第11話 二人の侍女見習い

「エマ様、今日も鍛錬に行くんですか」

「行くよー。今日はエドの指導日だからね」


 エマのスキンケアをしているのは、ピンクブロンドの髪の毛をした美少女で、侍女服を着ている姿はなかなか倒錯的だ。


 化粧水をたっぷりコットンに染み込ませ、パックするように顔にのせていく。顔に化粧水が馴染むのを待つ間、エマの短い髪の毛をピンで止め、ネットをかぶせた。鍛錬に行くというので、用意するのは白ネズミのカツラだ。


「エマ様、今日は三つ子の誕生日だから、早く家に帰るようにと、イアンに言伝お願いできますか?」


 黒髪に同色の猫耳をピクピクさせたコケティッシュな侍女は、特徴のある金色の瞳を細めて言った。


「イリア、エマ様に伝言とか、失礼じゃない」

「あー、いいのいいの。イリアも今日は家に帰りなよ」

「うちは大家族ですから、家族の誕生日ごとに家に帰っていては、仕事に支障がでちゃいますよ」


 この二人がエマの侍女になってから一ヶ月。今はまだ侍女見習いだが、二人共なかなか見どころがあると、アンの評価は高い。


 最初の顔合わせの時に、エマは自分の秘密を暴露した。


 カツラを外して見せたのだ。


 その時の二人の唖然とした顔、いまだに思い出しては笑える。ついでに、アンも交えてエマが獣人兵士キララとして騎士団に所属していることも伝えた。薄々察してはいたが、やはりアンはエマの行動を把握していたらしく、アンからは「存じております」という冷静な一言をもらった。それどころか、セバスチャンの命令でボアが自分の護衛としてエマの入団と同時期に騎士団に入団したこと、どういう理由でかは知らないがエドガーにもエマとキララが同一人物であることを知っていること、エマが騎士団にいる時はイアンとボアがエマの護衛にあたっていたことを聞かされ、エマの方がびっくりし過ぎて目が点になった。


「アンもララもいるでしょ。うちはね、一日八時間労働を目指してるの。過労働は駄目。休暇もちゃんと取る。週休二日はまだ無理かもしれないけど、住み込みなら特に自分の時間がとりにくいから、公私は分けてちゃんと休むよ」

「そうよ。イリアが休まないと、私も休みにくいじゃない」

「いやいや、ララは私に関係なく休むでしょ。というか、こっちの仕事休む時は、他の仕事してるじゃないの。あんたこそちゃんと休みなさいよ」

「そうなの?」


 イリアにブチブチ文句を言われても、ララは素知らぬ顔だ。


「副職不可とは聞いてないから」


 イリヤは住み込みで働いているが、ララは侍女になっても、いまだに孤児達と寝起きを共にしている。今は小屋を借りて、マルコやキイとその他三人の孤児達と暮らしていた。きちんとお金を稼げるのはララとマルコくらいで、定職につき毎月決まった賃金を貰えるララは稼ぎ頭だった。


「大丈夫?無理してない?」

「全然大丈夫です。エマ様の身の回りの世話をちょこちょこっとするだけで高収入とか、こんなに楽な仕事は初めてです」


 ララ達孤児は街の何でも屋だ。通常は売れない花を売っていたが、頼まれれば荷運びやら掃除やらお使いなど、なんでもやった。

 ララの美少女っぷりが際立って人目を引くようになってからは、店の給仕の助っ人などに呼ばれることが増えたが、ララの美貌は問題しか起こさなかった。次第に頼まれる仕事も減り、あとは身体を売るしかないかと悩んでいた時、祭りのパートナーのバイトをもちかけられたのだった。まだ、この時は祭りを一緒に回るというだけの約束だったが、明らかに男はその先を求めているのはわかっていた。


 お金を貰えるなら……と、男の家についていこうかとも思ったが、どうしても家に入ることを足が拒絶し、男ともめていた時にエマ達と知り合ったのだ。


 辺境伯の愛人になれば、不特定多数を相手にするよりはマシだしお金も沢山貰えるんじゃないかと、エドガーに色仕掛けを仕組んでみたが、エドガーに見向きもされなかった。普通ならばそれで屋敷を追い出される筈が、ちょっと風変わりな辺境伯夫人エマの勢いに押され、彼女の侍女に就職することになった。


 同僚の猫獣人のイリアは、さばさばした姉御肌な性格で下手な人間よりも付き合いやすいし、貴族という概念で測れない主人エマに至っては、もうどっちが年上かわからないくらい手がかかり、ついつい年下の孤児達の面倒を見るように手を焼いていた。


 口うるさい美少女に、姉御肌で喧嘩っ早い猫獣人、クールで冷静沈着な新妻……が、デュボン辺境伯夫人の侍女のラインナップであった。


「確かに!エマ様もいい意味で貴族っぽくなくて面白いし、アンさんは無茶苦茶厳しいけど不条理なことは言わないし、ララは目の保養になるしで、こんなに良い仕事場は私も初めてだよ」


 イリアは猫耳をピンとたて、常にその耳は主人であるエマの方へ向いている。彼女も獣人だけあって、早くから働きに出ているが、色んな職を転々としていた。自分のヘマでクビになったことはなく、だいたいが他人のことに首を突っ込んで、カッとなったイリアが手を出してクビになるというパターンだ。悪いのが相手でも、獣人というだけでイリアが責任を取らされ、イリアだけが処分される。

 つい最近も、定食屋で働いていたら、人間の同僚にしつこく言い寄る男がいて、その男が同僚の尻を撫でたのを見て、男を引っ叩いたしまったのだ。カッとしたあまりに爪が出てしまい、男の顔に三本の爪痕が残ってしまった。いずれは薄くなるだろうが、はっきり残る傷跡に男の両親が店に乗り込んできて、イリアのクビが確定した。しかも、慰謝料まで発生して。


 この話を兄のイアンにしたら、騎士団を通して話を通してくれて、慰謝料を払わなくても良くなったが、店に復帰することは叶わなかった。その兄の紹介で、獣人だというのに辺境伯邸で雇ってもらえ、しかも辺境伯夫人の侍女というあり得ない役職につけた。


 辺境伯夫人エマは、獣人に偏見もなく、それどころか獣人のふりをする変な人間だった。


 獣人は力が全てな面があった。顔の美醜は二の次で、誰にも負けない逞しい筋肉質な身体であったり、逃げ切れる俊敏な脚力であったり、生き残る為のずる賢さを持つ者がモテる傾向にある。猫獣人のイリアではあるが、猫獣人に特徴的な柔らかい身体や俊敏な脚力よりも、象獣人や熊獣人の特徴である逞しい筋肉を持つ者がタイプで、そんなところがエマと話が合った。ララが引くくらい合いまくった。


 もちろん、いくら趣味筋肉フェチが合うからと言って、主従の関係は崩れることはない。その辺りはアンがビシッと締めているからだ。


 そんなアンは最近悪阻が酷いようだった。


 有言実行。


 いまだ主人であるエマはベッドの納品が遅れている為、エドガーとの初夜を敢行できていなかったが、アンは結婚してすぐに妊娠した。有言実行はアンであるのか、ルイスであるのか……。二人の共同作業の結果であるのだろうが、エマはアンを逃さないようにしようというルイスの並々ならぬ努力の結果じゃないかなと思っている。


「今日は私がエマ様につくから、イリアは里帰りしなって」

「そうそう。それに、料理長にケーキ頼んであるんだよ。三つ子ちゃんの名前入りのね。それを届けるお使いをしてくれないと、せっかくのケーキが無駄になっちゃう」

「エマ様……」

「本当は私が持って行きたいんだけどね、街に出るならエドもついてくるって言うのよ。イアンにそれを話したら、領主夫婦が来たら両親が卒倒するから止めてくれって断られたよ」

「そりゃそうでしょ。さてと、出来上がりましたよ」


 日焼け止めをバッチリ塗って、薄化粧した獣人キララの出来上がりだ。

 イリアの用意してくれたシャツとズボンを身につけ、腰にクナイを差す。


「じゃ、行ってきます」

「「行ってらっしゃいませ」」


 今日もエマの変わらない日常が始まったように思われたが、まさかあんなことが起こるなんて……。


☆★☆第二章 完☆★☆

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