第18話 事後は甘い?

「これは……ゴミですね」


 真っ二つに折れたベッドを見たイリアは、呆れたようにむき出しのベッドの木枠を指さした。

 昨晩、ベッドが壊れるという予想外の出来事から、マットレスを床に下ろし、壊れたベッドに寄りかかりながらエドガーとエマは抱き合って眠った。

 そこへ、朝の挨拶をしにアンとイリア、ララがやってきたのだ。


「伯爵様、ご本懐おめでとうございます」

「アンさん、駄目ですよ。エマ様が恥ずかしがって顔を隠しちゃったじゃないですか。……アッ、もしかして怪我なさいました?シーツに血が。イリア、治療箱持ってきて!」

「ララ、これは……怪我とかじゃなくて」


 初夜の証、昔の貴族ならばそのシーツを窓から垂らしたという話もあるようだが、今はそんなことはしない。(……しないよね?)


「エマ様、お身体は?辛いところはございませんか?ララ、慌てなくて大丈夫です。これは破瓜の証です」

「えっ?!エマ様初めてだったの?」


(うちの侍女達はもう少し情緒を持って欲しい)


 エマがエドガーにしがみついて真っ赤になっていると、エドガーは誰も今まで見たこともないような甘い微笑みを浮かべて、エマを宥めるように抱きしめて肩を撫でた。


「……アンさん、伯爵様が壊れた」

「なんかエロッ」

「あなた達、侍女は見て見ぬふりだと教えたでしょ。常に冷静に、空気のように振る舞うんです。例え、伯爵様の微笑みが金塊を拾うくらい珍しいことだとしても、それを表情に出してはいけません」


(金塊なんか、まず落ちてないよね。金貨を拾うくらいのレベルですらないんだ)


 アンの冷静にララとイリアを嗜める口調も面白く、エマはツボに入ったように笑いが止まらなくなってしまう。


「エマ様、お風呂の準備をいたしますね。大浴場の方が足を伸ばしてゆっくりしていただけますね。伯爵様、用意ができましたら、エマ様を運んでいただけますか?」

「ああ、もちろん」

「え?自分で歩けるよ」


 エマは立ち上がろうとして、腰にズキリと痛みを感じた。それに、股関節がなにやら……。


 昨晩のナニソレを思い出し、エマの全身がポンッと赤くなる。


「無理っぽいな。俺は今日は休みをとる。討伐が終わった後は、皆休みなんだ。今日は俺が責任を持って世話をしような。アン、昨日セバスチャンに言っておいたのだが、隣の部屋にとりあえずベッドを先に運ぶように」

「……そうですね。坊ちゃま、一言よろしいでしょうか?」


 アンがジトリとエドガーに視線を向ける。


「いくらお休みだからと言って、昨日の今日でエマ様に無理を強いるのはお止めくださいね」

「わかってる!そんな十代の若者でもないんだから」


 アンが、わかっているのならよろしいのですと、シレッとお辞儀をして部屋を出て行く。


「十代の若者でも、ベッドはさすがに壊さないよね」

「確かに!」


 ララとイリアに突っ込まれて、言い返す言葉のないエドガーは、ムスッと黙り込んで無視を決め込んだ。

 こんな侍女達の少しディスリの入った無駄話にも、エドガーは怒ることなく聞き流している。顔は怖いが、優しい旦那様であることをエマは知っている。


「……そうだ。このベッドを外に出さないとだな」


 エドガーはスックと立ち上がると、大きな窓を開けて下を覗いた。

 誰もいないことを確認すると、ベッドの折れた中板を全部取り外し、枠だけになったベッドを持ち上げて窓の外に投げ落とした。中板もまとめて投げ落とす。


 その力技に、エマはもちろん侍女二人も呆気に取られる。


「証拠隠滅だ」


 ニヤリと唇の端を持ち上げたエドガーは、地面に落ちてさらにバラバラになったベッドを見下ろして言った。


「伯爵様、危ないですよ」

「大丈夫、ちゃんと確認してから落としたからな。床の掃除を頼んだ。エマ、浴室に連れて行ってやる。もう用意もできただろう」


 エドガーがエマを軽々と抱き上げると、急に高くなった視界に驚き、エマはエドガーの頭にしがみついてしまう。


「前が見えないが、これはこれでなかなか……」


 エドガーの顔に胸を押し当てた形になり、慌てて離れようとしてグラリと不安定になり、再度しがみつく。


「しがみついていろよ。落とすかもしれないからな」


 そう言いながらも、足取りは軽やかだ。前もほとんど見えていないだろうが、迷いなく部屋を歩き扉を開けて出て行く。


「伯爵様って、ムッツリだったんだね」

「貧乳好き?顔がニヤけてた」

「エマ様の胸元で深呼吸してたよ」

「変態だ」

「ララ、男はみんなムッツリな変態だよ」

「変態伯爵……」


 どちらの主人に対しても失礼な侍女達は、ベッドの置いてあった場所の掃除を開始した。


 ★★★


「……伯爵様がなさるんですか?」

「やったことはないが、できなくはないぞ」


 アンは、エマを抱き上げてやってきたエドガーを見上げる。

 その顔は無表情だが、わずかに上がった眉毛に、「何言ってるんだ、この暴走坊ちゃまは……」と、苛立ちが溢れて見える。大浴場に来たエドガーが、エマの入浴は自分が全部面倒を見るからと、人払いを言い出したのだ。


「アンは身重だから、入浴介助は重労働だろ」

「坊ちゃまがやりたいだけでは?」


 エマは赤くなり、エドガーの頭に顔を埋める。とうとうアンがズケズケと言い出した。呼び方も「坊ちゃま」に戻ってしまっている。


「それもあるが(あるんかい!)、この身体を見せるのは、エマが恥ずかしいんじゃないかと思ってな」


 エドガーが、エマの首筋につけたキスマークを撫でながら言った。


 見える場所はもちろん、見えない場所にも沢山残されたキスマークは、エドガーの強い執着を示していた。


「坊ちゃまはわからないかもしれませんが、女性の身体は繊細なんです。初夜の後は特に身体のケアが必要なんですよ。そうしないと、傷からバイキンが入ったりして、不妊の原因にもなりかねません。いいですか、繊細な場所に薬を塗りこむんです。そんなことを手伝って、初夜にベッドを破壊するくらい盛る坊ちゃまに、我慢できる筈がありません。エマ様の身体を思うのなら、ここでお待ち下さい。じゃないと、傷が治らずに一週間、一ヶ月とお預けをくらうことになりますよ」


 無表情だが、結構な発言をしていないだろうか。


「……それは困る」


 絞り出すような声に、エドガーの苦悩が見て取れる……が、そこまで悩むところか?!と思わなくもない。


「可愛い新妻の世話は全部自分でしたいのに、確かに我慢できる気もしない……」


 エドガーの心の声が溢れて出たようなつぶやきが、エドガーにしがみついているエマにはしっかりと聞こえてしまう。


「エド!私、お風呂はアンに頼もうと思う。ゆっくりなら歩けると思うし、うん、大丈夫!」


 エドの頭から身体を起こして、下ろしてとエドの肩をタップする。

 エドがそっとエマを床に下ろし、アンに支えられてではあるがエマは一人で立つ。


「一緒に風呂も入りたかったのだが……」

「それはもう少し慣れてからにしよう。主に私が。多分、明るいところでエドの全裸を見たら、尊過ぎて鼻血出す未来しか見えない」

「……わかった。では、扉の外で見張りに立っている」


 大浴場は、舘の誰でも入ることができる。こんな朝から入浴する者もいないとは思うが、辺境伯自ら見張りに立っていたら、それこそ誰も入ることはできないだろう。


 エドガーが大浴場から出て行き、扉が閉まったのを確認すると、アンがエマのガウンを解いて息を飲んだ。

 ガウンの下には夜着を着ていたのだが、それで見える場所にもキスマークが点々とついており、夜着を脱がすとさらに凄いことに。


 キスマークが痛くないことはアンもすでに知っているが、さすがにこれは……。


「これでは、腕を出した服や胸元の開いた服は着れませんね」


 エマも自分の姿を鏡に写して、居たたまれない表情になる。


 いかにもヤりました!……という情事の痕が残った身体は、同性とは言え見せるのは恥ずかしい。


 エマは前側しか見えていないが、実は後ろ姿もすごいんです……とは、できる侍女であるアンは口にしない。アンは無表情でエマを浴場へ連れて行くと、その身体を丁寧に洗い、頭もしっかりと洗ってくれる。


 エマが入浴介助をされたのは今回が初めてだった。

 人に洗ってもらうのは、思ったよりも気持ちが良いものだと思っていたら、泡の乗った手が前に差し出されてきた。逆の手には、トロリとした液体が入った瓶か握られている。


「この泡で、丁寧に股の間を洗ってください。流しましたら、こちらの薬を股の……中に塗り込みます。しっかりと奥までお願いします。ご自分でできますか?」

「します!できます!」


 アンから両方受け取ると、アンはクルリと後ろを向いた。出来る侍女は気遣いも完璧なのだ。


 アンに言われた通りに処置しながら、エドガーに手伝ってもらわなくて、本当に良かったと、エマは心の底から思ったのだった。














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