第6話 秋の収穫祭5

 夜も更けてきて、街の中央広場では賑やかな音楽が流れ、楽しそうにダンスをする若者達の輪や、二人で踊るカップル達などで溢れていた。


 踊りは決まった形があるようだが、簡単な繰り返しですぐに覚えられそうだ。


「楽しそう」

「踊るか?」

「踊りたい!」


 他のカップルがやっているように、エドガーと向かい合って手を繋いで踴る。

 微妙にエドガーの動きがぎこちないのがおかしい。


「エド、それだと足を踏んじゃいそうだよ」

「エマはずいぶんうまいな」

「見様見真似だけどね」


 大柄なエドガーが、身体を屈めてエマと踊っているのは微笑ましく映り、領民達に囃し立てられるようにして、いつしか広場の真ん中で踊っていた。


「エドは今までの婚約者とかとはお祭りにあまり来なかったの?」

「婚約者……」

「いっぱいいたんでしょ?」

「いっぱい……かどうかはわからないが……いたことはある。けれど、祭りに来たことはない」


 今まで楽しそうだったエドガーの表情が曇り、口調が重くなる。


「仲良くなかったの?」


 こんなに素敵で優しい(注:エマ視点)エドガーに非があるとは思えなかったから、相手がやたらと性格が悪いとか、金遣いが荒いとか、問題がある令嬢が多かったのかもしれない。(ある意味正解。しかし、婚約破棄は令嬢の方からなされている。エドガーが怖いとか、辺境の生活が嫌だとか、……etc)


「仲良かったら、婚約破棄にはならないんじゃないか」

「まぁ、それもそうだね。私はラッキーだったね。その人達が婚約破棄してくれてなかったら、エドのお嫁さんにはなれなかったもん」

「それを言うなら、俺は第三王子に感謝だな。よくエマを手放して、俺の元に寄越してくれた」

「聖女じゃなくなった私でも大丈夫だった?」

「エマはエマであればそれでいい。聖女だったら国は手放さなかっただろうから、聖女じゃなくなって逆に良かった。しかし、エマは本当にここに来て、俺なんかの嫁になって良かったのか?」


 エドガーはエマの手を持ってクルリと半回転させ、踊りながら訪ねてくる。後ろから抱きしめられる形になり、再度逆回転して向かい合う。


 エドガーの視線が不安に揺れていた。


「ラッキーだったって言ったでしょ」

「しかし、エマは第三王子と恋仲だったのだろう?その仲睦まじい様子は、辺境にも聞こえてきたほどだ」


 仲睦まじい?!

 あの冷酷そうな俺様イケメンと?


「……いや、それはないんじゃないかなぁ」

「しかし、第三王子は稀に見る美男子で、人格者という噂じゃないか」

「美男子って……客観的に見たらそうなのかもしれないけど、私はタイプじゃないかな。ヒョロッとしてナヨっちいし、それに俺様の上から目線で、人格者とは程遠いんじゃないかな。まぁ、そんなに知らないけどさ」

「知らない?二年間婚約者だったんじゃないのか?」


 エマは「あ〜……」と視線を彷徨わせる。そして、踊りながらカミングアウトするのもな……と、休憩することを提案し、広場から離れて静かな川辺りへエドガーを誘った。


 川辺りには等間隔でベンチが置いてあり、カップル達が二人の世界を醸し出していた。少し歩いて空いているベンチを見つけると、二人並んで腰掛けた。


「実はさ、私……記憶ないんだよね」

「は?」

「生まれてから結婚式の途中までの記憶がスッポリ抜け落ちてんの。聖女だった記憶もないし、もちろん婚約者だった第三王子の記憶もないんだよ。気がついたら結婚式で、いきなり目の前に第三王子の顔が目の前にあってさ、びっくりして思わず掌底を」


 その時の再現をしてみせるように、エマは手を下から上に振り上げて見せる。


「したら、王子様って人が尻もちついちゃってさ。式をしていた偉そうな人が、私を見てオーラがなんちゃら騒ぎ出したんだよね。よくわかんないうちに聖女じゃなくなったから婚約破棄だって指差されて……で、今に至るって訳。だから、王子様と仲睦まじかったって言われても記憶ないし、もしかしたら王子様が猫被ってて、仲睦まじいように見せてたのかもしれないけど、あんな性格悪そうな人、私は嫌だけどな」


 さすがに、今の自分がキララという異世界人の記憶を持つ別人かもしれないということは言えなかった。

 もしかしたら、キララの記憶を思い出したから聖女エマの記憶をなくしただけの転生(キララとして死んだ記憶はないけどさ)かもしれないし。


「記憶喪失?いや、なんで今まで黙っていたんだ」


 エドガーは頭に手を当てて、コメカミをグリグリやっている。


「別に、何も困らないから?全然知らない新しい環境で、知っている人がいない訳じゃん。今までの記憶、いらなくない?」


 辺境にくるまでは、キララとしての記憶もなかったけれど、特に困ることはなかった。


「……」

「もしかして……駄目だった?聖女じゃなくなっても、聖女として知っていたことが辺境の役に立ったりする?役に立たない私はいらない?」


 第三王子に婚約破棄されたように、無能の役立たずはいらないと言われてしまうのだろうか?エマは恐る恐るエドガーを見上げた。その瞳には怒りが灯っており、エマは言いようのない不安に駆られる。


「そんな訳ないだろ!役立たず?!エマは役立たずなんかじゃない」


 エドガーがギューギューに抱き締めてきて、エマはホッとしてその背中に手を回した。その厚みのある体躯に、手は回りきらなかったが。


「すまない。不安にさせたか?記憶喪失になったエマを、婚約破棄しただけでなく、厄介払いするように辺境に送ってきた王家に怒りが湧いて抑えられなかった。しかも、自分にも腹が立ってな。そんな状況のエマを気遣うこともなく、王家の命令だからと結婚するとか、どれだけエマを不安にさせたかと思うと……」

「やだなぁ。私的には王家に大感謝だよ。エドとの仲を取り持ってくれたからね。それに、私が話さなかったんだもん。エドが知らなくて当たり前だし、知らないことを気遣える訳ないじゃん」

「記憶をなくした理由とかは……」

「わかんない。でも、多分だけど第三王子との結婚がそれくらい嫌だったんじゃないかな。王子の私への態度を思い返してみても、相思相愛だったとは思えないんだよね。私だったら、あの王子のお嫁さんには絶対になりたくない。確実に逃げると思う。記憶ないからわからないけど、結婚したくないから聖女の力をなくしたんじゃないかな」


 エマはわからないなりに、核心をついていた。聖女エマは聖女の力を使い果たして、異世界へ逃げ出したのだから。


「その副作用で記憶もなくした?」

「かもね。ほら、王子は聖女が欲しかっただけで、聖女じゃなくなった私のことはすぐ切り捨てたじゃん。それを狙ったのかなって……」


(ただ、記憶をなくしてるだけならいいんだけど。私とエマが別人……って可能性もあるんだよね)


 考えたくなかった可能性が頭をよぎり、エマはエドガーにギュッとしがみつく。


 キララとして死んだ記憶はないけれど、エマの前世がキララで、聖女の力を失ったことでエマの記憶をなくしてキララの記憶を思い出したのならば、この身体は真実自分の物で、エドガーの妻はキララであるエマで間違いない。

 しかし、エマとキララが別人で、魂だけ入れ替わった異世界転移であるならば、この身体は借り物であり、エドガーの妻はエマでありキララではないのだ。


「エマ、どうした?記憶がないことが不安か?」


 あなたの妻が本当に自分なのかわからないから不安なのだ……とも言えず、エマがモソモソと顔を上げると、エドガーは手の力を緩めてエマの顔を覗き込んだ。


(この人が大好きだ!)


 エマがそっと目を閉じると、エドガーの顔が近づいてきて、フニッと柔らかい感触を唇に感じた。


(この感触を感じているのは私。エドの身体に触れているのも私。私なんだから)


 エマがエドガーを抱き締める手に力を入れると、ただ触れていただけの唇がより深く重なる。エマがエドガーの唇をノックするように舌を差し出すと、その舌を押し戻すようにエドガーの分厚い舌がエマの口腔内に入ってきた。最初から激しく舌を絡ませられ、エマもエドガーについていこうと必死で舌を動かすが、あまりに巧みなエドガーの舌使いに、エマは身体の力が抜けて、クタリとエドガーにもたれかかった。


 どれくらいキスをしていたかわからない。

 最後は何度も唇を食むようにされ、エドガーと至近距離で目が合った。エマはその視線に絡めとられ、目を離すことができなくなる。いつもの厳しい目つきとは違う、男の欲を孕んだその視線に、エマの女の部分がズクリと疼いた。


「これ以上はまずいな。止められなくなりそうだ」


 こんな色気ダダ漏れのエドガーを知っている女が他にもいるのかと思うと(注:いません)、エマの胸の奥がギュッと切なくなる。

 あんなにキスが上手い(注:酔っ払ったエマとしたキスが初めてで、エマのキスの仕方を習得しただけ)とか、今までの婚約者達と色々していたんだと考えただけでモヤモヤがたまっていく。(注:娼婦による閨の実地指導の時でさえされなかったアレやコレやを、エドガーにしたのはエマである)


(他の女が知っているエドガーを私だけ知らないとか、絶対に無理!)


 エマは、お腹の奥に力を入れて気合を入れると、エドガーの上に跨がるように座った。


「エマ?!」


 体勢だけは騎乗位のようになる。


「止めなくていい。もっとエドを感じたい」


 エマは身体全体を押し付けるようにしてエドガーの唇に噛み付いた。


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