方がいるのに、公然と愛人を囲うなんてあんまりだ!」

「愛人?!」


 エマが素っ頓狂な声を出すと、もう一人の騎士が新人騎士の口を塞ごうとする。


「おい、こら、止めろ!わざわざエマ様のお耳に入れることじゃないだろ」

「だって酷いじゃないか!貴族ならば愛人を囲うのが当たり前かもしれないけど、団長は今までストイック過ぎるくらいストイックだったのに」

「(アイジン?あいじん……)愛人?!」


 頭の中で変換されなかった意味が、繰り返し考えることでピースがはまるように理解される。

 エマが口をパクパクさせていると、騎士は申し訳ないような、やっと言えたような微妙な表情になる。

 一言多いタイプのハヤは、なぜか頬をひくつかせて黙っていた。


 隼獣人のハヤは、というか鳥獣人のほとんどは、その視力の良さからエマがキララであることに気がついていた。エマがカツラをなおす為に木陰に隠れているつもりでも、上空からは丸見えだったりするし、見張り台の騎士は地上にいる人間の把握まではできなくても、鳥獣人には顔の黒子まで認識できてしまうからだ。

 暴露しなかったのは、鳥獣人用の武器を作ってくれたキララに、感謝と好意を抱いているからだった。


 そんな訳で、エマの秘密を知っているハヤは、なんか面白い話になっているなと、特等席で観覧するつもりで、黙りを決め込んでいた。


「でも愛人を囲うって……(今朝だって朝から可愛がられたし、毎晩……たまに朝も求められるし、北の館に騎士団詰め所が移ってからは、ちょっとした休憩時間も会いにきてくれる。え?愛人に会う時間なくない?)」


 あんなに見た目厳つめだし、口数も多くはないけど、けっこう願望がだだ漏れだし、たまにあなたの前世はイタリア人だった?というくらい、エマを口説きまくるのだ。しかも無自覚に。


 以前は自分が一方的に推しているだけだと思っていたが、今は一ミリもエドガーの愛情を疑っていない。ただ、やはり愛人とか言われると穏やかではいられないのだ。


「獣人兵士キララ、団長の愛人だよ」


(まさかの私?!)

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