36.過去だったり未来だったりする技術
現状の問題点は沢山ある。
まずは、お金だよな。
そう、お賃金の問題だ。ジーナはテキトーでいいだろうが、エカーテさんとエウリィ、それにこれから他の従業員を雇うとなると……。
やはりキチンとした賃金計算が必要になってくるだろう。だがしかし、さっきも述べたように俺はそこらへんが凄くテキトーである。
エウリィが金銭のことは任せてと言ってくれてはいるが、果たしてどうなるだろうか。
ジーナは恐らく知識だけならばある……と思う。エウリィと二人で話合わせて、どうにかなるか様子を見てみるべきだろうか。
それでどうにもならなさそうであれば、詳しい人材を雇用すべきだ。
内一名は人外とは言え、お金の事をあんな小さな子たちに任せっきりというのは、流石に自分でもどうかと思うしな……。
後は、人手が足りない問題もある。
これからはちゃんとした従業員を雇っていかなければならないんだよな……。
そもそも、今のところ従業員として雇う話になっているのは、ジーナとエカーテ母子の三人のみだ。
その他はただの宿泊客である。ブラックリスト三人衆はそれ以前の問題だが。
今までの家族経営のようなテキトーさではダメなんだよな。キチンとした雇用形態を整えていかなければダメだな、うん。
そして最後は……酒のジョッキが足りない問題か。
高額利益を出す酒の販売に直結する問題であり、早急に手を打ちたいところだ。
昨日は本当に酷かったからな……。
早々にジョッキが足りなくなってどうしようかと悩んでいたら、手持ちの杯に入れてくれと言い出す輩が現れた。
まぁ仕方ないとそれに注いでやったら、明らかに大きな器を用意して一杯分として入れろと文句を言いだす者が出てきたのであった。
俺も俺もと他の客たちが騒ぎ出し始めたので、全員殴って黙らせることに。
そして最終的には俺が氷でジョッキを生成し、それを使うことでなんとか場を収めた。
冷たいだの早く飲まないと溶けるだの文句を言う奴は当然出たが、酒が飲めないよりはマシということで納得していた。
このような事情があり、これはこれで優先度の高い問題なのである。
*
これについて何か良い案があるだろうか、マドモアゼルたちよ。
「普通にジョッキを新しく買えばいいんじゃないの……?」
「つくってもいいですけどね」
まぁその二択だよな。
買うか、作るか。
前者は金さえあれば解決だ。だが大量にジョッキだけ購入するとなると置き場所に困る。
後者は適した素材があれば簡単な杯が作れるだろう。俺が昨日そうしたように、クラフトスキルで生成すればいい。
だが問題なのは素材だ。ホルモン焼きに使った土製の皿は水分に弱い。
タレと脂くらいの水分なら問題ないが、酒は流石に無理だ。
「昨日アンタ、さらっと氷でジョッキを作ってたわよね……。氷魔術の使い手ってかなり貴重なのよ……? しかもあんな大量に作ってたし……」
うむ、魔法ではないからな。
剣に付随している属性を操っているだけだ……などと漏らす気はない。
適当にあしらっておこう。
「こうりつよくかいけつするなら、こういうものもありますよ」
さて、一体何で作るか──などと考えようとしていたら、ジーナに先を越されてしまった。
ジーナが鉄製のスプーンを手に取り、何やらクラフトスキルを発動させた。
するとスプーンはみょんみょんと動いて形を変えていき──……出来上がったのは、円柱形に整えられた物体。
「……コップ? 上の方が、空いてないけど」
エウリィが
「密封……されてるのね……」
バレッタの言う通り、密封されたコップ──ではなく、缶である。
そう、飲料の缶だ。今は中身が入っていないから空き缶だが……。
「ここをこうしてあけます。なかにあらかじめのみものをいれてよういしておけば、てまはかかりません」
ジーナはぺこんとプルタブを押し開けて、中身の入ってない缶を開けた。
「飲み物の缶詰ってわけね……」
「これなら事前に用意しておけるし、効率いいね!」
お、俺だってちょっと考えればそれくらい出てきたし!
缶で用意しておけば便利だってことぐらい分かってたし!
悔しくないもんっ!
「さらにこのかんをじどうでこうにゅうできるようにするそうちを──」
じ、自動販売機! 自動販売機だろ!? 分かってるんだからねっ!
俺がISEKAI知識で無双できる機会を奪わないでよおっ!
*
……というわけでジョッキ足りない問題は話が飛躍してしまった。
明後日どころじゃない未来へと飛びやがったぜ。
「飲み物の缶詰を用意して、それを自動で売れるような仕組みかぁ……。なんだかすごく未来って感じがするなぁ」
実際未来の話である。……いや、過去の話でもあるか。昔はこの世界でも自動販売機の類は普通に存在したのだ。
ユーザーたちがこぞって近代文化を根付かせようとして、数多のISEKAI技術を流入していたからな。
だが……この世界は文明が滅び去るのが早い。なんせ強大な人類の敵が存在する世界だ。
文明崩壊なんてのは日常茶飯事であり、驚くようなことでもない。
昨日まであった大国が一夜で跡形もなく消え去ったなんて話も枚挙に暇がないのである。
そんなワケで、過去にユーザーたちが持ち寄って作りあげた近代技術の数々は、儚くも無残に消えていったのである。
今ではもはや言い伝えや御伽話として記されるのみなのであった。
偶に貴重な遺物として残されている場合もあるが。俺個人が保有してるコレクションもあるしね。
「……面白いわね……。自動で販売できるなら人手も要らないし、人件費も抑えられる……」
「ですが、ざんねんながらこのそうちはなーちゃんでもつくれません。ほんたいまでならつくれますが、なかみのせいぎょきこうについてはおてあげなのです」
……だよな。流石にそこまで出来るのは話が飛び過ぎだ。まずはこの缶をどうやって量産するかってところからだよ。
俺のクラフトスキルは金属加工ができるが、こんな精密な加工はまずできぬ。中身を空ける系の加工は難しいんだよな……。
無難に鍛冶屋に依頼が無難だろうか。……いや待て、そもそもだ。
量産するだけじゃなくて飲料を詰める機材もセットで必要だよな。
あれ? 総合するとメッチャお高くなりそうでない?
「なーちゃんがぱーっとつくってあげますよ?」
流石にずっとお前に頼りっきりってわけにもいかんだろうさ。
「……量産できるように、魔導具として作りましょう」
おっ流石ギーク、話が早い。
スキルの再現なんかは魔法の十八番だし、お手の物だよな。
「缶を作って、飲み物を入れて、密閉する。この一連の流れを、一つの術式として制御してしまえばいいのよ……!」
バレッタちゃんのギアが急に上がってきたぞい。
こりゃあ何も言わずとも勝手にやってくれる感じだな。
「ちょっとアンタ、付いてきなさい……! さっきの缶を作るクラフトスキルを
「なんでこいつはきゅうにげんきになってるんですか!?」
「バレッタちゃんはそういう子だから。頑張ってねー」
ジーナがバレッタにズルズルと引っ張られて拉致されていった。
ギークは興味ある事になると張り切っちゃうからな。
さて……これで酒の飲料缶を用意する魔導具が近い内に作成されるだろう。
当面は今のままで何とかしないといけないが、氷のジョッキをそのまま使ってもいいしな。
ジョッキ問題は解決したと考えていい。
それどころか、注文を受けて酒を注ぐという手間が省けて時短に繋がっていくのだ。
大変素晴らしいことである。
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