第10話 ララはお金第一

「えーと、何でそこにいるのかな?」


 エマの目の前には、ブスッとふくれっ面だけれど、その美少女っぷりは全く損なわれていないピンクブロンドの美少女が仁王立ちで立っていたた。いつから待っているかは知らないが、エマが戻るのを屋敷の入口でずっと待っていたようだ。


「あなたでしょ!」

「え?何が?」


 真っ直ぐ立っているから、足は治ったんだろうか?まだ立つこともままならないと報告を受けたのは、昨日のことだったように思われるのだが。


「私が美人だから、伯爵様に会わせたくないんでしょ!」

「えっと、ララちゃんだっけ?エドに会いたいの?」

「ずっとそう言ってるのに、取り次いでもらえないのよ。あなたが邪魔してるとしか思えない。あなた本妻なんでしょ?旦那様の愛人くらい、大らかに受け入れる度量を持ちなさいよ」


(それって度量って言うの?そんな度量いらないなぁ)


「えっと、あなたがエドに会いたがってるってのは初めて知ったんだけど……。一つ聞いていい?エドのベッドに裸で寝ていたじゃない?あれって、つまりエドを身体で落とそうとか、そういう感じだったの?」


 ララは顔だけは美少女だし、身体つきもエマよりはややマシくらいには成長しているものの、全体的には華奢でまだ幼さが残る少女だ。年齢を聞いたら十四歳、キララの世界で言えば中学二年生くらい。その年齢で愛人志望とか、エマには想像もできなかった。


「そうよ!いけない?!貴族の愛人になったら、毎月のお手当は金貨十枚……ううん十二枚は貰えるって聞いたわ」


 金貨十二枚?

 どこから出た金額か知らないが、獣人兵士であるキララの手取りでも金貨十五枚だ。愛人のお手当が金貨十二枚は安過ぎるのではないだろうか?あと、愛人にお手当がでるのかも謎だ。愛人って給料制だったっけ?


「誰に聞いたの?エドではないよね」

「大きな商家の旦那だよ。貴族の愛人なら金貨十枚は出すだろうけど、自分の愛人になれば十二枚は出すって。例え辺境伯でも、それ以上は出さないから欲張るなって」


(ウワァッ……エドったら、ちょっと嫌な引き合いに出されてるよ)


「その人の愛人になったの?」

「誰が!あんな禿ちゃびん、金貨二十枚積まれてもごめんだわ」


 エマは苦笑しながら、ララに向かって手を差し出した。ララはビクリとその手に反応した。


「何よ!私を叩くの?!」

「何で叩くのよ。ほら、まだ足痛いんじゃないの?エドに会いたかったらエドに会わせてあげるわ。でも、その前にちょっとお話しましょ」

「あなたに話なんかないの!伯爵様に会わせてよ!私に会えば、男なら誰だって私のこと欲しくなるんだから」


 確かに、それも頷ける美少女っぷりではあるが、エドガーを他の男性と一括りに言われるのには納得がいかない。


「エドに限ってそれはない!あなたが寝てたベッド捨てたくらいだもん」

「ベッドを捨てた??」

「うん、あなたを一番最初に見つけたのもエドだし。その後、侍女に頼んで寝巻きを着せて、侍従に運ばせたのもエド。あなたが寝てたベッドに私と寝るのは嫌だって、新しいベッドを特注してるんだけど、なかなかできあがらなくてね。今は私の狭いベッドで二人で寝てるの。私的には、くっつけて寝れるからいいんだけどね、ちょっとエドが寝るには華奢過ぎて……」


 いまだに初夜が遂行できてません……とは、さすがに年若い少女には言えなかった。


「……もしかして、伯爵様の美意識はおかしいの?それとも熟女好き?」

「あのねェ!」


 エマが呆れ気味に、でもガツンと一言言ってやろうとした時、エマの後ろに温かい筋肉の弾力を感じた。


「幼女も熟女も好きではないな。美意識もおかしくないつもりだ。ただ、俺には俺の妻が一番魅力的に思えるだけだ」

「エド!」


 いつの間にかエマの後ろに立っていたエドガーが、屈んでエマの後頭部に口づけた。


「伯爵様!」


 ララが喜々として前に出てくるが、エドガーはララの手がエドガーに触れる前に、エマの腰を抱きララから距離をとった。


「なるほど、確かに君は美しいのかもしれないな。大抵の男性には魅力的に映るのかも痴れない。でも、見た目の美しさは年をとればなくなるし、俺みたいに傷ができれば損なわれる」

「何言ってるの?エドガーのカッコ良さは傷なんかじゃ損なわれないし、さらに増し増しで渋みまでプラスされてるんだから」


 いくらエドガー本人と言えど、エドガーのカッコ良さを否定するのは許さないとばかりに、エマは怒り口調で言う。


「ああ、エマにだけそう思われれば、俺は十分だ。でも、一般的にはこの傷から目を背ける人間のほうが多い。醜いと顔を背けられたことも、悲鳴をあげられて気絶されたこともある。人の美醜など、些細なことで一変するんだ。俺は、それに価値は見出さない」

「うーん、確かに。それに人の美醜は様々だよね。細マッチョ好きもいれば、ガチマッチョ好きもいるみたいな?私はエドの筋肉が大好きなんだけど、ただガチマッチョだから好きってわけじゃないんだよね。エドの筋肉は戦う筋肉じゃん。辺境を守る為に鍛錬に鍛錬を重ねて、その努力が滲み出てる至高の筋肉なの。辺境の領民を守る為に鍛えた筋肉だよね。頑張ってる筋肉ってかっこよくない?」


 誰にも「わかる!そうだよね」とは言って貰えなかったが、エマはエマの推す筋肉のことは自分だけがわかっていれば良いと、一人満足気に頷く。若干、話を意味不明な方向に導いているのだが、そんなエマのこともエドガーは気に入っているので、「ありがとう」と褒められたことだけ受け取り、エマの頭を撫でた。


「つまりは、君の美貌には全く興味がないと言いたかったんだが、理解してもらえただろうか?」


 途中入ったエマの筋肉談義の意味不明さに、ララはすっかり戦意をそがれたと同時に、自分を見るエドガーの視線に全く欲を感じないことに気がついてしまった。

 美少女だったから余計に、男達が自分へ向ける色んな欲のこもった視線にさらされて生きてきたララは、特に男達の色欲のこもった視線には敏感だったから。エドガーが向ける欲は、全てこの筋肉を熱弁する変な女(一応、エマは辺境伯夫人であり、孤児のララから見たら雲の上の人物……の筈なのだが)に向かっていた。


「……あなた達、普通じゃないわ」

「ええ?!さすが美少女、凄い自信。自分を好きにならないと異常ってか」

「だって事実だもの。でも、伯爵様をおとせないなら、ここにいても時間の無駄ね。伯爵様、この怪我の慰謝料を請求するわ。金貨……三枚、いえ五枚!」

「……」

「……四枚で手を打つわ」


 色仕掛けをされたと思えば、美意識を疑われ、さらには普通じゃない発言からの慰謝料請求。

 貴族に強気発言するくせに、最後まで強気で金貨五枚と言い切れないところが、彼女が悪女になりきれないところかもしれない。


「エド、一つ質問があるんだけどいい?」

「どうぞ」

「貴族の愛人のお手当てって、金貨十二枚が妥当?」

「愛人?!いや、そんなの囲ったことないからわからない」


(そりゃそうだ)


「貴族の愛人は、別宅に囲う形になり、使用人をつけて衣食住は保証されますので、お手当てという形での金銭のやり取りは不粋とされますね。お金のやりとりがあると、愛人というよりも娼婦扱いになるのかと」

「セバスチャン!」


 エドガーもエマも帰宅をしたというのに、いっこうに玄関から動かない為、様子を見に来たセバスチャンが口を挟んだ。


「失礼いたしました」

「ううん、ありがとう、セバスチャン。ララは、エドが好きでエドの愛人を志望したの?それともお金?」

「お金よ!」


 全く迷うことなく言い切る潔さに、エマは吹き出してしまう。エドガーは微妙な表情だ。


「セバスチャン、侍女の月給っていくらくらいかな?」

「見習いでしたら金貨十枚くらいでしょうか。住み込みで食事つきでも同じ値段です。その代わりに夜勤が入りますが」

「なるほど。侍女を雇うには、誰の許可が必要?セバスチャン?」

「いえ、面接などを行うのは私ですが、決定するのは伯爵様かエマ様になります」

「私?じゃあ、セバスチャンの面接に通ったら、私が最終決定していいのね?」

「さようでございます」


 エマはララの前に立った。


「金貨十枚、住み込みで三食食事付き。ララ、うちの侍女の面接受けてみない?」

「は?私が貴族の侍女?私、孤児だけど」

「うん、知ってる。セバスチャン、あともう一人、侍女にしたい娘がいるんだけど」

「はい。どなた様でしょう?」

「猫獣人のイリアちゃん。騎士団にいる獣人兵士の妹ちゃんなの」

「獣人……ですか」

「獣人は侍女になれないとかあるの?」


 セバスチャンはエドガーに視線を投げ、エドガーは小さく頷いた。


「前列はありませんが、問題ないようです」

「それじゃ、明日、二人まとめて面接よろしく。ちなみに、二人共私付きの侍女志望で。じゃ、そういうことで」


 ララがやるともやらないとも言う前に、エマはエドガーの腕をとって部屋へ戻ってしまう。


「孤児に獣人が辺境伯夫人付きの侍女?」


 呆れた口調のララに、セバスチャンは腕を差し出す。


「まだ足が痛いのですよね。お部屋までお送りしましょう」

「もう治りました。あなたの女主人、いったい何を考えているの?」

「さあ?一介の使用人にはさっぱり。しかし、貴族としては型破りな方ですが、辺境の女主人としては理想的な方だと思いますよ。では、明日面接を行いますから、侍女になるつもりがあるのなら、朝食後に執事室までおいでください」


 セバスチャンの手を借りることなく、ララは自分の部屋へ戻って行った。

 そんなララの後ろ姿を見守り、自力で階段を上がれるのを確認すると、セバスチャンも自分の仕事へ戻った。




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