第2章 秋の収穫祭
第1話 働き方改革
(注意∶続編ですので、同タイトルの一作目を読まないと話がわからないと思います)
「キララ、おいキララってば」
「シッ!黙って」
エマは今日も覗きをいそしんでいた。
といっても、犯罪的要素は……多分ない。たまに上半身裸でぶつかりあっている男達もいるが、基本は着衣だし、下着姿になって水浴びしている男もいたりはするが、エマの視線は一点集中。顔に大きな傷がある厳しい男にしか注がれていなかったからだ。
そう!絶賛夫の推し活中である。
しかも、エマはバレていないつもりで木陰からこっそり覗いているのだが、付き添っているのがヒョロッと背の高い猫耳の獣人と、さらに縦にも横にも大きくなった猪耳の獣人だから、木陰なんかに隠れる訳もない。
「あいつら、また来てるな」
「こっちの鍛錬に混ざりたいんじゃないか?」
「いや、なら覗いてないで混ざればいいじゃん。獣人だって第一で鍛錬している奴もいるだろ」
今では、第一鍛錬場が騎士、第二鍛錬場が獣人という区別はなく、大型の武器や剣の練習をしたい者は第一、実践に近い自然な環境で練習したい者は第二という振り分け方が定着してきた。
中にはいまだに獣人を同じ人間だと認めない騎士もいるが、辺境伯でもあり、辺境騎士団団長であるエドガーが、騎士、兵士、獣人兵士という身分関係なく、優秀な人材を重用する姿勢を見せているおかげで、今まで人間と獣人の間にあった垣根が取り払われようとしていた。
「あれはどう見ても……団長のストーカーだな」
「ハハハ、さすがに獣人じゃ辺境伯夫人にはなれんよ」
「辺境伯夫人といえば、実は団長が若い女を嫁にもらったって噂聞いたか?」
「聞いた聞いた。ゴテゴテしたドレスで着飾った、いかにも貴族令嬢って感じの女だったらしいな」
「どうせまた王都から来たんだろ。すぐに出て行くさ」
「違いない」
騎士達は笑いながら噂話を切り上げ、鍛錬に戻って行った。
「おい、ストーカー扱いされてるぞ。いいのか」
「別に、誰に何言われても平気」
言っていることはカッコイイが、していることは夫のストーカーだ。そして、そんな妻の奇行を知りつつ、気が付かないふりをして、実は妻に良く見られようといつも以上に気合を入れて鍛錬の指導をしている夫。二人はある種ベストカップルと言えるかもしれない。
「なぁ、このままハードな鍛錬が続いたら、あいつ等マジ死ぬと思わねぇ?」
「でも、戦力の底上げになるからいいんじゃないかな。楽しそうだなぁ、俺も交じりたいなぁ。騎士の人達は毎日鍛錬できていいよね」
ボアの耳がピクピク動き、ウズウズと身体を揺すった。
「アホか。あいつ等は毎日鍛錬して、街の警護やらなんやら仕事しなきゃなんねぇんだぞ。それのどこがいいんだよ。俺等獣人兵士みたいに、討伐の時だけいればいい訳じゃないからな」
「それだけど、獣人兵士達の働き方改革したほうがいいと思う」
「は?」
同じ騎士団に勤めていても、人間と獣人とでは勤務体系が違う。
騎士や一般の兵士達は、早番、通常勤務、夜勤と分かれているものの、騎士団としての街の警備が通常勤務だ。魔獣討伐や盗賊捕縛も騎士団の仕事ではあるが、十年前にあった大スタンピードくらい大掛かりな討伐であれば騎士団の半数以上が駆り出されることもあるものの、通常の討伐や捕縛ならば一個中隊が出動するくらいで、それも月に一、二回程度だ。
それに比べて獣人兵士は通常勤務がない。団体行動に向かない種族も多く、鍛錬も自主練が主だ。彼等の活躍の場所は主に魔獣討伐で、基本賃金プラス出来高払いの為、給料が沢山欲しい獣人ほど自ずと自主練の時間も増える。
しかし、鍛錬もせずに魔獣討伐にのみ参加する獣人兵士もおり、個人プレーに走りがちで統率がとれないのも事実で、怪我ですめば良いが死人がでることもざらであるらしい。
「なんだ、働き方改革って?」
「相性のいい獣人達数名でチームを作って、毎日一時間は鍛錬の時間を作るの。連携プレーができるようになれば、効率良く討伐できるようになるよ。今まで一人で倒せなかった大物の魔獣も倒せれば、その分お給料もアップするじゃん」
エマはなんとなく考えていたことを言う。前の合同演習の時も思ったのだが、獣人達が連携をとって動けていれば、ワイルドベアだって獣人だけで討伐は可能だった筈だ。
「連携プレーはいいけどよ、集団で倒した場合は、誰の手柄になんだよ」
「……グループで山分けとか?」
「それじゃ納得しない奴が多いだろうな。少なくとも俺は無理」
「俺はいいと思うけどなぁ」
「ボアはキララが言うことなら、なんでもいいんだろが」
「俺も良いと思う」
「「「エッ?!」」」
つい話に夢中になり、木陰で三人で話し込んでいたら、後ろからいきなり話に入ってくる者がいた。
自分を見に来ただろう妻の注意が自分から反れたのを感じたエドガーが、ついつい気になって見に来たのだった。
エドガーにエマがキララであることがバレていることに気づいていないエマは、顔を隠すように獣人のカツラの前髪を整える。
「獣人達は元々戦闘スペックが高いから、そこまで鍛錬しなくても良いかと思っていたが、確かに獣人達に連携プレーができるようになれば、かなりな戦力アップになるな。そんなことを考えられるなんて、キララは俺の参謀にむいているかもしれん」
さりげなく頭を撫でてスキンシップをとるエドガーに、エマが本当の獣人であったなら、尻尾を振り回していたことだろう。
「その話、少し詰めて話したい。君達、執務室にきて欲しい」
「キララだけで良くないっすかね」
「君達、獣人の意見も聞きたいから、三人で来てくれ」
イアンはボリボリと頭をかくと、ため息混じりに了承した。ボアはエマの行くところにどこへでもついて行くから、エマが行くと言えば、ついてくるなと言われてもついて行くつもりだ。
場所を団長執務室に移すと、副団長のルイスもおり、ルイスがエマ達にケーキとお茶を出してくれた。
「あの、お気遣いなく」
「ケーキの差し入れをもらったので、食べてもらえるとありがたいんだ。うちの上官、甘い物が苦手だからね」
副団長のルイスといえば、本人は伯爵家次男で子爵位を持つ金髪碧眼の美丈夫だ。獣人にお茶出しをするような立場の人物ではないのだが、ルイスはいつもフランクに接してくれる。
それで言えば、エドガーこそ本来一兵卒が話しかけて良い人物ではないのだが……。
「ほら、こっちのケーキも食べるか?」
エマの隣を陣取り、アレやコレや世話を焼いているエドガーは、いつもの強面は何処へ行った?!というような蕩けた表情で、どう見ても獣人キララにゾッコンである。ここにいる全員、獣人キララはエドガーの妻のエマが変装している姿であることを知っているが、最近エドガーに妻ができたことがなんとなく周知されるようになり、ついでに獣人キララに対するエドガーのデレた態度を目撃した騎士などからは、人間の妻エマとは契約結婚、獣人キララは愛人であると噂されるようになってしまった。どちらもエドガーの最愛な妻エマなのだが。
「で、俺等の意見って、何を言えばいいんすか」
目の前でエマに「アーン」と食べさせそうな勢いのエドガーに、イアンはいい加減にしろよ的な視線を送って言った。
「さっきのキララの案、あれを実行するにあたって、獣人に受け入れられやすい条件を提案して欲しいんだ。一つは今まで強制していなかった鍛錬の参加について。もう一つは実際の戦闘の時の連携プレーについてだな。さっきの報酬のこととか」
エマの方を向くとデレッとなるエドガーも、イアンにはキリリとした表情を向ける。
「……カッコイイ」
エマの心の声は実際に口から漏れており、それをバッチリ耳で拾っているエドガーは、その表情をキープする為に顔面に力を入れ過ぎて頬がひくついていた。
「まあ、俺等が動くとしたら金だろ」
「それ、イアンだけじゃなく?」
「概ね正しいんじゃないかな。騎士団に入る理由は、大体が給料がいいからだしね。暴れたいからって理由の、体力があり余っている奴もいるけど」
ボアの一番の入団理由はエマの護衛の為だが、体力もあり余っているし、兄弟達の為にはお金はあればあるだけ良いなとも思う。
人間に虐げられてきた歴史の長い獣人にしたら、働いただけ金貨が貰える環境というのは、かなり魅力的なのだ。
「鍛錬を、ポイント制にしたらどうかな?」
「ポイント制?」
「グループで鍛錬に出たらポイント一つ。十個貯まったら星一つと交換。星十個で金貨一枚とか」
エマの頭にあったのは、お弁当屋さんのポイントカードだった。判子十個でドリンク一つ無料、カードが十枚貯まるとお弁当一つ無料というやつだ。
「ポイント百個で金貨一枚じゃ駄目なのか?」
「別にそれでもいいんだけど、百個貯めるのって、心が折れそうじゃない?小さい目標を達成していく方が、やる気がでるのかなって」
「……なるほどな」
エドガーは関心したようにエマを見つめる。
「それだと、一日四回鍛錬の時間があるから、最大一日四つ、一ヶ月で大体百二十か。一年で考えれば金貨十四〜五枚くらいか?まぁ、ボーナスとして出すには良い値段だな」
ルイスの計算にエドガーも頷く。毎日鍛錬をフルにする者もいないだろうから、多くても年に十枚くらいというのがエマの考えだ。
「どうだ?この報酬を提示されたら、鍛錬に参加する気になるか?」
エドガーの視線がイアンに向く。
「あと一声……ってとこかな」
「毎月、一番多く鍛錬に参加したグループに金貨一枚」
「グループにか?全員にか?」
エマがエドガーを見ると、「全員に」と返事が返ってくる。ルイスもOKサインを出しているところを見ると、副団長と騎士団の経理も兼ねているようだ。
「おし!それならやる気になるぜ」
それから討伐の際の報酬についても話し合い、イアンの満足のいく金額で折り合いがついた。
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