第14話 運命の集会



 よく晴れた朝だった。

空には大きな刷毛でサッと掃いたようなすじ雲が広がっていた。

牧場の柵に沿って植えられた沢山のコスモスが、そよ風に揺れていた。


 その柵にはトンボたちがずらりと並んでいる。

柵の前の大きな石にはサキグロとクロスジ、少し離れてアカメがとまっていた。


「お、ハゴロモが来たの」

クロスジが言った。


「クロモン、評判悪い・・・」

ハゴロモはサキグロの隣にとまると、こう囁いて透き通る羽を悲しげに下げた。



「みんなそろったかな?」

アカメがサキグロたちに向かって言った。

サキグロが頷いた。


「では、始めよう!」

アカメは柵に並んだ沢山のトンボたちに向かって大きな声で話し始めた。


「みんな、今日は集まってくれて本当にありがとう。みんなも知ってのとおり、われわれは新しい仲間を得た」

アカメはサキグロたちのほうへ顔を向けた。


「あやつに言われても、全然うれしくないのう」

クロスジが渋い顔で囁いた。

こっそり頷くサキグロとハゴロモ。



 そんなことを知る由もないアカメは、ご機嫌で演説を続けていた。

「ところで先日、われわれはここにいる新しい仲間と語り合わんと集まったのだが、我らが王により集会が禁じられているため、満足に話も出来なかった。これを機に、もう一度みんなで、集会の自由について語り合おうではないか!」

アカメはここで間を入れると、集まったトンボたちを見回しながら何度か力強く頷いて見せた。



「そうだ、そうだぁー!」

「話も出来ないなんておかしいぞぉ~!」

「その通りだー!」

それに合わせて、トンボたちの間からいくつかの声が上がった。


「サクラじゃの」

クロスジが呆れたようにつぶやいた。

「ああ、昨日いっしょにいた連中だ」

サキグロは声を落として囁いた。




 とその時、向こうから別のトンボの集団が近づいて来た。

「あっ、王様だ!」

誰かが叫んだ。

「なにっ!?」

集まったトンボたちが一斉に浮き足立つ。


「待て! みんな待ってくれ!」

アカメは、芝居がかったしぐさでトンボたちを押し留めた。

「ちょうどいいじゃないか、王様にもこの集会に参加してもらおう」

アカメはニヤッと邪悪に笑った。


「フン、クズどもが言いそうなことだ」

その時には、クロモンはアカメの目の前に舞い降りていた。

クロモンに付き従って来た屈強なトンボたちが石の周りをぐるりと取り囲んでいる。


「自分のやっていることがわかっているのか? お前は利用されているだけだ!」

油断なくアカメを見ながら、クロモンはサキグロに向かっていらだった声で囁いた。


「ここはトンボの楽園なんだろう? みんなが幸せになれないのはなぜだ?」

「なに?」

クロモンはグッとサキグロを睨んだ。

「次は容赦しないと言ったはずだ」

押し殺した声で答えると、クロモンはアカメに向き直った。



「集会は禁止している」

クロモンの威圧を真正面から受けて、アカメはたじたじと後ずさった。

所詮は覚悟も能力もない、自分が一番だと思いたいだけのトンボなのだ。


 だが、数の力を信じていた。

今までも、それで何度も成功していた。

だからこそ、確固たる意志のない、頭の弱いトンボたちを沢山集めたのだ。



 ここで負けてはいられない。

「さあみんな、なぜ集会がいけないのか王様に説明してもらおう!」

アカメは必死に自分を鼓舞し、トンボたちに呼び掛けた。

「そうだ、そうだぁ~!」

サクラたちが一斉に叫んだ。

集まっていたトンボたちが静かになり、全員が石の上のトンボに注目した。

アカメとサクラたちの扇動が成功した瞬間だった。



「さあ、答えてもらおう。なぜ集会がいけないのか!」

アカメは、数を頼んで勝ち誇ったようにクロモンに迫った。

後ろではアカメのサクラたちがワーワーと無責任に騒いでいる。

「お前ってやつは・・・」

クロモンは、怒気を含んでアカメを睨んだ。

「これは民意だ!」

アカメは得意になってうそぶいた。




「カラスに襲われた日のことを忘れたのか!?」

クロモンがこう言うと、集まっていたトンボたちが一斉にざわめいた。

誰にとっても恐怖の出来事だったのだ。


「あれは不可抗力だ。誰にも予測なんて出来ない」

だが、アカメは平然と受け流した。


「森まで行けば襲われることはなかったんだ、それをおまえが・・・」

「そんなことはわからない。みんな疲れていたし、休息が必要だった」

「くっ!」

クロモンはアカメを睨みつけた。



「フン!」

黙り込んだクロモンを見て、勝ち誇ったようにアカメが笑う。

「正当な理由もなく、いたずらに集会を禁じるものを王様にしておいていいのか?」

アカメはここぞとばかりに大声で言い放った。


「おかしいぞぉー!」

「そんな無法は許されないぞぉー!」


 トンボたちの間で、アカメのサクラたちが次々と声をあげると、ざわざわとトンボたちが騒ぎ始めた。



「待ってください!」

と、その時、一匹のトンボがクロモンの脇に飛び込んで来た。

「あたし、知ってますっ!」

昨夜のトンボだった。

サキグロとクロスジは、クロモンと飛んで来たトンボを両側から守るようにアカメと対峙した。


「あっ、えっとぉ・・・」

「向こうへ戻りたまえ!」

アカメは一歩前へ出ると、口ごもるトンボを威圧しながら怒鳴りつけた。

サキグロたちが、すかさず前へ出てアカメをけん制する。



「いいえ、あたし、見てましたっ!」

でも彼女は、顔を上げるとまっすぐにアカメを見て大きな声で言い返した。

「クロモンたちはみんなを逃がそうと最後までカラスに立ち向かった。なのにあなたは、一番先に逃げたっ!」

トンボたちの間にどよめきが走った。

そして集まったトンボたちの方を向くと、アカメのサクラたちを一匹ずつ指差していった。

「あなたも!」

「あなたも!」

「あなたも!」

「あなたも!」

一匹一匹をキッとにらみつけながら・・・



「あっ、お前はいつもアカメと一緒にいるやつじゃないか!」

「そう言えばそうだ。お前サクラだろう!?」

「なんて卑怯なやつらなんだ!」

ワーワーとサクラたちの周りで叫び声があがった。

とても持ちこたえられるものではなかった。

サクラたちは、一目散に逃げ出した。


 石の上のアカメにもトンボたちが迫っていた。

「くそっ、おぼえてろよ!」

アカメは逃げ出し、集まっていたトンボたちがその後を追いかけて行った。




 急にあたりが静かになった。

石の周りには、クロモンとサキグロたちしかいなくなっていた。


「あいつを押さえ込むためだったんだろう?」

「ふん!」

ポツリとサキグロが問い、クロモンがそっぽを向いた。



「あなた、すごかったわ!」

ハゴロモが昨夜のトンボに飛びついた。

「あの、えっと・・・」

「あなた、名前はなんていうの?」

戸惑う相手にハゴロモがせっついている。

「えっ、あの、あたし、名前なんて・・・」

びっくりしてこう答えるのがやっとだった。

「では、わしがつけてあげるかの」

クロスジが得意そうに胸を張った。


「ホシゾラだ」

サキグロが言った。

「え?」

「あんたの名前は、ホシゾラだ」

こう言って、静かにサキグロは微笑んだ。


「ふむ、悪くはないの。・・・って、すごくいいじゃん!」

クロスジは地団太を踏んだ。

「ホシゾラかぁ、いいわぁ! とってもステキ!」

ハゴロモは小躍りした。

「ホシゾラ・・・。えっと、ありがとう、ございます!」



「ふっ、相変わらずだな、サキグロ」

「あ、クロモンが笑った!」

首を振るクロモンを見て、ホシゾラがうれしそうに声をあげた。


「よし、これでめでたしめでたしだ。王様、あとはよろしく!」

サキグロはクロモンの顔を見るとこう言って飛び立とうとした。


「ちょっと待て。お前が王様をやってくれ」

だが、クロモンはこう言ってサキグロを呼び止めた。

「なんだって?」

サキグロは驚いてクロモンを見た。


「あの日、ボクはみんなを守れなかった。今までは、あいつらのことで手一杯だったが、あいつらは逃げて行った。だからボクは、ボクに出来ることを探したい」

「クロモン・・・」

サキグロはクロモンの顔をじっと見つめた。



「じゃあな」

クルリとクロモンが背を向けた。

「おい! ちょっと待て!」

「あたしも行くーッ!!」

サキグロの声は、ホシゾラの叫びにかき消されてしまった。

背を向けたクロモンにホシゾラが追いすがった。


「ダメだ!」

背を向けたままクロモンが叫んだ。

しょげ返るホシゾラ・・・

その間にクロモンは舞い上がった。


「大丈夫だ」

サキグロはホシゾラに微笑んだ。

「え?」

怪訝そうにホシゾラが顔を上げる。


「ついて行っても大丈夫だと言っとるんじゃよ」

クロスジがやさしくホシゾラに微笑んだ。

「は、はいっ!」

ホシゾラは慌てて飛び上がると、遠ざかるクロモンの後を必死で追いかけて行った。


 きっと追いつけるだろう。

その先は知らんがな。

サキグロは、遠ざかるホシゾラを見ながらひっそりと微笑んだ。



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