第13話 ブレスレット

「エマ様……見えません」

「え?見えない?」


 いきなり目が悪くなったのかと、エマはイリアの目の前で手を振ってみた。


「違います!私の目は凄くいいですから。そうじゃなくて、エマ様が聖女っぽく、見えないってことです」

「ああ、それね」


 まぁ、自分でもそう思うから、別に聖女っぽくないと言われてもなんとも思わないし、第一その時の記憶がないんだからしょうがない。


「聖女様って、凄く慈悲深くて、献身的に民の為に尽くす美少女って噂でしたけど」

「なによー、っぽくないって、美少女じゃないってこと?」


 エマがプーッと頬を膨らませる。そりゃ、ここには天使のような(見た目だけだが)完璧美少女の侍女と、コケティッシュなお色気を醸し出す獣人侍女がいるから、ちょい可愛いくらいのエマが美少女扱いされていたと聞いて、笑いたくなる気持ちもわからないではない。


「イリアが言いたいのはそこじゃないですよ。第一、聖女様って顔出しNGじゃないですか。顔隠した聖女って聞いて、美少女だったらいいなっていうくだらない男のただの願望だから」

「聖女様のイメージって、エマ様みたいにハチャメチャじゃないっていうか、獣人のふりして騎士団に入って剣振り回したりはしないんですよ。それに、第三王子と熱愛の末、聖女の力を得たから婚約できたんだって、演劇にもなってるのに、それがいきなり辺境伯夫人になってたとか、意味がわからなくて」

「それは、聖女の力どころか魔力自体がなくなったせいかな」

「なんでそんなことに?」


 エマは肩をすくめて見せる。


「知んないよ。気がついたら結婚式で、目の前に第三王子とやらがいたんだもん。いきなり誓いのキスとか言われて、こう手が……ね、第三王子の顎をバシンと」


 掌底を突き上げて見せると、イリアもララも呆れた表情になる。


「それはエマ様らしいですけどね」

「第三王子って優しげなイケメンらしいじゃないですか?そのままキスして結婚しちゃえば良かったのに」

「え?絶対に嫌」


 エドガーのお嫁さんになれた今が一番最高なんだと、第三王子の俺様っぷりと比較してエドガーがどれだけ素晴らしいかを布教する。


「つまり、巷に広がる第三王子と聖女の話は全部嘘で、第三王子は俺様エセイケメンだし、世紀の大恋愛なんかなかったんですか?」

「だろうね。少なくとも、あんな上から目線で、俺様な相手は好きにならないんじゃないかな。覚えてないけど」

「全然思い出せないんですか?日記とか、思い出の品とか、記憶を辿る物はないんですか?」


 そう言われても、王宮を出る時に渡された鞄には、たいした物は入っていなかったし、日記帳どころか手紙すらもなかった。


「そう言えば……ブレスレットがあったかな。結婚式の時もつけていたみたいだけど、それだけなんか地味で浮いていたかも」


 豪華な衣装や綺羅びやかなアクセサリーに埋もれて、宝石もついていない質素なブレスレット。第三王子に掌底をかました時に落ちたから、それから拾ってずっと握っていた。王子から貰ったものは、一つも持って出てはいけないと言われたけれど、あのブレスレットはとやかく言われなかったから、王子から貰った思い出の品ではないのだろうが。


 エマは衣装部屋へ行き、置きっぱなしにしてあった鞄を引っ張り出してきた。


「……確か持ってきた……と」


 鞄の中身をぶちまけて、中身を探る。


「エマ様、こんな下着、私でもつけませんよ」


 中から出てきた着古したワンピースや下着を広げ、ララが「あり得ない!」と叫んである。


「あった、あった。これよ」


 エマがブレスレットを見つけ出し、明かりにかざして見てみた。


「特に何も書いてあったりしませんね」


 イリアも同じように覗いて見るが、内側にも刻印も何もなかった。例えば結婚指輪みたいに、内側にイニシャルが彫ってあったり、日付けやコメントがないかと思って見てみたが、傷一つなく全く綺麗なものだった。


「誰かから貰ったのかな?」

「結婚式の時にまでつけてたとか、意味深じゃない?」

「エマ様、はめてみたらどうです?何か思い出すかもですよ」

「別に、思い出したいとかないんだけどな……」


 自分という存在が無だとしたら、それは不安で何が何でも思い出したいと思うかもしれない。しかし、エマはキララであった記憶はあるし、今の生活に至極満足しているから、聖女だった時の記憶を取り戻したいとも思わない。


 それでも言われたままにブレスレットをはめてみる。


「特に何も……うん?」

「「思い出しましたか?!」」


 エマがマジマジとブレスレットを見たせいで、ララとイリアが期待したように前のめりで聞いてきた。


「いや……じゃなくて……これ、継ぎ目が消えたよ」


 ブレスレットを開いて手首に通して留め金を閉めるようになっていたのだが、元からエマの手首のサイズにピッタリだった腕輪は、はめた途端留め具が消えてなくなり、継ぎ目のない一塊の金属の輪っかになってしまった。しかも、どういう訳かつけている感覚もなく、そこにブレスレットがあると意識して見ないと、つけているのも気にならないくらい馴染んでいるのだ。


「そんな馬鹿な……って、本当ですね。エマ様、外せます?」

「無理。腕にピッタリだもん。手は抜けないよ」


 手を引っこ抜こうとしてみたが、擦れて痛いだけだった。


「イリア、あなたの馬鹿力で引っ張って……」

「いやいや無理だから。手が千切れちゃうよ」

「はまったんだから外れる筈です」


 それは道理だと思うものの、三人で頭を寄せ合ってああだこうだしてみるが、ブレスレットは外れない。


「失礼します。エマ様、大へ……三人で何をなさってるんです?」


 悪阻も落ち着き、少しお腹がふっくらしてきたアンがかなり慌てた様子で部屋にやってきたが、ブレスレットと格闘しているエマ達を見て言った。


「いや、実は……」


 記憶がないこと、ここに来た時の荷物の中に記憶を取り戻す手掛かりがないか探していて、ブレスレットをはめたら外せなくなったことを告げたら、アンは驚くことなくブレスレットをしげしげと見つめた。エドガーからセバスチャンへ、セバスチャンからアンへと、エマの情報が全て共有されていたのだろう。


「もしかしたら、魔導具かもしれませんね。騎士団の魔導具を担当している者に来てもらいましょう」

「そうね。別につけてて気持ち悪いもんでもないし、体調がおかしいとかもないから、そんなに急がなくてもいいわ。それより、さっき大変とか言ってなかった。マナー講師の方が急にこれなくなったとか?」

「そう!大変なんです。坊ちゃまがいないっていいますのに」


 アンがエドガーのことを「伯爵様」ではなく「坊ちゃま」と呼ぶのは、かなり珍しいことだ。それくらい、アンが動揺してしまうことが起こったのだろうか?


 アンが説明しようと口を開いたところ、扉の向こう側が騒がしくなり、セバスチャンの制止する声と共に扉が開いて派手派手しい女性が二人、ズカズカと部屋に入ってきた。


 真っ赤な髪の毛をゴテゴテと結い上げ、これでもかと宝石を身に着けた女性は、辺境では動きにくいだろう嵩張ったドレスを着込み、真っ赤な唇を不機嫌そうに開いた。


「まぁ、まぁ、まぁ、ここは辺境伯夫人の部屋の筈よ」


 若作りをしているが、四十代終わりか五十代中頃くらいだろう。

 キンキンと甲高い声は耳に痛く、彼女が動く度に香水と白粉の匂いがムワッと部屋に漂う。

 その後ろには、二十代後半くらいの金髪女性が、ツンとした表情で立っていた。こちらも年齢のわりに少女趣味というか、フリルにリボンがこれでもかというくらいついた黄色いドレスを着て、ハーフアップに結い上げた髪の毛も大きなリボンで留めていた。

 それこそララみたいな美少女が着れば可愛らしいのかもしれないが、肌のクスミが気になるお年頃だろう女性には、ちょっといただけないチョイスなのではないだろうか。


(この女性二人、嫌ーな気しかしないんですけど?!)

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