第4話 秋の収穫祭3

 淡いピンクの小花柄の膝丈ワンピースを着て、小さなカゴバッグを手にしたエマは、ちょっとお洒落をした町娘のように見えた。その黒い蝶のマスクを身に着けていなければだが。

 ただ、周りも似たようなものというか、周りの人達の方がド派手なマスク(カラフルな羽がついていたり、金や銀の飾りがついていたり)をつけていたから、エマ達は地味といえば地味なのかもしれない。


「ほら、手を離すな」


 周りの様子が珍しく、出ている屋台に目移りしていたら、エドガーに腰を抱かれて引き戻された。


 エドガーが着ているのは、シンプルな白いシャツに黒いズボンだ。しかし、シンプルなその装いこそ、筋肉質で均整の取れた身体をより際立たせており、領民達の中で目立たないようにと配慮したのかもしれないが、マスクをつけてるにも関わらず、「伯爵様、伯爵様」と声をかけられていた。まぁ、頬の傷は隠せていないからわかりやすいのかもしれないが、エマはエドガーのその類稀なる素晴らしい筋肉ゆえだと思っていた。


 貴族達には近寄り難いその強面の容貌も、昔から慣れ親しんでいる領民達はそこまで威圧感を感じないようだ。それどころか、かなり親しげに振る舞い、エドガーもそれを受け入れているようだ。


「伯爵様、そちらは新しい婚約者様かい?珍しいね、祭りに参加なさるなんて」


 肉の串焼きを売っていた女性に声をかけられ、エドガーは銅貨を出して串焼きを二つ頼んだ。

 エドガーが親しげに腰に手を回している姿を見て、女性は興味津々エマの顔を覗き込む。


「婚約者ではなく妻だ」


 その少し照れたような、でも誇らしげなエドガーの声音に、領主が知らない間に妻を娶っていた驚きより、幸せな結婚ができた領主を祝福する気持ちの方が勝ったようで、みな笑顔で祝福してくれた。


「妻?!いやだよ、いつの間にか結婚したんだい。そんなの聞いてないじゃないか」

「お披露目は春の雪解け祭を考えているからな」

「なんだい、じゃあこれはお祝いだ。持っていっておくれ」 

「悪いな」


 頼んだ串焼き以外にも、ごっそりと大量な串を渡された。

 さっきからこんな調子で沢山の品物を渡され、その度に近くにいる人達にも振る舞っていたら、いつの間にか、エドガーにプラチナブロンドの若いお嫁さんがきたらしいという噂が広まっていった。


「お祝い、いっぱい貰ったね」


 エドガーが貰い物の屋台の食べ物を配るものだから、エドガーの後ろには子供が一人増え、二人増え、今では子供達の列ができてしまっている。その中でも少し大きめの男の子が場を仕切り、エドガーが貰った物をその子に渡すと、全員に行き渡るようにさばいていた。余れば周りの大人達にも配っている。


 顔に串焼きのタレをくっつけて肉を頬張っている子供達を見て、エマはクスクスと楽しそうに笑う。


「持ちきれなかったから、食べてもらえて良かったね」


 エマは、自分のお給料から持ってきた銀貨をカゴバッグから取り出し、仕切っていた男の子を手招きした。


「お名前聞いてもいい?」

「俺?俺はマルコ」


 エマに話しかけられて少し警戒気味のマルコは、手が届く一歩手前の距離を保って立ち止まり答えた。

 マルコもそうであるが、子供達のうちの数人は薄汚れていて少し臭う。


「マルコにお願いがあるの。喉が渇いちゃったから、あそこの屋台でジュースを買ってきて欲しいんだけど……全部で十個かな。持てる?」


 エマが銀貨を差し出すと、マルコは受け取っていいのか迷ったようにエドガーを見る。


「十個も?」

「ほら、私達があげたお肉で、小さい子達が喉詰まらせちゃうと大変だから。ね?」

「一人で十個は大変だ。俺も手伝おう」


 エドガーがエマの手から銀貨を受け取ると、エドガーからマルコに銀貨を手渡す。マルコも、エマのことは警戒している様子を見せたが、エドガーからは素直に銀貨を受け取った。


 二人がジュースを買いに行ったのを見送り、エマは子供達と道の端に寄って肉の串焼きを頬張った。


「美味しいね」

「とっても美味しい。こんなお肉の塊を食べたの初めて」


 六歳くらいだろうか?女の子が口の周りをタレだらけにしていたから、ハンカチで拭ってやる。


「ゆっくり噛んで食べてね。今、マルコ君が飲み物買いに行ったから」

「うん。お姉ちゃんは、伯爵様のお嫁さんって本当?」

「そうだよ。エマっていうの、よろしくね。まだ辺境には来たばかりだから、この辺りのことは知らないんだ。色々教えてくれると嬉しいな」

「教えるよ!この辺りはマルコのシマなんだよ。キイはマルコの手下だから、この街の裏道なら全部わかるんだよ」


 キイというのが少女の名前なんだろう。胸を張って言う少女は可愛らしいが、シマだの手下だの、言っている単語は不穏だ。


「マルコ君は……お兄ちゃん?」

「違うよ。うちらみたいに親がいなかったり、親がいても面倒見てもらえない子供とかが集まってグループ作ってるじゃん。そのグループのリーダー。偉いんだよ」


 まるでそんなグループは至る所にあって普通のことだというように話すキイだが、つまりは保護者のいない子供達が、寄り集まって生活しているということなんだろう。しかも、特定の孤児院とかで生活しているのではなく、仕切っているのもまだ子供であるマルコだと言う。


「食事とか、寝る場所はどうしてるの?」

「うちら、ちゃんと稼いでるもん。ゴミ拾いしたり、店の前掃除したり、荷物運びも。お駄賃もらえるから、それをマルコに渡すと、ご飯をくれるの。寝る場所は色々だよ。雨の日は納屋を借りる時もあるし、大体は外。でも冬だけは外じゃ寝れないから、しょうがないから神殿に行くの」

「孤児院は辺境にはないの?」


 全く記憶にないが、エマも孤児院にいた筈だ。確か、九歳で光魔法が使えるのがわかって、神殿に引き取られて治療士として働きだしたとか。自分のことだが、書類で見て知った。


「神殿がやってるのが孤児院。でもあそこにいたら死んじゃうよ。スープは薄いお湯だし、パンは三日で一つくらいなんだもん。そのくせ、朝から寝るまで働かされるの」


 劣悪な環境らしいというのはわかった。しかし、そんな子供達の環境を見て見ぬふりをするエドガーとも思えない。

 マルコのことは知っていたようだし、神殿と何か軋轢でもあるんだろうか?エドガーが孤児院に口出しできない何かが。


「あ、大変!またララがもめてる」


 キイは通りの向こうで少女が男に腕を掴まれているのを見て、肉を全て頬張ると、その少女の方へ走って行ってしまう。


「あ、待って!」


 エドガーの方を見ると、まだ屋台に並んでいるところだし、明らかに不穏な状況になりそうなのを放っておくこともできない。


(一応、騎士団員だしね)


 エマは一緒に肉の串焼きを食べていた子供に、エドガーへの伝言を頼むと、キイの後を追って走り出した。


 ララという少女が裏通りに引きずられて入っていき、それを追いかけるキイを追いかけてエマも裏通りへ入る。キイはまだ小さいのに、思っていた以上に足が速かった。角を数か所曲がると、ララという少女を羽交い締めにして家に連れ込もうとしている男の足にしがみつくキイを見つけた。


「うぜーぞ!とっとと離しやがれ!」

「うっさい!あんたこそララを離してよ」

「キイ……」


 ララという少女は見たこともないほどの美少女で、淡いピンクブロンドに水色の瞳をしていた。もしこの世界が流行りの転生物で、乙女ゲームの世界とかなら、まさに主人公、そんな見た目の正統派の美少女だった。体育会系でゲームに疎かったエマは、仮にこれが乙女ゲームの世界だとしてもわからないだろうし、この世界は乙女ゲームの世界でも転生物でもないので、彼女は主人公でもなんでもなく、ただの美少女であるだけなのだが。


「ィテテテッ!噛みやがったな、こいつ!」


 キイは男の太腿にガブリと噛み付いていた。男の手がキイを払い除ける為に振りかぶられ、エマはそんな男の手を捻り上げるような技術は持ち合わせていなかったので、とっさにキイの上に覆いかぶさった。

 男の平手がキイに抱きついたエマの横顔にヒットし、エマはキイごと吹っ飛ばされる。


「エマお姉ちゃん!」


 無駄に筋肉質な男の平手打ちはかなり強烈で、エマは一瞬目の前が真っ白になった。大人のエマでも脳震盪を起こすような馬鹿力で、こんな小さな子を殴ろうとしたなんてと思うと、エマの怒りは一気にマックスになる。


「あんたね!こんな小さな子を本気で殴ろうとするとか、頭おかしいんじゃないの!」

「なんだと、ゴラァッ!こっちは太腿噛み千切られそうになったんだぞ」

「あんたが美少女を誘拐しようとするからでしょが!」

「誰が!こいつには金払ってんだよ。なのに、飯だけ食ってトンズラしようとするから」

「金?」


 いわゆる売春というやつだろうか。キララの世界でいえば、援交とかパパ活みたいな。


(え?こんな美少女が?まだ十代中頃か前半くらいにしか見えないのに?)


「だからご飯食べて、一緒に祭りを回ってあげたじゃない。あなたは私を連れ回して、優越感にひたれたでしょ。たった金貨一枚で」

「は?金貨一枚も払ったんだぞ!飯代だって払っただろ」


 騎士の初任給が金貨五枚程度みたいだから……と、エマは金貨一枚の価値を概算する。だいたい五万円くらいだろうか?

 そう考えると、この男が不満を言うのもわかる気がする。もちろん、年若い少女をお金で買おうとする行為は許せるものではないし、無理やり家に連れ込もうとするのもアウトだが。


「あなた、金貨一枚でこの子に何させようとしたの?まさか、いかがわしいことじゃないよね。こんな子供相手に、いい大人が、変態なの?」

「へ……、変態じゃねぇぞ!なら、あんたが金貨一枚分相手してくれるってのかよ」


 男がエマの手を掴もうとした為、エマはその手をひらりとかわす。


「え?絶対に嫌」


 同じ筋肉でも、エドガーのは至高だがこの男のはクズだ。

 武器があれば少しはやりあえるかもしれないが、組み合えば絶対に負ける。一応、騎士団に所属しているわけで、護身術に毛が生えたくらいには戦えるものの、腕力では男には敵わない。

 子供達もいるし、さてどうしたものか……と考えていたら、凄まじい冷気がエマの横を通り過ぎ、男をふっ飛ばした。



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