第17話 お帰りなさい(R15)

「エマ奥様は、北の塔に毎日お登りになって、伯爵様のいるだろう場所に、手を振られていたらしいです」

「え?」

「北の塔の見張りが、伯爵様が北の塔を見て位置確認をしていると教えたかららしいです」

「そうか」


 塔のてっぺんから自分を思って手を振るエマを想像し、なんと可愛らしいことかと、きついエドガーの目元が思わず緩む。


「それに、エマ奥様は、北の館を気に入られたようです」

「あんな寂れた館をか?」

「第二鍛錬場に近いのと、北の塔があるからでしょうが、本館の夫人の部屋はあのが寝起きしていた部屋だと思うと、移れてラッキーだそうです」

「おばさん……クックッ、母上に聞かせたいパワーワードだな。ならば、俺の部屋もこっちに移しておけよ。なぜあっちに残したままなんだ」

「一応、伯爵様に確認してからと思いまして」

「隣であれ(ミア)が寝ていると思うと、寒気しか感じないから、明日全て運び出してくれ。もちろんベッドもだ」

「かしこまりました。こちらがエマ奥様のお部屋です」


 一番北の塔に近い、北の館の最上階の部屋にエドガーは案内された。


「おい、騎士達が使う北の塔への階段の横じゃないか」

「エマ様が館を探検しまして、ここが一番良いと」


 エドガーが扉に手をかけると、驚くことに鍵がかかっていないではないか。


「おい!鍵はないのか?!」

「いえ、ある筈ですが。また、かけ忘れられたみたいですね」

「また……」


 誰でも出入りできる部屋で、鍵もかけずに寝るとか、無防備にも程がある。


 すると、エドガーとセバスチャンのやり取りで目を覚ましたのか、エマの部屋の向かいの部屋からイリアが顔を出した。


「お帰りなさいませ、伯爵様」

「おまえ、そこが部屋なのか?」

「はい。エマ様がみんなに好きな部屋を選べと言ったので。でもほとんどの使用人は一階におりますよ。私は、エマ様の護衛も兼ねてこの部屋に。一階にも部屋を用意してありますから、伯爵様がいない時だけここを使おうかと」


 イリアは顔を引っ込めると、枕を持って部屋から出てきた。


「伯爵様がお帰りなら、一階の部屋に戻ります。では、おやすみなさいませ」


 イリアは寝巻きのまま枕を持って廊下を歩いて行ってしまった。


「伯爵様のお部屋ですが、エマ様の隣を考えておりますが、よろしいですよね」

「もちろんだ。……内扉はつけれるか?」


 厳つい顔を顰めて言っているが、これが照れ隠しであることを、生まれた時からエドガーを見ているセバスチャンにはお見通しだ。


「できると思います。では、明日指示してそのようにいたします。では、私も下がらせていただきます」

「ああ、おやすみ」


 セバスチャンもお辞儀をして階段を下りていき、エドガーはそれを見送ってからエマの部屋に入った。


 部屋には薄暗くではあるが明かりがついており、ベッドに眠っているエマがはっきりと見えた。


 ベッドに近づき、エマのベッドの端に腰を下ろす。ベッドがギジリと音をたてたが、エマは幸せそうな寝顔のまま起きることはなかった。


「髪の毛が……」


 寝ているエマの髪の毛がかなり短いことに気がついた。ベッドの脇にはエマの髪色のカツラが置いてあり、獣人用のカツラはドレッサーに置いてあった。


 この国では、魔力は髪に宿るとされているから、魔力を重視する貴族や魔法使い、魔法騎士などは、男も女も腰くらいまで髪が長いのが普通だ。元から魔力の少ない平民はそこまで髪を伸ばさないし、魔力0の獣人は短髪が多い。

 エドガーは魔力に頼らず剣を極めるとして、貴族には珍しく短髪にしているが、実は短髪にしてもエドガーの魔力量は膨大で、大魔法使いになれるくらいの魔力量がある。エドガーが魔法を使うと、最小魔法のつもりでも見渡す限り野っぱらにしてしまうくらいの極大魔法になる為、魔法は極力使わないようにしているし、通常は魔力を抑える魔導具ピアスも身に着けていた。


 確かに、あの長さの髪の毛をどうやって獣人のカツラにしまっているか不思議には思っていたが、まさかいつも見ている長い髪もカツラだとは思ってもみなかった。


 エドガーがエマの髪の毛をすいていると、エマは擽ったそうに笑ったかと思うと、エドガーの手にスリスリとすり寄ってきた。


「……エド……好き」


 こんな可愛いことをされ、さらにはこんなことを言われたら、エドガーの理性がプッツンと切れても、それはしょうがないかもしれない。


「エマ!」


 エドガーは、寝ているエマの唇に噛み付くようにキスを落とした。

 エマの短い髪の毛に手を差し入れ、細い身体を抱き締める。


 キスの仕方はエマから教わったというか、勝手に習得して発展させた。


 唇を食み、僅かに開いている間から舌を捩じ込んだ。口蓋を舐め上げ、歯列をなぞる。


「……フッ……ゥン」


 寝ているエマは快感に従順らしく、甘い吐息を洩らしだした。


 満遍なく口の中を堪能した後、エマの舌を見つけて絡めて吸い上げるように扱いた。


「アッ……チュプッ……ンンン」


 唾液の混ざり合う音が響き、エドガーはさらに激しく舌を蠢かした。

 すると、今までなんとなく反応が緩やかだったエマの舌も、エドガーの動きに合わせるように動き出し、エマの手がエドガーの首に回った。


 エドガーが舌を絡めたまま目を開けると、至近距離でエマの視線と絡み合う。

 エドガーが顔を離そうとすると、出て行こうとするエドガーの舌を追うようにエマの舌が追いかけてきて、エドガーはその舌を吸い上げてからチュポンッと離れた。


「お帰りなさい」

「ただいま」


 エマが身体を少し起こして再度エドガーの唇にキスをすると、エドガーはエマの身体を抱えるようにして深いキスを落とした。


 しばらくキスを交わしていたが、エドガーはふと真面目な表情でエマの顔を覗きこんだ。


「エマ、俺は閨の実習以降、女性の身体に触れるのは初めてだ。それも十五年くらい前の記憶で、殆んど覚えていない」

「……婚約者の人達は?」

「エスコートの時に手に触れたくらいだ」

「キスとかも?」

「キスは……エマが初めてだ。実習でもキスはしなかったからな」

「あんなに上手なのに?」

「それは……誰かと比べた記憶だろうか」


 エドガーの目つきに険が帯び、エマは慌てて首を横に振る。

 キララの時の経験はノーカンにさせてもらえば、エマとして誰かと何かした記憶はない。もしかしたら、覚えていないだけかもしれないが。

 ただ、記憶にあるうちにはないから、エマは一生懸命否定した。


「そうか。エマはずいぶんと慣れた様子だから、直前までは経験あるのかと……。いや、そんなことは聞くべきではないな。想像しただけで、そいつを殺したくなる」

「ない、ないよ、そんなこと。知識として知っているだけで、実践したのは私もエドが初めて」

「前の時、エマは覚えていないだろうが、初めて触れ合ったあの時もエマは同じことを言っていた。……悪い。信じてない訳じゃないんだが、ついつい気になってしまって……。余裕がなくて情けない」


 エマは、フルフルと首を横に振った。エドガーがエマの過去が気になるように、エマもずっと気にしていることがある。


 エマは、ギュッとエドガーの手を握ると、意を決したようにエドガーを見上げた。


「私も余裕なんかない。エドの手に入らない人って誰?やっぱりミアさん、前に私がキララだってバレてなかった時、言ってたよね。私の瞳の色を見て」

「は?」


 エドガーには、エマがなんの話をしているのか、すぐにはわからなかった。


「でもね、エドのは全部私の。誰にもあげないもん。あの人の瞳、紫色だけど私の瞳とは全然違うよ。私の目を見ると、ミアさんを思い出しちゃってた?婚約破棄されて、手に入らなかった……」


 泣きそうな顔のエマを、エドガーは強く抱きしめた。こんなに愛しいと思う人間は他にいない。なんて健気で可愛らしいんだろうと、エマの口にキスをする。


 瞳の色で思い出す手に入らない人。


 まだキララがエマだと知らなかった時、キララにそんな話をしたのをやっと思い出した。


「エマ、その話だが。変な勘違いをされるのも嫌だから言うが、俺は出会った直後からエマに惹かれていた。でも、いつかは手放さなければならないと、白い結婚を貫いて、五年後には俺の手から離れるものだと思っていたんだ。手に入らないと思っていたのはエマ、君だ。キララを見る度に、君を思い出していたんだよ」

「え……、私?」

「ああ、やっと、本当に手に入る。もう君を離してあげれない。君よりだいぶ年上で、顔に傷もある、恋愛にも疎い俺だが、エマ、俺の真実の妻に」

「うん……うん」


 エドガーはエマを押し倒し、その上に覆いかぶさった。


 ★★★


 パキッ……バキッ!


 ズンと身体が落ちる感覚がして、エマはエドガーにしがみついた。


「え……?」

「……マジか」


 初夜も滞りなく済み、エドガーのぶち壊れた理性はエマのベッドもぶち壊したらしく……。


「折れたな……」

「……折れたね」


 今までの蓄積からエドガーの体重に耐えられなかったのか、エドガーが激しく……だったせいか、エマのベッドは真っ二つに折れていた。

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