白蛇

紫野晶子

第1話 

 これは、私がある老婆から聞いた話である。


 今から百年ほど前、山の麓にある、この小さな村に、盗賊の一団が逃げ込んだ。彼らは都で金銀財宝を盗んで大暴れしたあと、根城で待つ仲間に分け前を渡すことなく行方をくらませたため、首領の怒りを買い、命を狙われていた。人里離れたこの村に隣り合う深い森は、逃れ者が身を隠すのにうってつけの場所だった。なぜなら、村人でさえ近づかない呪われた森、立ち入ることを許されない戒めの森だったからである。

 追われる者たちの中で最も年長の男、小三次は、怖じ気づいた仲間が止めるのも聞かず、森の奥深くへとずんずん分け入っていった。お頭の恐ろしい性格のことは、彼が一番よくわかっていた。お頭に捕らえられたら最後、生きては帰れない。必ず、殺される。

 

 死にかけた太陽が完全に山の向こうに消えた頃、小三次は、暗い森の中を1人で歩いていた。彼の進む先には、黒々とした闇が、どこまでも広がっている。うっそうと生い茂る木々は光を遮り、生き物たちの立てる小さな物音さえ不気味な静寂の中に吸い込んでしまう。

 あまりの静けさのため不安になった小三次は、怯えた目で周囲を見回した。気配からして、追手はまだ来ていない。しかし、逃亡の際に連れてきたはずの仲間たちの姿も見えない。森の中を進む途中ではぐれてしまったのだろうか。外の国へ発つ小舟の停めてある、崖の裏の船着き場で合流できればよいのだが、難所を通り抜ける中で脱落していった哀れな子分たちが生き残っている保証はなかった。


 小三次は密かに絶望した。あたりはひたすら黒い闇。自分にはこの先、生き延びる術が残されているのだろうか。よく聞き知った虫の声、鳥の声でさえ、得体の知れぬあやかしの声のように感じられる。とにかくここを早く抜け出さなくては...ずぶずぶ沈む底無し沼、森の至るところから湧いてくる毒虫、毒草、吸血生物...多くの仲間が犠牲になった。それでも、下手に森から出て、お頭に見つかるよりはずっとましなように思えた。そう、あれは人外なんだ、化け物なんだ...。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る