第19話 新しいベッド

 辺境の使用人達はアンだけでなく、仕事が凄くできる。

 北の館の掃除要員として臨時で雇われた孤児や獣人達も、適材適所、自分達の特徴を活かして働いていた。


 北の館は長い間放置されていたので、掃除する場所は沢山あるし、しばらくたてばまた埃もたまる為に掃除はエンドレスだ。


 獣人達は子沢山な者が多いせいか、子供好きな者が多いようで、孤児達との関係は良好だった。イリアの紹介で来た者達だからか、攻撃的な獣人はいなかった。孤児達もグループで統制が取れており、大きな子供は小さな子供の面倒を良く見ており、小さな子供も出来ることをしっかりやっていた。


「凄いね、もう部屋が整ってる」


 大浴場から戻ると、エマの部屋には本館の客間から運び出したベッドがすでに置かれており、隣の部屋との間の壁が一部くり抜かれていた。


「扉はいらないと思うのだが、カーテンで仕切るくらいでどうだろうか?」


 くり抜かれた壁は、エドガーが通っても余裕がある大きさで、エドガーがくり抜かれたところにつけられた木枠を確認しながら言った。


「うん、別に扉じゃなくてもいいと思うよ。それより……」


 隣の部屋のど真ん中に置かれた新品のベッドを見て、エマは「ウワッ!」と歓声を上げる。

 エドガーの新しいベッドが届いたのは知っていたが、エドガーと一緒に見ようと思っていたから見ていなかったのだ。


 サイズはとにかくバカでかい。こんなサイズのベッドは見たことないし、ベッドの枠もゴージャスな彫り物が入っていた。しかもだ、天蓋がついていて落ち着いた深い青のカーテンがついている。レースのカーテンも青だ。


「豪華だね」


 エドガーがエマを隣室に運ぶと、ベッドの上にそっと座らせた。


「あっちのベッドは、まぁ予備だな。こっちを二人で使うんだ」


 エドガーもベッドに上がり、ゴロンと横になる。


「これなら壊れない」


 エマを見上げ、エドガーがフッと微笑みながらエマの髪の毛に手を伸ばした。昨日から、エドガーの表情筋が活躍し過ぎで、エマの心臓はすぐにバクバクと騒がしくなる。

 厳しい顔のエドガーがふと見せる笑みは、なんとも言えずセクシーだった。こんな顔、誰にも見せたくないし、抱き締めてエマの胸の中に閉じ込めておきたくなる。


「髪の毛、短かったんだな」


 エマは、そこで初めてカツラをかぶっていないことに気が付いだ。


「あ……」

「似合ってる。長い髪のエマも綺麗だが、短い髪のエマも魅力的だ」

「貴族って、みんな髪の毛長いんでしょ?伸ばしてはいるんだけど」


 エマが髪の毛先を弄りながら言うと、エドガーは自分の髪を引っ張ってみせた。


「別に、みんながみんなそうではないだろう。俺は短髪だ」

「うん。エドの長髪も似合うだろうけど、私は今のエドの髪型好き。ワイルドで凄く似合ってるもん。フフフ、少し固くてツンツンしてるんだよね」


 エマがエドガーの髪を撫でると、エドガーはエマの上に覆いかぶさりキスを落とした。


「我慢しているんだから、煽るな」

「煽ってなんか……」

「その顔が煽ってるんだよ」


 エドガーのキスに蕩けた表情のエマの唇に、エドガーは吸い寄せられるように唇を寄せる。


 いつもは元気で行動的なエマが、エドガーのキスでスイッチが入ったように女の顔になる。この表情を引き出しているのは自分だと思うと、エドガーは堪らなくエマを乱したくなり、もっともっとと溺れるようにエマに触れたくなる。


 昨日の……というか、数時間前までエマに無理をさせていたという自覚のあるエドガーは、深いキスをしながら欲望の持っていきどころに苦悩する。

 アンにも、せめて一週間は性交禁止と言われているが、エマの身体を知ってしまった今、知らなかった時のようにただベッドで抱き合って眠れる気がしない。


 しかし、たった数時間で我慢の限界を超えるとか、さすがに自分でも盛り過ぎではないかと、ほんの少し残っている理性がエドガーにストップをかける。


(キスだけ……だ)


 エドガーの理性が本能に丸め込まれようとした時、エマの部屋の方の扉がノックされた。


 エドガーは最大限の理性を総動員させ、エマから身体を起こした。

 エマの口元を親指で拭い、エドガーはベッドを下りてエドガーの方の部屋の扉を開けた。


「こっちだ。どうした?」


 まさか、エドガーの理性が負けそうになったのに気がついたんじゃないだろうなと、エドガーは敢えて眉間に皺を寄せて厳しい表情を作る。


 そんなエドガーの心中を察しているのか、アンは僅かに眉を上げたがすぐに侍女の顔でお辞儀をした。


「お休みのところ申し訳ありません。下にお客様がいらしておりまして、只今執事が対応しておりますが、お帰りになられる様子がありません」

「母上達か」

「はい。大奥様と男爵未亡人様でございます」

「わかった。すぐに行く」


 エドガーは一度扉を閉めると、エマのいるベッドに戻ってきて、エマの額にキスを落とした。


「すぐに戻る」

「私も行く」

「しかし、身体が」

「大丈夫、さっきお風呂に浸かったから、かなり復活したんだよ。腕を借りれば歩けると思う。薬……のおかげで下腹部の痛みは落ち着いたし」

「わかった。辛そうなら、すぐに抱き上げるからな」


 エマはエドガーの手を借りて立ち上がり、部屋着から簡単なドレスに着替えた。甲斐甲斐しく手伝ってくれたエドガーは、器用にドレスのホックを留める。


 エドガーのエスコートで一階に下りると、玄関先の大ホールに使用人達がズラリと並び、カテリーナとミアの前にはセバスチャンがいて二人と話していた。

 一見、使用人総出で歓迎しているようにも見えるが、にこやかに応対するセバスチャンとは違い、階段の前で上に上がるのを阻止するように立つ、侍女や侍従の顔つきは一様に厳しい。


「母上、寂れた北の館になんの用事でしょう」

「エドガー、あなたと話に来たのです。それなのに、こんなところで立ちっぱなしにさせて、なんて無礼なの!」


 勝手に来たのに、待たされて文句を言うとか、エドガーを除いた貴族はみんな俺様なのか?!


「別にお呼び立てしてませんが……。セバスチャン、使える談話室はあるか?」

「さようですね……、まだ改装をしていたり清掃が行き届かなかったりで、大奥様をご案内できるような部屋は……。申し訳ありません」

「だそうだ。俺の部屋も今日突貫工事で作ったくらいだからな。まだまだ人を招待できるような状態ではないらしい」

「では、あなたが本邸にいらっしゃい。ミアちゃんと久しぶりに積もる話もあるでしょう」


 エドガーが極寒の視線をミアに向ける。


「全くないな」

「あなたは勘違いしているのよ。四年間も婚約者としてあなたを支えてくれたのはミアちゃんだけでしょ。他の娘達は一年ももたなかったのに……。あの大スタンピードのせいよ。大スタンピードが、私達全員の運命を変えてしまったの。わかるわ、まだ十六の娘には、あの経験を乗り越えることなんかできないでしょう。私だって、いまだにここにいるのは辛いわ」


 涙を浮かべてハンカチで拭うカテリーナに、ミアがわざとらしく寄り添って自分の目尻を拭う。涙など出ていないのに。


「ならば、王都に早く戻られては?」


 溜め息交じりに出たエドガーの言葉に、カテリーナはキッと階段の上にいるエドガーを睨みつけた。涙は一瞬で引っ込んだらしい。


「あなたがミアちゃんと結婚しないと戻れないじゃないの!」

「俺にはすでに愛しい妻がいますが?」


 エドガーがエマの腰を抱き寄せて、その頬に口付ける。


「そんな若い娘に騙されて情けない!どうせすぐに辺境の過酷さに我慢ができずに逃げ出すわよ。ミアちゃんは、色んな経験をして、すっかり大人になったのよ。ミアちゃんこそ、辺境伯夫人に相応しいでしょ。そんな小娘じゃなく」

「それを決めるのはあなたじゃなく俺だ。エマくらい、辺境伯夫人に相応しい女性はいない」


 使用人達も大きく頷く。


 エドガーのことを本当に好きなのは、エマを見ていればすぐにわかった。ちょっと大丈夫か?というくらい、エドガーを盗み見ては悶えている姿は、毎日ちょいちょい目についたからだ。また、エドガーが魔獣討伐へ行っている間、毎日北の塔へ登るエマを見ていた。

 あの高さを毎回登る根性はたいしたものだし、それがエドガーの安全を願っての行動だというのだから、健気過ぎて、使用人達はすっかりエマを辺境伯夫人として受け入れていた。


「昔のあなたは、私の言うことに従順だったというのに、いったいどうしてしまったの?」


 三十の男が母親に従順って、エドガーがマザコンな姿を想像して、エマはつい吹き出してしまう。

 カテリーナにギロリと睨まれ、エマは素知らぬ顔をする。


「従順だった訳ではない。どうでも良かっただけだ。しかし、逃げ出してくれた婚約者候補達には感謝しかない」

「そうでしょ!私が選んだ令嬢達ですもの」

「逃げてくれたことにたいしてだ。あのまま貴族の義務として、母上のような令嬢達と結婚していたらと思うと寒気しかしないな」


 カテリーナはワナワナと震えたかと思うと、扇子を閉じて床に叩きつけた。そのまま、挨拶もなく玄関を出て行く。


「カテリーナおば様!」


 ミアは明らかにエマを睨みつけた後、カテリーナを追って出て行った。


「俺がアレに想いを寄せていたとか……絶対にないな。勘違いでもあり得ない」


 最後の凄い形相のミアに呆れ、同時にエマの勘違いを思い出したのか、エドガーはエマの耳元で囁いた。その耳に響く低音と、耳にかかる吐息に、エマの顔がボボボと赤くなる。


「どうした?顔が赤い」


 エドガーは、わざと耳にさらに顔を近づけて囁いた。エマが耳が弱い上に、エドガーの低く響く声も、その筋肉と同じくらいの推しポイントであることに気がついたのだろう。


「エマ……そんな可愛い顔をしたら、ベッドにこもりたくなるじゃないか」


 エマは真っ赤になって耳を押さえる。


 イケボいただきました~ッ!






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