4-6.今、あなたのお側に
「まず、
ふすまの側に正座した
「一つは普段どおり、
「
「ヤマタノオロチ」
ぽつりとみつやが口を挟んだ。
「そう。理性というものが形をとるとしたら、前者。本能という形は後者、だね」
「
「蛇を使う……それは、こがねも含めてのこと、ですよね」
「こがね? 蛇に名をつけたの、真鶴ちゃん。どんな蛇に名付けたの?」
「目が金色の、黒い蛇です。
すぐに真剣な表情で、
「
「え……っ」
「正確にいうと
「こがねが、
「そう、弟は長く君の側にいた、という他ない。そうでなければ、
こがねが
「君とトウ子さんの母君、
「待って……待って下さい」
告げられた真実に、頭が混乱する。
七つのときにこがねを助け、それ以来友として接してきた。病に伏せ、死にそうになったのは
考えてみれば病のために歩きもできなかった状態で、どう
「わたしは、
「そう、君は無実。弟はね、蛇の姿になって
「お父さまは、それを知りません」
「私と
「そんな……そんなの、って」
実父に虐げられていた日々。花の副作用で感情をなくし、周囲から気味悪がられていた過去。それをもたらしたのは誰でもなく、
――口付けを、されたことがある。
はじめての
「
「……」
とく、とく、と胸がなる。鼓動がする。体が熱い。
「でもね、最後にこの一言、伝言だけは聞いてやってほしいんだ」
「伝言……?」
「『幸せに、
心臓が脈打ち、体がほてった。呼気が微かに荒くなる。
「愚かな弟だけれどね。君を思う気持ちは、本物だ。君に対して罪悪感を抱いていたんだろうね。全く、不器用なことだ」
「……ます」
「ん?」
「知って、います。
胸へ両手を重ねた。同じ鼓動を共有したのを、今でも覚えている。
優しく抱き締められたこと。髪を
いや、と小さく首を横に振る。
思い出にするにはまだ早い。あの手を、胸の高鳴りを、傍らに置いておきたいのだから。
「わたしは、
うなずき、顔を上げた。頬をほてらせながら。
「例えそれで辛い目に遭っていても。父から虐げられていたとしても。そんなもの、今のわたしにはどうでもいいことなんです」
胸からこみ上げてくる衝動。抗いがたい
「お姉さま。これが愛しいと思う心なのですね」
体中に弾けたのは、喜びだ。自然と口角がつり上がり、目が弧を描くのを自覚した。
「
「いいえ、全部はまだ。ただ、
目をまたたかせるトウ子へ、
「許してくれるのかな、
「わたしは
全てを受け入れること、許すこと、認めること。それを人は、慈しみと呼ぶ。
慈愛だけではない。今、ただただ胸にこみ上げてくるのは喜び。
「早く誤解を解きたいです。わたしは
「それなんだけどね、真鶴ちゃん」
真剣な顔のみつやが口を開いた。
「誤解させてしまったのは本当にごめんよ。ただね、ちょっと気になることがあって」
「気になること、ですか?」
「
「ふゆ
笑みをなんとか消し、
思えば、助け船を出したのも、
「お姉さま、着物を貸して下さい」
優しさは毒、という言葉を思い出しつつ、横にいるトウ子へ頼んだ。
「着物を?」
「気を引き締め直したいのです。みつやさん、
「もちろん。そのために
「安心してほしいな、
「そうなんですね、荷物まで……ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方。弟を、よろしく頼むよ」
こくりとうなずく。小さく、それでも力強く。
「みつやさん、着替えるまで待っていて下さい。すぐに支度を済ませます」
「うん。ただね、真鶴ちゃん。もう日が変わった。今日は満月。まつろわぬものたちの気が
「わかりました。お手間はかけさせません」
「急ぎましょう、真鶴。荷物ならばわたくしの部屋にあります」
「はい。ありがとうございます、
清々しいとはこのことだ。三つ指を突いて礼をし、顔を引き締め直す。
「気をつけていきなさい、二人とも」
姉の部屋と思しき場所には、確かに自分の風呂敷が二つ、あった。
(諦めることなんてできない)
中を
トウ子に手伝ってもらい、それに着替える。
(例え
柄は
扇とまだ手元にあった懐中時計を帯に挟み、目をつぶる。
(わたしは心からの思いを伝えたい)
す、とまぶたを開ける。
「……今、あなたのお側に」
謳うように呟いて、微笑んだ。
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