第7話 秋の収穫祭6

 川辺りの等間隔にあるベンチでは、カップル達が辺りも気にせず絡んでいる。明らかにヤッてるよね……というカップルもチラホラいる中、座っている大柄な男の上に跨がってキスをしていた女が、ピシッと固まってしまっていた。


「デカッ!」


 座っていたエマを押し上げる、エドガーの☓☓のあまりの固さと大きさに、エマは思わずキスも止めて叫んでしまった。


「今更……。前には生も見たし、その……色々アレ……しただろ」

「エッ?!」

「エッ?」


 エドガーの発言に驚いたエマに、さらに驚いたエドガーは、ある可能性に思い当たり、情けないことに泣きそうな表情になる。


「もしかして……一緒にワインを飲んだあの夜のこと、覚えてないとか言わないよな」

「あー……、一部、ちょこっと覚えてない?ごめん」


 エドガーは両手で顔を覆ってしまう。そのあまりにショックを受けている様子に、慌てたエマはさらに追い打ちをかける。


「だいたい覚えてるって、ホットワインなら酔わないのにって話をしたよね」

「それ……飲む前だな」


 エドガーは顔を覆ったまま項垂れてしまう。


「そう……だっけ?」


 ワインを一口……二口くらい飲んだ記憶はあるのだが……。


「ベッドでした……アレは?まさか覚えているよな?」

「えっと……どこまでしたかな。というか、ベッドへ行った記憶もなかったりして」


 エドガーは顔を上げ、その顔が驚愕に歪んでいた。


「俺の本当の妻になると言ったのは?!」

「アハハ……」

「……」


 誤魔化すように笑ってみたが、エドガーの表情は固まったままだった。


「……ごめんなさい。覚えてなくてごめんなさい。でもね、酔っ払って覚えてないだけで、エドのことが好きなのは変わらないよ。エドを初めて見た時から、その逞しい筋肉に一目惚れして、顔だって男らしくて大好きだし、王命の押しかけ嫁の私にも優しいのも、騎士団団長として凛々しいのも……エドの全部を全力で推せるくらい好きなの。エドの本当のお嫁さんになりたいよ!白い結婚も、五年後の離婚も嫌に決まってるじゃん。私はずっとエドの側にいたい。私の居場所はここ!エドの腕の中がいい」


 まさか、酒癖が悪いと離婚させられるんじゃないかと、エマはしっかとエドガーに縋り付く。それこそ離れないとばかりに、両手両足でエドガーにしがみつく。


「……なるほど。筋肉か。そういえば、あの時もエマは俺の筋肉が推せるだなんだ言っていたな」

「うんうん。酔ってる時は欲求に従順になるんだよ」

「俺以外の筋肉も触りたいと思うか?」

「思いません!エド一択です!」

「他の男の裸に興味はないか?」

「全くありません!」

「下半身にも?」

「下……、ある訳ないじゃん!」


 いきなり人を痴女扱いしてと、ギョッとしてエドガーを見ると、エドガーはちょっと意地悪そうにではあるが笑っていた。


「あの……私達、まだしてないよね?」


 覚えていないうちにエドガーとの初体験をすませているとしたら、なんてもったいない!と地団駄を踏みたくなる。


「そうだな……。エマはまだ乙女のままで間違いないな。ただ……」

「ただ?」

「胸元だけじゃなく、ここにも黒子があるのを知ってはいるがな」


 エドガーがスルリとエマの内腿に手を伸ばし、エマでさえ知らない黒子がある場所を正確に撫でた。


「見たの?!」

「見たし……まぁ色々。でも俺の全裸も見てるから(見てるどころか、色々されたが)」

「エドの全裸?!嘘!覚えてない!やだ、もったいない。どうすれば思い出す?いや、もう覚えてないのはしょうがない。しょうがないから、見せて。見て記憶の上書きする」

「おい、こら、ボタンを外すな」


 痴女?上等である。


「だって、私だけズルイ!酔っ払った私だけ見てるとか、ズルイじゃん。素面な私も見ないと平等じゃない」


 言っていることは滅茶苦茶だが、エマのエドガーに対する熱量が半端ないことだけはわかる。


「ここだと、他の奴にも見られるけどいいか?」

「え?やだ!エドの筋肉を堪能していいのは私だけだよ」


 エマは威嚇するように辺りを見回す。エマが騒ぎ過ぎたせいか、イチャイチャしていた筈のカップル達が、明らかにエマ達に注目していた。エドガーが辺境伯だとバレているせいもあるのだが。


「なるほど、酔っ払ったエマも素面のエマも、言う事は変わらないみたいだな」

「そりゃ、どっちも私だもん。当たり前だよ」


 エドガーにしがみついたままのエマを抱えてエドガーは立ち上がった。


「ウワッ!」

「屋敷に戻ろう。俺の筋肉を堪能するんだろう」

「うん!」


 祭りの三日間辺境伯邸の大門は開けられている。非番の騎士や兵士達、辺境伯邸で働く者達が祭りに参加する為で、大門には見張りの騎士が五人、獣人兵士が三人配置されていた。


「あ、ボ……」

「あぼ?」


 獣人兵士の中にボアがおり、声をかけそうになりエマは慌てて口を塞いだ。


「ううん、なんでもない。獣人兵士が見張りに立つのは珍しいね」

「彼らは見張りというか、大門の開閉の為にいるんだ。騎士だと、十人はいないとこの門は動かせないが、パワー系の獣人なら、三人いれば開閉できるからな」

「私、この門が開いてるの、初めて見たよ」

「ああ。この門は、秋と春の祭りの間しか開けないからな。それ以外で開けるとしたら、スタンピードなどが起こって、街の人間を保護する時くらいだな」


 確かに、高さも高く頑丈な大門は、飛翔する魔獣じゃなければ超えられないだろうし、それ以外の門は人一人通れるくらいの小さな門しかなく、大きな魔獣は通れない。後は高い塀で囲われているのだから、大門が閉まっていれば、中にいる人間達はスタンピードが起こってもやり過ごすことができるだろう。

 ただ、辺境を越えて魔獣達の暴走が向かう先は王都になるので、辺境騎士団は避難するのではなく、スタンピードを止めるもしくは収束させる為に、討って出ないといけないのだが。


「じゃあ、祭り以外は開かない方がいいね」

「そうだな。今までのどんな大スタンピードでも、辺境伯邸が飲み込まれたことはないから、エマは安心してここにいればいい」


 エマは、ボアから顔を隠すようにエドガーの肩に顔を埋めると、エドガーに抱き上げられたまま大門をくぐった。


 辺境伯邸に戻ると、深夜だというのに、屋敷には明かりが灯っていた。


「伯爵様、エマ様、お帰りなさいませ」


 エマはエドガーに抱き上げられたままだというのに、セバスチャンの態度はいつもと変わらずに丁寧で、エドガーの落ち着いた様子から、エマに重大な怪我があるから抱き上げているのではないと判断したらしかった。


「エマに入浴の準備を」

「はい。ご用意できております。今日はアンがお休みをいただいておりますので、代わりの侍女がつきますことだけご了承を」

「あ、もしかして婚約者とお祭りに?」


 エドガーに抱っこ(お姫様抱っこではなく縦抱き)をされているから、セバスチャンを上から見下ろすことになる。もうすぐ五十代になると聞いたけど、髪の毛はフサフサだな……などと失礼な感想を抱きながら、エマが口を挟んだ。


「ご存知でしたか?」

「うん、まぁ、相手が誰かは知らないけど」

「アンの相手はルイスだ」

「ルイス?」

「副団長のルイス・ハワード。あいつはアンにベタ惚れで、意味のわからない契約書にサインしてまでもアンの婚約者になったんだ。かれこれ五年前か?」


 エドガーの問いにセバスチャンは頷く。


「さようですね。夫婦で伯爵様夫妻のお役に立てるようで、ようございました」

「夫婦?」

「先程、結婚誓約書にサインいたしましたから、夫婦ですね」

「ええ?!いつの間に?」


 お祭りに行くまでは、アンは結婚のけの字も出していなかったというのに。子供作って乳母になる宣言はしていたけれど。


「おめでとう……でいいんだよな」

「はい。ありがとうございます。急な結婚でしたから、しばらくは騎士団の寮のルイスの部屋に住むようで、今日はその引っ越し準備をするようです」


 夫はいらない、子供だけ作ると言っていたアンが、きちんと新婚生活を営むことにしたのは良かったが、アンのフットワークの軽さには驚かされる。この調子なら、すぐに子供も作ってしまいそうだ。


 エドガーはエマを部屋に連れて行くと、「寝室で待つから、ゆっくり風呂に入れよ」と、エマの頬にキスをした。自分は自室の部屋にある風呂でシャワーを浴び、先に寝室へと向かった。



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