第6話 嫁入り

数日後。


王都の中心部に一台の馬車が止まっていた。

馬車の前で仁王立ちする私の元に、子爵の使いの者が頭を下げながらやってくる。


そんな私の服装はと言えば、嫁入りにはとても見えない白銀の鎧姿だった。

まるで戦場に向かうかのように馬車に乗り込むと、貴族街へと車輪を進めていく。


やがて到着したのは、立派な門を構えた屋敷であった。

馬車を降りると、紫煙をくゆらせながら、その屋敷を見上げた。


「奥方様、こちらでございます」


執事の男に促されて中に入ると、メイド達が通路の両サイドに並んでいた。


私の姿を視界に捉えて、その出立ちに表情を変える者。

様々な感情を乗せて見つめてくる者。

だが、そのどれにも興味が湧かなかった。


私は煙草を咥えると、深々と首をたれる最奥の人物に目を向けた。


年齢は20歳前後の優男だ。

黒髪に切れ長の目。

鼻筋の通った美男子だ。


背は私より低く細身に見えるため、頼りなさげな印象を受けた。


この人物が一代で功績を上げて子爵に上り詰めたというのだろうか。


「エルナ卿、ようこそいらっしゃいました」


彼の声からは想像していなかった丁寧な言葉が発せられる。

私は軽く会釈をすると、彼に歩み寄る。


「貴殿がレヴィン卿か?」


紫煙を吐き出しながら問うと、彼は微笑む。


「はい。お会い出来て光栄です」

「会うも何も私は貴殿の嫁になったのだろう?」

「は、はい。あの…ご迷惑でしたか?」


ご迷惑?

なんなんだ、この男は。


もっと傲慢な貴族様を想像していたが、目の前には少年のような顔をした気弱な男がいるだけだ。

毒気を抜かれた私は小さくため息をつくと、紫煙を吐き出した。


「……奥方様はお疲れのようです。部屋にご案内致しましょう」


そんな微妙な空気感を察してか、執事がそう助け舟を出すと、私を奥の部屋に案内してくれるのだった。


扉が閉められ、一人残された私の胸に不安が込み上げてくる。

緊張の糸が切れたのだ。


恋愛などまともにしたことがないのに、いきなり求婚されて結婚など……無茶すぎるだろう。

先程の光景が蘇り、恥ずかしさに顔を赤く染めると、ベッドにダイブする。


「……最悪の第一印象ではないか」


貴族の結婚に恋心など必要ないとは聞いていた。

彼女達は本当に上手くやったのだろう。


「私には無理だぁ」


そう叫ぶと、枕に顔を埋めるのだった。


 

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