第2話 秋の収穫祭

「エマ様、秋の収穫祭をご存知ですか?」

「収穫祭?」


 アンがエマの髪の毛にブラシを通し、ピンで止めてネットをかぶせる。この上からアンが整えておいたカツラをかぶせるだけであら不思議、辺境伯夫人の出来上がり。下手に髪を結うよりも時短になって良い気がする。しかも、カツラを付け替えるだけで、獣人キララにもすぐに変身できるから楽っちゃ楽だ。


「はい。辺境の二大祭りの一つです。春の雪解け祭、秋の収穫祭。三日間行われる大祭なんですが、特に秋の収穫祭は、恋人を見つける為のお祭りなんですよ」

「え?街コンみたいな?」

「なんですか、街コンって?」


 つい口から出てしまったが、この世界にも合コンくらいはあるだろうと思い、地域も巻き込んで行う合コンのようなものだと説明する。


「へう、王都では街コンって言うんですね」

「いや、多分、まぁ、一部、ごく少数かなぁ」


 確実に言われていないだろうが、エマは適当に誤魔化しておく。


「もちろん、老若男女楽しめるお祭りでもあるんですが、夜間は恋人達や恋人のいない大人のお祭りになるんです」

「大人のお祭り……」


 何かいかがわしい雰囲気を感じ、エマはゴクリと喉を鳴らす。

 大学生だった時も部活の飲み会(運動部系ノリのけっこうハードなやつ)には参加していたが、男女の出会い系の飲み会は参加したことがなかった。一度は参加してみたい……とは思っていたが、その機会もなくわけもわからずこちらの世界にきて、気がついたら結婚式からの婚約破棄。追い出されて、辺境へ行けと馬車に乗せられたら、ついてすぐに即結婚、あれよあれよという間に辺境伯夫人になってしまった。


 まぁ、ナヨナヨしたイケメン元婚約者第三王子よりは、旦那様になった辺境伯エドガーの方が断然タイプだったから、エマ的には超ラッキーだったのだが、合コンをしてみたかった!という気持ちはなきにしもあらずで……。


「まぁ、エマ様には夜の部は関係ありませんね。伯爵様と仲睦まじいですものね」

「仲睦まじい……かな」

「ですよ!私、あんなにデレた伯爵様を見たのは初めてですから」


 身体つきも筋骨逞しく、厳しい容貌をしているエドガーは、その顔面にある傷のせいもあり、怖いイメージがあるらしい。エマからしたら、ひたすらカッコイイ!と目をハートにしてうっとり見つめてしまうその顔面も、他人が見たらその眼光の鋭さに失神する者が続出だとか。


「まぁ、嫌われてはいないとは思うけど……」


 エマが言葉を濁してしまうのには理由がある。


 最近、部屋の引っ越しをして辺境伯夫人の部屋、エドガーとの続き部屋に引っ越してきたエマだったが、エドガーとの部屋と繋がった扉が開かれたことがないのだ。


 結婚当初と違って、距離感は随分近くなったと思う。スキンシップ、例えば手を繋いだり腰を抱かれたり……ホッペにチューなんかも、それこそ毎日のルーティンみたいにあったりする。

 一晩、一緒のベッドで寝たらしい(お酒のせいでエマの記憶にはない)が、何がどこまであったのかは不明だ。多分、してないよな……ということはわかるのだが。あの日を境に、エドガーの態度が甘くなった気がするから、チューくらいはしたんだろうけど……。


(白い結婚って最初言われたし、もしかしてまだそれが有効なんじゃないだろうか?それか、あまりに私の身体がナインペタンだから、そういう気分になれないとか?!私と同じ菫色の瞳の元婚約者ミアが忘れられないとか?!)


 エマは、エドガーと本当の夫婦になっていない理由について考えてみるが、思考がグルグルしてしまい正解に辿りつけないでいた。

 全て不正解なのだが、あの夜の記憶のないエマには、正解になんか辿り着ける訳もない。

 とりあえずは、エドガーが言う手に入らなかった令嬢(注:エマの勘違い)だと思われる子爵令嬢ミアに寄せたドレスなどを着たからエドガーの態度が軟化した(注:エマの大勘違い)のかと、好きでもないフリフリドレスを、エドガーに好かれたい一心で着てみたりもしている。


 正解は、エマの閨テクニック(実践したことはなかったが、キララ時代のエロ知識から、推しへの愛情過多でやらかしたアレやコレ)に翻弄されたエドガーが、勝手に気負ってしまい、エマとの初夜のハードルを勝手に上げてしまったというのと、ただ単純に忙し過ぎるせいだったりする。


 エドガー的には、あの夜のことを夢で繰り返し見るほど、エマを求めてやまないのだが、エマは勘違いから迷走していた。エマの手練手管キララのエロ知識に基づくアレコレを知ってしまったエドガーもまた、エマを満足させる手技を身に着けようと迷走を重ねていたから、迷走夫婦はいまだに閨を共にできていない。


「エマ様から伯爵様をお祭りにお誘いしてみたらいかがですか?」

「一緒に来てくれるかな?」


 結婚してから数ヶ月、いまだに二人で出かけたことはない。

 そう!

 出会ったその日に結婚してしまったから、デートもしたことがないのだ。


「そりゃ来てくださりますよ!もし用事があると言われるようでしたら、若い侍女数名が行くと言ってたから一緒に連れて行ってもらうと言えば、何が何でも予定を空ける筈です」

「なんで若い侍女?」

「そりゃ、若い侍女が秋祭りに行く理由といえば、彼氏探し以外のなにものでもないからですよ」


 つまり、一緒に行ってくれなかったら、男漁りしに行くぞと脅しているようなものなんだろうか?

 それで笑顔で「行ってらっしゃい」とか言われたら、しばらく立ち直れない気もする。


「アンは?アンは行かないの?」

「私ですか?」


 エマは、鏡越しにアンに視線を送った。


 辺境伯邸に来てから屋敷で一番親しくしているのはアンだし、なんならエドガーしへの尊みが深過ぎて悶えるエマを、間近で見てきたのもアンだ。しかし、エマはアンの名前と年齢くらいしか知らなかった。年齢的には結婚していてもおかしくないのだろうが、夫や恋人の存在が全く見えない。執事のセバスチャンの娘だというくらいしか、家族構成は不明だ。


「そうですねぇ……秋の収穫祭の時は侍女の人数の確保が難しいので、今まで仕事をして行ったことがありませんでした」

「そうなの?」

「それに、私には必要ありませんから」

「えっと、旦那さんがいるから?」

「夫どころか恋人がいた記憶もありませんね。仕事の邪魔なんで」

「えェッ?!」


 侍女の鑑のようなアンは、一見クールで堅ぶつなオールドミスに見えるが、髪の毛をほどいて眼鏡を外せば、涼やかな目元が印象的な美人であることをエマは知っている。


 アンはエマの頭にカツラをかぶせると、パチンパチンと留め金をはめる。


「でもそうですね。夫はいりませんが、そろそろ子供は産んでおいたほうがいいかもですね。お二人にいつお子様ができてもいいように」

「は?いや、うちらはまだ……ね、ほら、子供ができるようなことは……さ」


 エマが照れながらと髪の毛を弄り、モゴモゴとつぶやく。

 それに、もし子供ができるような行為をしたとしても、魔力のないエマには子供ができないかもしれない。(注:エマの勘違い)


「エマ様、子供がどのようにすればできるか、ご存知ですよね」


 いきなり下ネタか?と鏡越しにアンを見たが、あまりに真剣な表情のアンに、エマは茶化さないで答える。


「いや、そりゃあ、まぁ……知ってるよ。……(魔力を)交換するんでしょ」

「交換……まぁ、どちらかというと、男性のを女性が受け取ると言いますか、男性のアレをですね……」


 いつもはクールで動じないアンが、僅かに頬を赤く染めてしどろもどろ説明しようとしていた。


「あ、それはわかるよ。実際の行為の話ね。セッ○スだよね」


 ケロッとエマが口に出すと、アンの方がアタフタとしてしまう。


「ま、そんな、ハッキリと……。それで……やり方とかはご存知で?」

「私の知っている方法で正しいのなら」


 周りには誰もいなかったが、エマはアンをちょいちょいと手招きすると、その耳元で保健体育で習うような内容のことを説明する。


「た……正しい知識をお持ちのようですね。なるほど、エマ様に閨の授業をと伯爵様に進言したのですが、必要ないと言われて(それどころか、男性版の閨教本の最新版を取り寄せて欲しいと言われて驚きましたが)。それにしても、神殿の閨教育は進んでいるのですね」

「アハハ……、普通じゃないかな」


 教師になる為に学んだ保健体育の知識を披露しただけで、特にエロい内容は話していない筈だが、アンは顔を赤らめてパタパタと手で顔を扇いでいる。


「でもさ、うちらの子供と、アンが子供を生むって、どう繋がる訳?」

「そりゃ、エマ様がご出産するお子様の乳母になる為です」

「乳母?乳母って、お母さんの代わりにおっぱいあげたりなんかする人?え?私みたいに貧乳だと、おっぱいとかでにくいとかあるの?」

「いえ、それは聞いたことはないです。しかし、貴族の御夫人方は授乳を自らなさる方はいません」


 衝撃の事実!

 しかし、貴族というものが存在する世界では、それが当たり前なのかもしれない。

 けれど、エドガーとそういうことをして、もし万馬券をとるくらいの確率で大当たりを叩き出して子供ができたとしたら、乳母に育児を任せて優雅にお茶を嗜んで……なんかいられる訳がない!


(推しとの我が子とか、マジ尊いじゃん!他人任せになんかできる訳ないし)


「うーん、人は人。私は私。子育ては私がするし、もし絶対に乳母って役職の人が必要なら……それこそアンのお母さんに頼むかな。アンって立派な娘さんを育てた実績があるし、経験者に相談しながら子育てしたほうがうまくいくよね」

「……」


 それに何より、ただ乳母になる為だけに、夫はいらないけど子供だけ作ろうとしてしまうアンの忠誠心がそら恐ろしい。

 それこそエマに子供ができなかった時に、後継がいなければ自分が産みますくらい言いそうだ。


 思わずエドガーとアンの絡みを想像しそうになり、エマはブンブンと首を横に振る。


「……確かに、子育ての知識ならば、母に敵わないかもしれません。坊ちゃまが結婚してから子供を考えれば良いかと思っていたのですが、さすがですエマ様、目から鱗とはこのことです。私、さっそく経験を積み、エマ様にお子様が生まれる時には子育てのプロになっているように頑張ります」


 いつもは「伯爵様」呼びなのに、たまに「坊ちゃま」に戻るのは、それだけ昔から親しくしているからだろう。

 エマの胸にモヤモヤが溜まる。


「え……いや、相手は?」

「一応、婚約者がおります」

「そうなの?だって、恋人もいたことないって」

「はい。ただの婚約者ですから。坊ちゃまが結婚したら、速やかに子作りに協力し、子供の面倒は相手が全て見るという契約書にサインをしたので、婚約いたしました。五年前でしょうか。まだ婚約破棄されてませんから有効だと思うのですが……。しかし、子育ては二人で!に変更しないとですね。子育ての経験を積む為にも」


 契約書?


 なんか、恋愛感0というか、アンの表情を見ても婚約者に対する甘さが全く感じられない。


 それって私も知っている人?と聞こうとした時、続き扉がノックされてエドガーが部屋に入ってきた。



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