5-4.おぞましく、気持ち悪いのですか
びりびりと全身をわななかせるほどの声は、
「土蜘蛛、貴様、一体何をした!」
らんが激昂の声を上げ、怯えた様子のふゆ
「
「わ、わたくしはただ、
「嘘をつくでない。これはただ事ではないぞえ。……よもや」
「よもや、酒を飲ませたのではあるまいな?」
「それは……それは、全てを忘れたいと
「この
「わたくしは悪くないっ。そこの女が、人間の身でありながら
ふゆ
「
「アンタの差し金だろ。オレの娘にまで危害を加えたとも聞いてる」
「わたくしは無実ですわ! なぜ人の子の言葉を信じるの!?」
激情でか、ふゆ
「バカとの話はあとだね。まずは
「あ、あのようなおぞましい化け物を、一体どうすればいいと仰るの?」
おぞましい、その単語に
うごめくオロチが鳴いている。叫んでいる。壊れたように、それこそ理性をなくしたように。
どこがおぞましいのだろう。不気味なのだろう。ふゆ
(泣かないで、あなたさま)
おののく腕を動かし、
「一旦退却するぞえ。犬神よ、しんがりは我が務めようぞ。まずは
「承知。土蜘蛛は自分が連れていく。
「あいよ。
即断即決とはこのことだ。
オロチがまた、声を上げる。
一歩、また一歩と歩みを進めるオロチに、
「土蜘蛛、みなを逃がせ。貴様の民だろう」
首の根っこを掴まれたふゆ
「こ、腰が抜けて、とても」
「民を守ることなく
「アンタら、逃げないと大変な目に遭うよっ。早くしな!」
らんとハナミの言葉に、ようやく我に返ったのだろう。それこそ蜘蛛の子を散らすように、それぞれあちこちに逃げていく。
だが、中には逆に、未だ
「チッ……
「あいさ。とっとと
らんが速度を落とし、立ちはだかる蜘蛛たちを軍刀でなぎ払う。
その隙を突いて、ハナミは真鶴とふゆ
「
「みつやさん、ご無事ですか?」
「文句を言う元気はあるんだね、アンタ」
「それより……あれ、あのオロチ……
ほっと胸を撫で下ろしたような様子で、しかし顔を青ざめさせながらみつやは言う。
「誰が酒を飲ませたんだよ、もう!
「……ます」
ぽつりと、
「え?」
「泣いています、
「
「そう思うんです。感じるんです」
痛む胸に手を当て、ここからでもわかるオロチを見つめた。周囲を飛び回り、動きを抑えているのは
「
「無意識に
「え!? そ、それも心配だしツキミちゃんが……!」
「結界があるっても、倒された木に巻きこまれる可能性も少なくない、か」
「ツキミさん……
「お前の、せいよっ!」
今まで大人しくしていたふゆ
「お前なんていなければ、
「ちょいと、いい加減に」
「……何が気持ち悪いのですか?」
怒気を孕むハナミを手でとどめ、
「何が、って……か、
「おぞましく、気持ち悪いのですか。あなたにはそう見えるのですね、ふゆ
「そうよ! あの黒い蛇も! どこから来たのかわからないけど……突然姿を見せたかと思えば、
そこまで言わせた
手が動く。次の瞬間に、無意識のうちにふゆ
「なっ……な、なっ」
「申し訳ありません、ふゆ
顔を真っ赤にし、口を開いては閉じるふゆ
「あなたにはもう、
ヒュウ、と一つハナミが口笛を吹く。
「こ、小娘……人間の小娘程度が……ッ」
「動くんじゃないよ、土蜘蛛。アンタ程度、オレ一人でどうにかできる」
「
屈辱でだろうか、それとも怒りでだろうか。ともかく憎悪をまとうふゆ
「修羅場はさておいて。
おそるおそる、というようにみつやが手を挙げる。
「このままじゃあ、半日もしないうちに
「……
みつやの言葉に、また
壊したくないだろう。暴れたくないだろう。まつろわぬものたちを慈しみ、彼らと共に歩んできた
「
「名付け親……」
ハナミのいうとおり、
「……こがね?」
ふと、気付く。
一つの頭、そこだけが漆黒だ。そして瞳もホオズキ色ではなく、金。中央ではなく端にある一体――暗緑色の体にまぎれて見えなかったが、確かに異なっている。
それがこがねだとしたら。
そこが全ての大元だとしたら。
「ハナミさま、お願いがあるのです」
「なんだい、
「あの山まで、
振り返り、たずねる。ハナミが唖然とした表情を作った。みつやも同様にだ。
「
「あの、基本は名付け親が強いのですよね?」
「まあね。名付けるのは
「それなら……どうにか今の状況を変えることが、できるかもしれません」
「まさか、こがねのこと? そりゃまあ、君が名付けたのは
「
「説明はあとです。お願いです、ハナミさま。わたしを山の近くに」
「……死ぬかもしれないよ、アンタ」
脅しではない忠告に、
「怖くないのかい? 勇気と
「怖いです。本能が怯えていて、今も足がしっかりしていません……でも」
笑った。心からの喜びをこめて、頬を赤らめながら。
「わたしは今度こそ、
破砕音。逃げ惑う足音。オロチの、いや、
しばしの静寂ののち、ため息をついたのはハナミだ。
「……わかったよ」
「ハナミさん!
「オレはこの子に賭けるよ、
「ありがとうございます、ハナミさま」
「そうとなれば転移の方がいいね。走るより確実に時間を縮められる」
ハナミが差し出した手に
「
「うん……
「はい、無事に帰ってきます。
「いくよ、
「お願いします、ハナミさま」
目を閉じた瞬間、ツキミに送ってもらったときのような
まぶたの裏に、
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