第5話 秋の収穫祭4

「グハ……ッ」


 男は見えない力に叩きのめされ、壁に激突して口から泡を吹いて地面にドサリと落ちた。手を掴まれていたララも一緒に引っ張られて転ぶ。


「ララ!」


 キイがララに駆け寄ると、ララは足を挫いてしまったようで立ち上がれないでいる。


「エマ!」


 いきなり後ろから抱き上げられ、弾力のある胸筋に包まれた。

(そうそう、これが私の求める至高の筋肉……じゃなくて)


「エド」

「エマ、これはあの男にやられたのか」


 エドガーがエマの頬に手を当てる。エドガーが何か呟いたと思ったら、冷気がフワリとエマの頬を包み、叩かれて熱を持った頬を冷やした。


「あ、魔法か」


 いきなり男が吹っ飛んだのも、エドガーの魔法だと理解したエマは、男を殺しかねない表情で睨みつけているエドと、泡を吹いて気絶している男を交互に見た。


 多分赤く腫れているだろう自分の頬と、全身打撲(下手したら肋骨が何本か折れているかもしれない)で気絶している男を比べたら、明らかに男の方が被害甚大っぽく見える。いや、確実に入院案件だろう。


「たまたま当たっちゃったというか、キイちゃんを庇って私から当たりに行っちゃったというか。故意ではないんじゃないかな……多分」


 男を庇いたかった訳ではないが、辺境伯が領民を殺してしまってはまずいのではないかと思ったのだ。


「マルコ、巡回中の騎士を呼んできて、この男を牢屋にぶちこんどくように言え」

「わかった」


 エドガーの後ろからマルコがヒョッコリ顔を出し、すぐさま走って消えた。

 エドガーはエマを一時下ろすと、その辺に落ちていた縄で男を縛ってから戻ってきた。


「エド、さっきのエドの魔法に巻き込まれて、あの女の子が怪我しちゃったみたい」


 エドガーは少女の足元にしゃがむと、少女の足を確認した。


「捻挫だな。骨折はしていないようだ。大丈夫か?悪かったな」

「立てない」


 ララは、エドガーに向かって両手を開いて差し出した。抱っこを要求しているその姿に、エドガーは少女を抱き上げた。


「これじゃ、お金を稼げないよ。お金が稼げなかったら、冬を越せないじゃないか。あんたの魔法のせいなんだから、ちゃんと責任とってよね」

「ああ、とりあえず治るまではうちの屋敷で面倒みよう」

「屋敷?……って、あんた伯爵様じゃん。へぇ、思ってたよりもいい男だね」


 ララは、エドガーのマスクに手を伸ばすと、無遠慮にマスクを外してしまう。


「こら」

「エヘヘ、顔見てみたかったんだもん。私、伯爵様になら囲われてもいいな」

「子供が何を言ってる」

「ウフフ、子供か大人か確かめてみる?伯爵様なら、特別に金貨十枚でいいよ」


 まだ子供に片足を突っ込んでいるような少女が、妖艶な笑みを浮かべてエドガーの首に手を回した。


「子供に手を出す趣味はないんだ」


 ララは、ちらりとエマに視線を向け、クスリと笑う。


「ペアのマスクつけてるんなら、そこのおばさんが伯爵様の今冬のパートナーなんだ。ふーん、あのおばさんよりは、私のがスタイル良さそうだけど」

「おば……」


 まだ二十歳でおばさん呼ばわりされるとは思わず、エマは絶句してしまう。


「今冬だけのパートナーではなく、妻だ」


 エドガーはやってきた騎士の一人にララを渡すと、ララに外されたマスクをつけ直し、エマに向かって両手を広げた。エマがその中に飛び込むと、しっかりと抱き締めてくれる。ララはそれをムッとした表情で見つめたが、事情聴取の為に騎士に連れられて行ってしまった。


「目を離してすまなかった。何があったか話してくれるか?」


 エマの事情聴取は、今ここでエドガーが行うらしく、エマは最初からあったことを素直に話した。エマが話し終わると、エドガーは深い溜め息を吐いた。


「あの子らはストリートチルドレンだ。孤児院は神殿の管轄でな。うちの領地のこととはいえ、口出しできない決まりになっている」

「勝手に孤児院を作ってはいけないの?」

「ああ。孤児は領地でなく国が神殿に委託して面倒を見るという決まりがあるんだ。だから孤児院も勝手に作れないし、表立って支援もできない」

「そっか、表立って支援できないから、マルコみたいな子供が必要なんだね」


 エドガーが孤児達の状況を知り、放置していることに違和感を感じていたエマだったが、実際にはマルコのような年長の子供達にストリートチルドレンをまとめさせていたんだろうと思い当たってスッキリした。


「エマは頭が良いな。地域で保護できれば良かったんだが、それができないから、子供達がストリートチルドレンとして生きていけるような組織を作ったんだ。子供でもできる仕事を見つけて、彼らに任せたりしてな。犯罪に巻き込まれないように、騎士団にも注意して見るように言っておいたんだが……。まさか、身体を売っている子供がいるとは」

「それはどうだろう?」


 ララは金貨一枚は身売りをする代金ではなく、祭りを一緒に回って食事をする代金だと言っていた。エドガーには大人ぶって金貨十枚ならいいよとか言っていたが、どう考えても吹っかけ過ぎだ。身売りの相場を知っている人間の言葉とは思えない。


「ララは身体なんか売ってないよ。いつも売っているのはお花だよ」


 エドガーとエマはハッとして斜め下を見る。エドガーの横にはキイが立って二人の会話を聞いていたのだ。


「……お花か。そうだな、花だよな。キイ、もう子供は寝る時間だろ。今日はどこで寝るんだ?」

「うーん、お祭りの時はいろんなところで大人がイチャイチャするから、マルコが三日間ハナさんちの納屋を借りてくれたの」


 大人がイチャイチャ……、恋人を見つける為のお祭りだから、夜も更ければ成立したカップルがとりあえずお試しでやる、ところかまわずやりまくる。それに触発された他のカップルも……以下同文。深夜、子供の外出は厳禁だ。


「じゃあ、そこまで送って行こう」


 エドガーがキイを抱き上げ、エマの手を握って歩き出した。


 ハナさんちの納屋とやらにつくと、すでに子供達とマルコが納屋で寝る準備をしていた。十代前半はマルコだけらしく、キイくらいの小さい子供が多い。


「キイ、お帰り。ララは?」

「ララはしばらく伯爵様のお屋敷にお世話名になるらしいよ」

「あいつ、またやっかいなことになるんじゃないだろうな」


 また?

 どうやらマルコ達のグループの中で、ララはトラブルメーカーらしい。

 マルコと二人、年長組として子供達の面倒を見ている……という訳ではなさそうだ。


「でも、ララのおかげでうちらの安い稼ぎでも毎日ご飯にありつけてるんだから、そんなこと言ったら駄目だよ」


 比較的大きめな子供が、マルコを嗜める。


「はいはい。わかってるさ。巻き込まれる俺の身にもなってみろってんだ」


 そう言いながらも、まずララのことを尋ねたマルコは、ララのことを一番気にしているのかもしれない。


 子供達にお休みの挨拶をし、納屋を出たエドガーを追いかけてきたマルコは、近寄ってきて耳打ちした。エドガーが頷くと、満面の笑みになったマルコは納屋に戻って行った。


「どうしたの?」

「いや、あいつは騎士志望なんだよ。魔力は弱いが、剣筋は良くてな。たまに騎士団の練習を見学にきてたんだが、今週行ってもいいかって聞かれたからいいぞって答えたんだ」

「ほうほう」


 甘酸っぱい初恋の匂いを感じ、エマはニマニマと笑ってしまう。

 騎士団の練習にかこつけて、ララの様子を知りたいというのが本心のように思われたからだ。


「どうかしたか?」

「別に〜。ね、お祭りまだ回るでしょ?」

「大丈夫か?傷は傷まないか?」


 エドガーが心配そうにエマの頬を撫でる。


「これくらい大丈夫だよ。エドが魔法で冷やしてくれたから、もう全然なんともない」

「なら良かったが……」

「ほら、行こうよ」


 エマはエドガーの手を握り、祭りで賑わう街へ足を向けた。


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