第13話 王様への道



 トンボの楽園は、高原に広がる牧草地にあった。

広々とした草原が森に続き、その向こうでは連なる山が空を切り取っていた。

南に開けた草原の、ところどころに牛が寝そべり、モグモグと草を食んでいた。

草原の中ほどに、ぽつんと一本だけ木が立っている。

その木の枝にサキグロたちはいた。



「よく見えるのう。ここなら誰が近づいて来てもすぐにわかるのう」

「こういうの、なんだかいやだわ」

「で、オレたちに何の用だ?」

サキグロたちの前には何匹かのトンボがいた。

サキグロの声に一匹のトンボが進み出た。



「オレはアカメだ、よろしく頼む。早速だが、クロモンともめたそうじゃないか。 やつをどう思った?」

「ふむ。もめたと言うほどのことでもないが」

「キミらはクロモンと同じ池で生まれたんだろう?」

「ああ」

「久しぶりに会ったというのに、どうも様子がおかしかったように見えたが?」

「クロモンもいろいろあるんだろう」

サキグロはさらりとかわした。



「クロモンは変わっちゃったわ!」

が、ハゴロモが後ろから声をあげた。

「そう、変わってしまった! でなければ、久しぶりに会ったキミたちにあんな態度をとるはずがない。そうだろう?」

アカメはニヤリといやらしく笑った。




「集会禁止の話はもう聞いてるな? それだけじゃあないんだ。ことあるごとにみんなを監視し、規制している。おかしいとは思わんか?」

「確かに、やりすぎの面もあるとは思うが」

アカメは、我が意を得たりとニタッと笑った。

「そうだろう? 非難の声が渦巻いている。集会禁止のために、みんなの声として聞こえて来ないだけなんだ!」



「で、あんたはいったいどうしたいんだ?」

アカメにジロリと目を向けると、低い声でサキグロが言った。

「おいおい、アカメと呼んでくれよ。こうして仲間になったんじゃないか?」


 仲間ねぇ・・・

心の中でつぶやくと、サキグロはそっとため息をついた。


「・・・わかった」

「おお! わかってくれたか。それじゃあ、明日の集会に参加してくれ」

「集会は禁止なんじゃないのか?」

「いいんだ。集会禁止なんてクソ喰らえだ!」

アカメはご機嫌で言い放った。



「何を話し合うんだ?」

「ここの現状やみんなが思っていることについて意見交換するのさ」

「集まるほどのことではないと思うがのう?」

クロスジがつぶやいた。

「何を言ってるんだ。集まることに意義があるんだよ!」

「なぜかのう?」

「数は力だからさ!」

「ふむ・・・」

クロスジは黙った。



「おいおい、まさかイヤとは言わないよな? みんなが思っていることに対して、広い世界を知っているキミらの意見が必要なんだ」

「なるほどね」

「頼むよ、仲間だろ?」

「・・・わかったよ」

投げ出すようにサキグロが言った。

「頼むぜ、明日!」

「ああ」

「よし、やったぞ!」

そう言いながら、アカメたちは意気揚々と引き上げて行った。




 夜は満天の星空だった。

サキグロは牧場の柵にとまっていた。

足元でコスモスがゆれている。

目の前に開ける南側の空は一面の星の海だった。

「天の川とはよく言ったもんだのう」

クロスジがサキグロの横にスッととまった。



「で、どうするんじゃ?」

「うん」

「胡散臭いと思うがのう」

「わかっている」

それきり二匹は黙り込んだ。

長い尾を引いて流れ星が流れた。


「あいつ、なにかやる気だ」

「そうであろうのう。クーデターか、革命か・・・」

「だが、うまくはいかない」

「うむ。あやつの言葉には誠がないからのう」

ひっそりと二匹は笑った。

「しっ! 誰か来る」



 一匹のトンボがサキグロたちのほうへ飛んで来ると、同じ柵にそっととまった。

「こ、こんばんは。新しく来た方たちですよね?」

「そうだけど」

油断なくサキグロが答えた。

「方たちと言うほどのものではないがのう」

クロスジは二ッと笑った。



「で、何の用だい?」

「あ、えっと・・・」

そのトンボはしばらくもじもじしていたが、やがて少しずつ話し始めた。

「あの、あたし、ずっとクロモンを見てました。あっ、もちろん遠くからです。あたしの生まれた田んぼに知らないトンボたちが大勢やって来て、みんなでトンボの楽園に行くことになったって聞いて、えっと、それから、それから・・・」




 そのトンボは、楽園に至る道を話した。

彼女はクロモンたちについて生まれた田んぼをあとにした。

トンボたちは途中の池や田んぼで仲間を増やしながら楽園を目指した。

しかし、仲間が増えるにつれ、意見が割れることが増えていった。

やがて針路を決めたり休憩を決めたりするトンボたちと、それに従うトンボたちとに分かれていった。


 クロモンはいつも決める側にいた。

アカメも始めのころはクロモンと一緒にいたのだが、いつからか従う側のトンボを集めてはクロモンたちの邪魔をするようになっていった。



 ある日、人間の街に入った時、アカメたちは休憩しようと言い出してクロモンたちと対立した。

クロモンたちはすぐ先の安全な森へ行こうと呼びかけたが、疲れていたトンボたちの多くは休憩しようと言うアカメたちについてしまった。


 そこにカラスの群れが襲って来た。

何十匹ものトンボが食べられてしまった。


 その日からクロモンは笑わなくなった。

何日もしないうちにクロモンが王様になったと発表され、集会が禁止された。

王様の命令を聞かないものを取り締まるため、屈強なトンボたちが集められ、みんなが王様の命令に従うようになった・・・



 彼女の長い話は終わった。

それはクロモンがたどった王様への道でもあった。

「でも、クロモンは悪くないの! だって、あたしたちをちゃんとここまで連れて来てくれたんだもの」

「わかった」

サキグロは静かに言った。

「うむ。そういうことであったか」

クロスジは、彼女に優しい目を向けると、いたわるように頷いた。

「あたしはクロモンに、もう一度笑って欲しいだけなんです・・・」



 その夜、サキグロは夢を見た。

ビルの谷間で、疲れ果てたトンボの群れに、空を真っ黒に覆うカラスの群れが一斉に襲い掛かっていた。


「逃げるんだ、早くっ!」

「えー、疲れたぁ~」


 いくら叫んでも、トンボたちは動こうとしなかった。

カラスの黒いくちばしが、手当たり次第にトンボたちを・・・


「やめろっ! やめるんだぁー!!」


「・・・グロ! サキグロ!」

ハッと目が覚めた。

ハゴロモが心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫?」

「あ、ああ・・・」

「大きな声出してたよ」

「え?」

「やめろって・・・」

月が冴え冴えと輝いていた。



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