第5話 婚姻

一ヶ月後。


王都の中心部に建てられた我が家に私は引きこもっていた。

何をするでもなく、ただひたすらに無気力に過ごしていた。


居間のソファーの上で寝転ぶと、天井を見上げる。

思い出すのは戦場での光景ばかりだ。


仕事一筋で駆け抜けてきた人生だったからな……。

 

そう思うと自然と笑みがこぼれた。

だが、同時に虚しさが込み上げてくる。

そんな感情を振り払うように目を閉じた。


……


しばらくして、玄関の呼び鈴が鳴った。

重い腰を上げると、そこへと向かう。

そして扉を開けると、立っていた人物を見て眉間を押さえた。


「……宮中伯は随分と暇なようだな」


嫌味たっぷりにそう言い放つと、目の前の人物に鋭い視線を向ける。

だが、彼は動じることなく笑顔を浮かべていた。


「いやあ、これも仕事でしてね」


飄々とした態度に苛立ちを覚えるが、立ち話をさせるわけにはいかない身分だ。

仕方なく彼を居間へ案内する事にした。


「婚姻の話なら断ってくれ」


そう言い切ると、私はソファーに腰を下ろす。

相手は困ったように眉尻を下げた。


叙勲式の後、婚姻の申し込みが山ほど届いたのだ。

もっとも第三夫人などという話ばかりだ。


要するに珍しい調度品として飾りが欲しいのだろう。

ふざけた話だ。


私は煙草に火をつける。


「……エルナ様のご要望通りのお方にございます」

「……馬鹿にしているのか?」


思わず声が低くなる。

あまりの多さに無理難題を言ったつもりだったのだ。


1つ、子爵以上である事

2つ、20歳以下である事

3つ、正妻で迎え入れ、第二夫人を許さぬ事

4つ、国王陛下に認められる程の才を持つ事

5つ、容姿端麗な事


まず2つ目までの条件で当てはまる者などほぼいないだろう。

親が早死にして爵位を譲り受けるしかないのだ。


だが、そんな奇跡を持ってしても4つ目で振り落とされる。

要するにそれなりの勲章を持ってこいと言っているのだ。


「こちらが陛下の書状でございます」


差し出された封筒を受け取り封を切ると、中から書状を取り出す。

そしてその内容に目を通せば、確かに本物のようだ。


まあ、宮中伯が持参している時点で偽物の可能性は限りなく低いのだが。


「貴族の名は、レヴィン?子爵位らしいが家名がないぞ?」

「一代で貴族に取り立てられたお方ですので……」


宮中伯はそう言うと、困った表情を浮かべた。


「馬鹿を言うな」


20歳と書いてあるが、そんな若造が一代で子爵にまで成り上がるわけがないだろう。

私でさえ、準男爵に叙任されたのは24の時だったのだ。


「天才なのですよ、功労大勲章を最年少で授爵したお方です」


宮中伯の言葉に、私は目を丸くした。

功労大勲章とは、内政において飛び抜けて功績のあった者に与えられるものだ。


その格は大宝冠突撃章に並ぶものだろう。


「それを20でか……」

「ええ、婚姻を受けて頂けますね?」

「……わかった」


国王陛下の書簡が届いたのだ。

どのみち拒否権はないのだろう。


「だが、気に入らない男だったら斬ると未来の旦那様に伝えておけ」

「……ははは」


宮中伯の乾いた愛想笑いが紫煙と共に消えて行った。

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