第15話 引っ越し

「エマ様、伯爵様に連絡する許可をいただきたく存じます」


 セバスチャンが珍しく苦虫を噛み潰したような表情で、勝手に移動されたエマの荷物を見て言った。


 エマのドレス、アクセサリーはもちろん、家具に至るまで全て、北の塔のある北の館に移されていた。


「いや、まぁ、別に私はどこに住んでもかまわないんだけどさ、せめて運び出すんなら、元の状態を復元して欲しいよね」


 ただ運び入れただけの荷物は、乱雑に置かれており、ベッドの上にはエマのドレスが山積みになっていた。


 エマが伯爵夫人として騎士団に顔を出していたわずかな時間に、カテリーナは連れてきた大勢の侍従と侍女を使い、エマの部屋から荷物を運び出し、そこに自分達の荷物を運び込んでしまったのだ。今では別邸の侍従や侍女が我が物顔で辺境伯邸を仕切り、元からいた数少ない(少数精鋭で切り盛りしていた)侍従や侍女も北の館に追いやられている。ララもイリアも出勤してきて目を丸くしていた。その後の激怒具合といったら半端なかったが。


「あれ、サントスまでこっちに来たの?」


 足が不自由になったとはいえ、元騎士の料理長サントス、騎士並みにムキムキの執事セバスチャン。王都のヒョロヒョロ侍従など、その気になれば片手でポイッとできるだろうし、何よりも有能な彼らも追い出す不都合の方が大きいだろうに。


「ハハ、エマ様が北の館に引っ越しされたと聞いてな。辺境伯夫人の料理を作るのが俺の仕事だからな。それに、ここはスタンピードなどが起こった時の避難場所にもなるんだ。だから、ここの厨房はバカデカくてな。ここを仕切れるのは俺くらいなもんだ」


 豪快に笑うサントスは、まずは埃まみれの厨房の掃除をしないとと、弟子の料理人を引き連れて北の館の厨房へ向かった。


「エマ様」

「……エドには連絡しないで。討伐に集中して欲しいから。それにさ、私がいた部屋って、辺境伯夫人の部屋なんだよね?」

「はい。歴代夫人方の部屋です。もちろん、壁紙から全て取り替えておりますよ」

「そうなんだろうけど、あのおばさんがあの部屋で寝起きしていたかと思うと、あの部屋にこだわりはないというか、逆に違う部屋に移れてラッキー?みたいな」


 それに、エドガーの匂いのついたベッドはここにある!これがあれば、エドガーが帰ってくるまで乗り切れる気がした。


「了解いたしました。こちらの方が騎士団にも近く、護衛もしやすいかもしれませんね。とりあえず、生活の動線だけは確保して、住みやすくしなくては。そのことにつきまして、臨時に掃除のみ担当する者を雇いたいのですが、エマ様……いえ奥様の許可をいただきたいのですが」


 エマはキョトンとした顔でセバスチャンを見る。


 最初にエドガーとの婚姻を隠したこともあり、使用人達はエマのことをずっと「エマ様」と呼んでいた。それがいきなり「奥様」なんて呼ばれたら……。


 エマの頭の中で「ざます調」の成金おばさん達が、オホホ笑いで「奥様ったら……」「奥様こそ……」「いやですわ奥様」と、意味もなく奥様を連発している姿が思い浮かんで、ウゲェッと顔をしかめてしまう。


 第一、奥様なんてガラじゃない。


「孤児の子達や、仕事にあぶれてる獣人の人達雇えばいいんじゃないかな。ララとイリアに人選してもらったらいいよ。それより、奥様ってむず痒いんだけど。いきなりどうしたの?」

「やはり、エマ様がデュボン辺境伯夫人であると知らしめる為にも、呼び方を改めようかと思いまして」

「呼び方なんかなんでもいいよ。エドガーのお嫁さんは私だし、この座はしがみついてでも譲る気ないしね。それにさ、奥様はこの世に沢山いるじゃん。誰それさんの奥様って。その他大勢と一緒くたにされるよりは、名前で呼ばれる方が嬉しいな」


 推しを愛でる特等席である妻の座は、誰になんと言われても譲れん!と、エマは握りこぶしを握って力説する。


「……では、のおっしゃる通りに雇いたいと思います」

「セバスチャンは……こっちに来ていていいの?」


 セバスチャンは前辺境伯から仕える執事だった筈で、カテリーナにも仕えていた筈だ。ポッと出の、しかも王命から仕方なく辺境伯夫人にするしかなかったエマよりは、カテリーナに思い入れがあるのではないだろうか。


「私は、デュボン辺境伯家に仕える執事です。デュボン辺境伯はエドガー様、辺境伯夫人はエマ様でございますから。それに……」

「それに?」

「あの方は坊ちゃまの産みの親かもしれませんが、坊ちゃまが苦しんでいる時に見捨てた毒親。前辺境伯様の奥様だったというだけで、辺境には馴染めない方でございました。離れた王都にいてくだされば良かったのですが……」


 セバスチャンは、余計なことをお話しましたと、一礼して北の塔から出て行った。


「よし!まずは北の塔の探検だわ」


 エマは北の塔を探検することにした。


 ★★★


「エマ様、本当に上まで登るのですか」

「いっちゃん上までね。それにしても……登る……だけでいい……鍛錬になる……わ……と」


 北の塔の三分の二ほど登っただろうか、ここからでも北の森が見渡すことができる。エマは階段の途中にある窓から外を眺めた。鬱蒼とした森が広がり、その向こうには山が見える。あの山が国境となっており、山の向こうは隣国となる。

 この北の森も辺境の一部。エドガーが治める土地となる。


 北の森は人間はほとんど住んでおらず、魔獣達の住居となっている。人間がいるとしたら、魔獣を密猟する密猟者や盗賊などのならず者達、魔獣やそんなならず者を取り締まるエドガー達騎士団だ。


 今、エドガー達はどこにいるのか。


 人間の視力しかないエマがどんなに目を凝らしても見える訳がなく、ただ木々があるだけだ。


「あそこの木々が少し切れているところがありますよね、あそこに川があります。団長達はあの川沿い、山に近い場所に拠点を置き、そこから東の洞窟が討伐場所です」


 塔は騎士団が北の森を見張る為にも使われており、常時騎士が一人、獣人兵士が二人が見張りに立っている。

 北の塔を探検していたエマが、見張り交代の為にやってきた騎士と出会い、塔の最上部を見せてもらう為にくっついてきたのだ。


 騎士は窓から見える北の森を指差し、丁寧に説明してくれる。その前を人が二人飛んで上がっていく。


「鷲獣人のトビーと鷹獣人のサットンです。彼等は目がいいので見張りと、いざという時の伝令を行います。鳥の獣人達は特殊任務の為、通常の獣人兵士とは部署が違います」


(はい、知ってます。彼等の為にボウガン、しかも腕に装着して連発可能な奴を開発したからね)


 空を飛ぶ鳥獣人は、魔獣討伐にはほぼ関わらない。それゆえ、魔獣討伐で生じるボーナスが発生せず、見張りの仕事で小金を稼いでいる。そんな彼等も空からの飛行部隊として討伐に加われればと考えたのが、漫画の知識からこんな武器があれば飛んでても攻撃できるんじゃん?とあみだしたボウガン。

 と言っても、エマはこんな感じの武器と、ザックリとした絵と機能を示しただけで、それを使える武器として作り出したのは、武器制作部の面々だ。

 エマの漫画の知識から生み出される無茶な武器の案を、喜々として次から次へ実用化してくれる、武器オタクの集まりが武器制作部である。


 そんな鳥獣人用の武器を作ったことから、鳥獣人の数名とは親しくなったエマだ。彼等の前では獣人キララではあるが。


 北の塔の頂上の見張り台につくと、180°パノラマビューで、北の森だけでなく全方向絶景が広がっていた。


「ウワーッ、絶景だね!」


 さっき窓から見えた鳥獣人達がエマが来ることを告げていたのか、エマの突然の来訪も驚かれることなく受け入れられた。


「エマ様、この真下に第二鍛錬場も見えるんですよ」


 隼獣人ハヤに言われ、下を覗いてみた。確かに第二鍛錬場は真下に見えるが、人が豆粒みたいで誰が誰だか識別はできない。


「ほら、今大槍を振り回しているのがボアですよ」

「え?どれ?」


 ボアはエマが屋敷に残るのならと、今回の討伐隊には立候補しなかった。白ネズミ獣人キララとしては騎士団に顔出し禁止(辺境伯夫人として、毎日一回エドガーの様子を聞きに行っているが)を言われているから、ボアはエマの護衛の代わりに鍛錬に明け暮れているようだ。


「あれです、あれ。相手はダイゾみたいですね」

「すっごいね、全然わかんないよ」

「ほら、向こうには団長も」

「え?どこどこ?」


 ボアでさえ認識できないのに、もちろんハヤの指差す先が見える筈もない。身を乗り出して森の方を目をこらして見ていたら、鳶獣人のビーチャがエマの洋服を引っ張って引き戻した。


「ハヤ、エマ様をからかったら駄目だろ」

「え?からかわれたの?」

「からかってないですよ。本当にあそこに団長いますし。あ、こっち見てる」

「エッ?マジ?!」


 エマはブンブンと手を振る。


「ブハッ!団長夫人、マジ団長大好きですね」


 エマはプーッと頬を膨らませる。


「当たり前じゃない」

「すみません。でも、団長がよくこの北の塔を見ているのは本当ですよ。位置確認の指標になりますからね」

「そうなんだ。じゃあやっぱり手を振っとこう」


 エマは満足行くまで手を振ると、一日一回は鍛錬も兼ねて塔に登ろうと決意した。







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