第4章 スタンピード

第21話 辺境の冬

 本格的な冬に突入した。

 デュボン辺境伯領の領民達は、冬籠もりの時期に入り、二ヶ月弱は雪かきが主な仕事になる。晴れたㇶには男は雪かき、女は内職で、外を出歩くことはほぼない。食べ物も保存食を料理したり、家で焼けるパンを食べたりするくらいで、買い出しに出ても店が開いていないのだから、わざわざ吹雪の中出かける馬鹿はいない。


 しかし、騎士団はそんな中でも巡回はしているし、困っている領民がいないか定期的に様子を見たりしている。また、この時期には魔獣が活発になることが多く、餌を求めて森から出てきたり、酷い時にはスタンピードに発展してしまったりする。


「あの人達、冬前には王都に帰ると思っていたんだけどな」


 たまの晴れの日、ララは防寒でモコモコの姿で、第二鍛錬場に来ていた。ララの言うあの人達とは、デュボン辺境伯前夫人と、ガーネル男爵未亡人のことだ。いまだにデュボン辺境伯本邸に居座っている。


「だよね。それにしても、このスキーとか言う木の板、面白いね。子供達はソリに夢中だし」


 イリアはすでにスキーの板を使いこなし、鍛錬場をスイスイ滑るように歩いていた。


 騎士が巡回している様子を見て、エマはスキーを履いて回れば速いのになと、エドガーにポロリともらした。すると、スキーって何だという話になり、木の板に靴を縛り付けて雪の上を滑る板だとエマが説明したのだ。


 そして完成したのが「スキー」と名付けられた木の板だ。板の先を反り返らせ、板の真ん中に靴を嵌め込める仕掛けを作り、爪先だけを固定できるようになっている。踵が浮き上がるから、歩く為のスキー板、クロスカントリースキーの板に近いかもしれない。かなりのスピードで雪の上を歩けるようになり、巡回も手早く行えるようになった。


 そして、館の孤児の子供達が暇そうにしているのを見て作ったのがソリだ。最初は、平たい木の板に紐をつけただけの簡単な物だったが、雪かきした際にできた雪山を滑り下りて遊んでいるうちに速さを競うようになり、「それなら蝋燭を木の裏に塗るとよく滑るよ」と教えると、子供達が工夫して色んな形のソリを作り出した。


 ソリは荷運びにも役立つとわかり、たとえば犬ゾリのように使えば馬車の代わりにもなると、雪に強い動物を使った犬(犬以外もあり)ゾリ大会も行なわれ、暇なだけの冬に色を添えた。まだ辺境伯邸と騎士団だけの遊びだが、来年には辺境の領民にも広がるだろう。


「ウワーッ!」


 悲鳴と共にソリが空を飛び、吹っ飛んできて新雪に頭から突っ込んだのは、白ネズミ獣人のキララ。実はララとイリアの主人であるデュボン辺境伯夫人エマが変装した仮の姿だ。


「「大丈夫ですか?!」」


 慌てて掘り起こし、エマを救出する。


「びっくりしたー」

「驚いたのはこっちですよ」

「何してるんですか」


 エマは雪の上に座ると、頭を振ってついた雪を振り落とした。

 ララがつけてくれた獣人のカツラは、こんなに酷い扱いを受けてもズレることもない。


「ジャンプ競争。ソリで滑ってあの小山でジャンプするの。距離と高さで採点するんだよ」


 孤児達に混ざってソリでジャンプ競争をしていたエマは、「距離も高さもでたけど、着地に失敗したから減点だな」と、子供と真剣に勝負をしているようだ。


「キララ、信号弾の相談をしたいからちょっといいか?」


 第二鍛錬場にやってきたのは、デュボン辺境伯であり騎士団団長でもあるエマの最推し《夫》、エドガーだ。


「はいはい。すぐ行くよ。みんな、ごめん仕事だ。雪が降り出したら館に入るんだよ」


 エマは孤児達に声をかけると、エドガーの側にダッシュで駆け寄る。尻尾はないが、あればグルングルン振っていることだろう。


「雪、ついてるぞ」


 エドガーがエマの頭についた雪をはらうと、エマの顔がボッと赤くなる。それこそ、夫婦としての営みも毎晩のようにあるというのに、いまだに初々しい妻に、通常は強面で知られるエドガーの頬も緩む。


 が!

 周りから見れば、妻がいるのに愛人とイチャついている図でしかない。エマと獣人キララが同一人物であるというのは、ごく少数の人間しか知らないからだ。


 二人は、騎士達の微妙な視線にも気づかず、第二鍛錬場から移動し、騎士団詰め所の団長執務室に移動した。


 最近、騎士団詰め所も移動し、北の館の一部を騎士団詰め所とした。その為、団長執務室はエドガーの寝室の真下、エドガーの通勤時間は一分となった。

 エドガーは何もワーカホリックな訳ではなく、エマとの時間を少しでも確保する為の……悪く言えば公私混同、良く言えば愛妻家故の無茶振り(どちらもどうかと思う)というやつだ。


「エマ、あまり無茶はするな」


 さっきエマが空中を飛んだ時、無意識で魔法が発動し、無詠唱の防御魔法がエマを包んだ。それ故にエマは怪我もすることなく、踏みしめられた固い雪の上ではなけ、新雪に着地できたのだった。


 この世界では、魔法は詠唱が必ず必要で、しかも無駄に長いという欠点がある。魔力量が多ければ多い程、詠唱を簡略化できるのだが、エドガーの魔力量は絶大で、この世でたった一人、無詠唱が可能な人物であった。

 しかし、そんなエドガーにも欠点がある。魔力量が半端なさ過ぎて、放つ魔法が最小レベルでも最大級の魔法が出てしまうのだ。下手に撃つと、周りの味方を全員巻き込んでしまう。その為に、詠唱が苦手だからと偽って、魔法を封印して力だけで勝負していた。

 また、少しでも魔力を抑える為に、魔力が宿ると言われている髪を短髪にしているのだった。


「アハハ、高得点を叩き出せると思ったんだけどね。で、信号弾とピストルはできたの?」


 ピストルと言っているが、火薬がある世界ではないから本当はエアガンだ。

 サバゲーオタクではないエマには、エアガンの知識はなく、エアガンというからには圧縮した空気が玉を発射するんだろうなくらい。構造はアバウトなプラモデルの知識からだ。今回も武器制作部が工夫を凝らしてくれ、エマが書いた絵のようなピストルを完成させてくれた。


 空気の圧縮は、魔法陣により可能にしたそうだ。ただ、この魔法陣にはすでに魔力が込められており、玉を充填することで起動、一定量圧縮空気が貯まると停止、引き金を引くことで圧縮空気が玉を押し出す仕組みになっていた。玉は五つまで装填可能、別に横から入れらるようにもしてくれた。

 玉の中身もまた圧縮されており、焙烙玉を小型化し、中身は百倍入るようになった。以前の煙玉に色をつけたものを信号弾とした。(赤の中身は特性キララ玉)


「ああ。赤、黄、青、黒、だな。あと閃光弾、これも同じ色付きだ」


 閃光弾は特殊弾で、こちらは全て魔力がこめられている為、量産は難しいとのことだった。


「赤は危険、黄色は注意、青は進め、黒は逃げろかな。」


 赤の特性キララ玉を充填しておけば、対魔獣に対しても使えるだろう。というか、信号弾としてかなり高くまで上がるように調整してもらったから、至近距離で当たれば、それだけで威力は十分だ。


 今まで、北の森の巡回も騎士が行っていた。獣人兵士は団体行動になれていない上、また気まぐれな性質の者も多い為、大切な巡回を任せられなかった。それと、巡回が目的であり、異常があればすぐに報告に戻らないといけないのだが、獣人兵士は目先の報酬に群がり討伐しようとしてしまう。結果全滅して、スタンピードの発生を知るのが遅くなり、領民が避難しきれないうちに魔獣に街を襲われるという被害が昔あったらしい。


 エマの提案したお仕事改革により、グループ制を導入し、獣人兵士達にも規律が浸透してきた今、獣人兵士達の北の森の巡回も検討されるようになった。「グループに報告役として鳥獣人を入れればいいのでは」とか、「騎士との編成チームを作ってみたらどうか」などの案もでたが、鳥獣人は夜の巡回には不向きだし、いまだに獣人兵士を蔑ろにする騎士もいる為に却下された。


 そんな時にエマが提案したのがピストルだ。北の塔から二十四時間北の森を監視しているのならば、信号弾を打ち上げればすぐに状況が伝えられるし、信号弾が上がった位置から、おおよその位置も把握できると語った。


 そして、できたのがピストル。


 忍者の衣装で手裏剣を投げ、腰にはピストルを入れるガンホルダー……。エマの設定はかなりグズグズになりつつあった。いや、ピストルから出るのが煙玉ならば、ギリギリ設定内?






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