第8話 邪魔者
(これからエドと……)
エマは数時間後に起こるだろうアレコレを想像し、お風呂の中でバタバタと暴れた。お湯がバシャバシャと溢れ、タイルを濡らす。
「エマ様、お湯を出しましょうか?」
魔力がないエマには、シャワーからお湯を出すことができない。だから、身体を流す時には、侍女にシャワーについている魔石に魔力を流してもらう必要がある。いつもはアンに頼んでいたが、今日はアンがいないから初めて見る侍女がお湯を出してくれた。
「エマ様……、伯爵様との閨は……その……とても激しいようで」
「え?!そうなの?」
侍女は、エマの身体にある鍛錬でついた痣を、情事の痕と勘違いしたようで、ポッと頬を染めてエマの身体についた痣から目をそらした。
しかし、そんな勘違いに気が付かないエマは、侍女の言葉をそのまま受け取ってしまった。
何せ、エドガーのエドガー君は、その体格にみあう……いやそれ以上に立派だった気がする。
キララ時代の元彼のより、二回り……いや三回り大きかったと思う。
(あれを挿れるのは無理ゲーじゃない?)
キララは正直、行為はあまり好きではなかった。キララが好きになる相手が、女子慣れしてない運動バカばかりということもあったのかもしれないが、キスしたり抱き合ったりするのは良いが、いざ本番となると、三回に一回は了承するものの、できればチャッチャと終わらせて欲しいというのが本心だった。
気持ち良くないし、最初が毎回痛かった。
エドガーほど大きくない元彼のでそうだったのだから、エドガーのエドガー君で激しくされた日には……。
記憶にあるキララの体格と、今のエマでは対して違いはなさそうで、キララに無理ゲーだとしたら、多分処女であろうエマには、100%無理だ。
でも、他の女が知っている(注:玄人一人)だろうエドガーを自分が知らないのは嫌だ。
「では、流したらそのままに」
「ありがとね」
侍女は、シャワーからお湯を出して浴室から出て行った。
エマは、頭に巻いていたタオルを解くと、シャワーの下で全身の泡を洗い流す。
(まぁ、なるようにしかならないか。人間、赤ん坊を産むくらいだから、さすがにそれよりは……大丈夫だよね?)
エマがお風呂から出ると、そこには夜着が用意されており、その下には夜用のカツラまであった。侍女はいなかったから、アンが細かく指示を出しておいてくれたのだろう。
(これって……どう見てもやる気満々だよね?)
前に着たナイトドレスよりも、更に一層透け感が増しているような……。もちろん、大事な場所は見えにくいように工夫はされているようだが、見えにくいだけで……見えちゃってないか?
しかも、エドガーが好きな(注:くどいようだがエマの思い込み)ブリブリ系ではなく、一見清楚(丈は膝丈だったり、シースルーの長袖だったり)で落ち着いた色合い(紺色)だが、フリルで重なったりしてないから、スッケスケなのである。確実にパンツは丸見えだ。しかも、用意されているのは紐Tで……。
他に着る物がないからそれを着た。
まぁ、エマは顔だけなら可愛らしいし、似合わないこともない。若干ロリっぽく見えなくもないが、体型は今更変えようがないから諦める。
薄手のガウンを羽織り、自室からエドガーの寝室に繋がるドアを開けた。
「エド……」
ベッドの目の前で腕組みするエドガーと、これから二人で初夜を迎える筈のベッドに横たわる……横たわるって何よ?!
布団が人の形に盛り上がり、シーツに広がるピンクブロンドの髪の毛。
エマは、「夫婦の寝室に女を連れ込むなんて……」と傷つく繊細な貴族夫人ではなかった。
ツカツカと部屋に入ると、おもいっきり布団を引っ剥がす。
そこには、足に包帯を巻いたララがスヤスヤと眠っていた。しかも、全裸で。
「……」
エドガーを見ると、布団の中に全裸のララがいるのを知っていたのか、慌てることもなく壁を見つめて、見てないアピールをしていた。
(あれは一回見たわね)
成長途中の十代中頃であのタワワな胸、キュッと引き締まったウエスト、なだらかなヒップラインはまだ小ぶりだが形良く上向きだ。
あれを見た後じゃ、これには反応する訳ない。
エマは薄っぺらいガウンの中の自分の身体を思い浮かべながら、ララに布団をかけ直した。
「見たよね」
「今は見てない」
(今は……ね)
エドガーの下半身に視線を向けるが、全くの無反応な様子にひとまず安心する。
「シャワーを浴びて部屋に戻ったら、布団が盛り上がっててだな、一応確認を……。近寄ったらこの娘が布団に入ってたんだ。背中……背中を見ただけで……」
「ふーん」
シドロモドロ説明をするエドガーであるが、強面で威厳ある騎士団団長の顔も、領民に好かれ頼られる辺境伯の顔もどこかへいき、必死で妻に自分の身の潔白を訴える様子は可愛くすら見える。
エマがララの様子をジッと見て、エドガーの言葉を流したものだから、さらに慌てたようにエマに触れようとし、エマの薄いガウンとその中に着ているナイトドレスが少し見え、エドガーは固まってしまう。
美少女の素っ裸を見ても反応しなかったエドガーの男性の部分が、妻のガウン姿に反応しそうになったからだ。今反応したら、確実に誤解されると、エドガーは必死に耐える。
そんなエドガーの苦労を知らないエマは、ララの衣服がその辺に落ちていないかキョロキョロ見回す。
エドガーを誘惑しようと、裸で布団に隠れていたら、つい寝落ちしてしまったというところだろうか。こうして寝たら起きないところとかはまさに子供っぽいのに、ハニートラップをしかけるとか、たちの悪い美少女である。
というか、今の今までララが屋敷にいることをすっぽり忘れていた。
「この子、どうしよう。……とりあえず、今日はこのベッドは使えないね」
さすがのエマも、美少女ララが素っ裸で寝ていたベッドで、初夜を敢行しようとは思えない。
実は、残念だと思う以上に若干ホッとしている自分もいて、その微妙な心境が表情にも表れたのか、エマの態度に過敏に反応したエドガーは、エマの腕を勢いに任せて掴んでしまった。
「イタッ!」
「悪い……、いや、今どこに行こうとした?」
「ここじゃ寝れないから、部屋に戻ろうかなって」
「俺も行く」
「……でも、私のベッドにエドと二人は狭くない?」
「何か?俺に、こいつの横で休めと言うのか?」
「いや、そりゃ駄目でしょ。でも、さすがに侍女を呼び出す時間でもないだろうし、私のベッドにエドがこの子運ぶ?素っ裸の女の子抱っこできる?」
それにしても、内扉のある続き部屋にハニートラップを仕掛けてきた女子が寝ているという状況で、安眠できるとは思えない。
「運べるか運べないかで聞かれたら運べるが、エマの部屋は俺の妻の部屋だ。そこにエマ以外の女を寝かせるつもりはない。それに、エマ以外の裸の女に触れるつもりもない」
キッパリと言い切るエドガーはかっこいいが、妻の部屋は駄目だけど、自分の部屋なら良いのだろうか?
「とりあえず、セバスチャンを呼ぶように侍従に伝えたから、もうすぐ来る筈だ」
エドガーの言葉を聞いていたかのように、執事服を着たセバスチャンが部屋をノックして現れた。
「伯爵様、お呼びでしょうか?」
セバスチャンは、エマの姿に視線を向けないように配慮し、またエドガーもその広い背中でエマの姿を隠した。
「この娘がどういう訳か俺のベッドにいたのだが」
エドガーがララの顔だけを出すように布団を捲った。
「なんと不届きな……。今すぐにこの娘を排除いたします」
排除とか、不穏過ぎる言葉に、エマはエドガーの後ろから顔だけ出した。
「実はこの子スッポンポンなの。もし起きている侍女がいたら、服を着せてから元の部屋に連れて行ってあげて欲しいんだけど」
「スッポンポン……。しばらくお待ちいただけますか。侍女を手配し、この者は別館へ移します」
セバスチャンは一瞬眉を顰めたが、すぐに無表情に戻った。
「別館?」
「はい。伯爵様のせいで怪我をしたと聞いたので、客間に滞在予定でしたが、侍女達の住む別館の方が彼女の世話をしやすいでしょうし、こちらの棟に出入りするには、必ず誰かの目に止まりますからね」
「そのように頼む」
「ベッドメイクの侍女も寄越しますから、しばらくお待ちいただけますか」
エドガーはそれに対してはノーと首を横に振る。
「いや、このベッドは廃棄だ」
「廃棄?!もったいなくない?」
「他の女が寝たベッドに、エマを寝かせる訳にはいかない」
別に、シーツと布団を洗濯して貰えれば、全然かまわないんだけどと思いながら、この部屋でこのベッドでエドガーが婚約者達と寝たことはないんだとホッとする。
「承知いたしました」
セバスチャンが下がり、すぐに侍女が部屋にやってきたので、一先ずエマ達はエマの自室に引っ込んだ。
「とんだ夜になってしまったな」
「だね」
とりあえずソファーに並んで座り、その近い距離にエマはドキドキする。思わず、拳一つ分間を開けて座ってしまい、ガウンの前を整えてみたり、髪を手櫛ですいてみたり、今更ながらにエドガーを意識してモジモジしてしまう。
さっき自分からエドガーの上に座り、色々やらかしてしまったのと同一人物とは思えないくらい純情そうなその様子に、エドガーにも緊張が移ったようにギクシャクとした態度になる。
「酒でも……いや、エマは駄目だ」
しばらくお互いにモジモジしていたが、セバスチャンがララを部屋から運び出したことを告げにくると、後は寝るだけになってしまった。
「とりあえず……寝るか」
「うん、でも……」
二人の視線がエマのベッドへ向かう。可愛らしいベッドは、シングルよりは大きいが、セミダブルくらいだろうか。エドガーの特注のベッドの半分もなく、いかにも女性向けのサイズで、華奢な作りになっている。多分、エドガーがこの上で激しくナニしたら、壊れること間違いなしだ。
「……一緒に寝るだけだ」
エドガーがベッドに乗り上げ横になると、その重さでベッドがミシリと鳴る。エマは恐る恐るその横に横たわる。狭いから、ピッタリくっつかないと落ちてしまいそうだ。
エマ的には極上の筋肉に包まれて眠れるなんて、まさに夢のようだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
エマにとっては至福の時間、エドガーにとっては忍耐力が試される時間がこれから数ヶ月も続くなんて、エマもエドガー予想もしていなかった。
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