第2話

 赤錆色の月の下、小三次はお頭に捕らえられた日のことを思い出していた。まだ幼い頃、両親に置き去りにされた山奥で、1人泣いている小三次。そこへ腹を空かせた狼たちが群がってくる。


ー変だな、こんなところにも獣がいるんだ。この森は、祟りの森だから、大神さまのご加護はないって、ばあちゃんが言ってたのに。


 1匹の狼が、こちらに飛びかかろうと、牙をむき、身を屈める。死がすぐそこに近づいているというのに、不思議と怖くはなかった。実の親からさえも疎まれた命。食べられようと、潰されようと、もうどうでもいいような気がしていた。

 狼が小三次めがけて躍りかかったその瞬間、ひゅっという風切り音とともに、目の前に赤い鮮血が飛び散った。見ると、狼は、小三次に真っ先に襲いかかろうとした1匹だけでなく皆首を切り落とされて死んでいた。辺りに散らばる狼の生首を見て怯える小三次に、刀を持った人影が近づいてくる。


[こんな小さな子を食べようなんて、悪いわんちゃんたちだねぇ。俺が殺せって言ったのは、大人だけなのに]


 そう言って口が裂けんばかりの満面の笑みを浮かべたこの男こそが、盗賊の頭、富野白雲だった。


[まあ、せっかくだし、君もちょっと切ってみるか]


 月の光に照らされた刃が、不気味に光る。


[どうせそれこそ、噛ませ犬だけど]


 血まみれの剣が、頭の上に振り下ろされる。小三次は今度こそ死を覚悟した。恐ろしい瞬間を見ないよう、しっかりと目をつむって。

 しかし、いつまでたっても刀は落ちてこない。目を開けると、自分の手が、無意識のうちに刀身を挟みこむようにして、その動きを封じていた。


[ふーん、ただのガキかと思ったら、狼でもかわせなかった刀を白刃取りか...]


 お頭は、少し考え込むようにしてから、再び先程の不気味な笑みを浮かべた。小三次の手にあったはずの刀は、いつのまにかお頭によって元の鞘にしまわれていた。お頭は言う。


[いいだろう。穢れた人間の分際で、この山に入ったことは許してやろう]


[そのかわり、俺の手下になってもらうよ]


 小三次は、このときほど、他の人間を恐ろしいと思ったことはなかった。

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