終幕:喜び笑むは古野羽の子 あなたさまに向けるのは
終幕
六月ももう終わる。今日は、新月。月の代わりにまたたくのは星だ。
『今宵は星が綺麗だの、
「はい、樫さま。風も暖かくなってきていますし、そろそろ本格的な夏ですね」
『あたいらは眠る頃合いだ。クチナシ辺りと交代かな』
「寂しくなります、ツバキさん」
幹や葉、花などに触れ、念話をしつつ口元をほころばせた。
『
「はい。まだ戸惑うこともありますけれど、
とはいえ、今、屋敷内には自分しかいない。
カフェには誘われたが、
しばらく草花の香りを堪能し、ゆっくりと自室に戻った。
今は
「お姉さまへの手紙を書いてしまわなければ」
机の前に正座し、真鶴は
あの満月の日、全てが終わったのち――
無論永久に、ではない。ヤマタノオロチを止めた
感情を全て取り戻すことができたとき。ちゃんとした
その際は、
いわば宙ぶらりんな立場から、まつろわぬものたちより婚約者として認められたのだ。
そんな彼を、ツキミやみつやと一緒になってどうにか奮い立たせることができた。今はすっかりいつもの『
「……現在わたしは、変わらず
トウ子には以前も簡易に、説明と感謝をこめた文を送ってはいた。最終的に「どうなったか」を報告するため、
半月が立ち、
「こんなものかしら」
自分で書いた手紙を読み返す。礼は書いた。現状も、挨拶も、これからのこと――
「明日、
呟き、
実はトウ子にも、
自分の中で変化を、もっとちゃんとした変化を受け入れることができたなら。
「……咲かせることができる気が、するの」
だからそれまでの辛抱だ。
「今、帰った」
何よりも聞きたい声がした。
早足で玄関へとおもむき、
「お帰りなさいませ、あなたさま」
「ただいま。今日はこのまま帰っていていいそうだ」
「久しぶりにゆっくりできますね。お茶の準備をしますから、どうぞ、お部屋へ」
「ありがとう、
羽織を受け取りながら、微笑んだ。
まつる、と優しく名を呼んでくれることが、やはり嬉しい。
羽織の埃をとり、手早く緑茶とあんこ玉を用意して加賀男の部屋に急ぐ。
失礼します、と呟き入れば、
「あなたさま?」
「……」
「何か、あったのですか?」
部屋の片隅から現れたのは――
「こがね……!」
見間違えるはずもない。友として、
「よかった、ここ最近見かけなかったから」
「俺の
「そうなんですね。こちらにいらっしゃい、こがね」
漆黒の体をくゆらせて、金の瞳で真鶴を見るこがねをしかし、
「あなたさま?」
「不公平だ」
「何がでしょうか……?」
「こがねの名を呼ぶのに、俺の名を、
拗ねたように、ぶっきらぼうに言う
うつむく
「……
一音ずつ、愛しさをこめて。
微笑んで。
慕う人の名を、呼ぶ。
「
「……うん」
少し、照れた様子で
そうすると、
得も言われぬ喜びが、
背中の後ろから左肩に手を回され、そのまま胸板へと
こがねが、それを見ている。月のような金色の瞳で、しっかりと。
「いらっしゃい」
彼は嬉しそうに近付いてきてから、
「もう……寂しくはないか」
「はい。何も寂しくありません」
心に弾けるは、代えがたい喜びと愛おしさ。その二つに包まれた自分は今、幸せだ。
星空の元、多幸感に包まれながら、
花よりも柔らかく、月のようにたおやかな微笑みを。
【完】
わたしのこがね~氷華令嬢は星帝の想いにとろけゆく~ 実緒屋おみ/忌み子の姫〜5月発売決定 @ushio_soraomi
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