35.一夜明けたので反省会
エカーテ母子の誤解を解いたところで朝食だ。
今朝もジーナのお料理教室が始まったが、俺は加わることが出来ないのであった。
しかし出てくる料理は美味い上に栄養満点なので許しちゃう。
今日の朝食は……鶏肉と野菜を煮たもの……? にスープとパンか。
「あぶらにはなーちゃんが。パンはエカーテ、スープはエウリィがつくりました」
今日は分担して作ったらしい。朝からパンを焼くなんて豪華だぜ。
そしてこの鶏肉と野菜は油煮……なるほど、コンフィだったか。
低温の油でじっくりと加熱することでジューシーに仕上がる上に長期保存が効く調理法だ。お前が作れば長期保存はデフォだがな。
油はオリーブオイルを使ってるな。健康を考えて使ったのだろうか?
食材を気前よく使うのは別にいいんだが……お値段のことも考えてくれよ。こっちでは貴重で高いんだぜ……オリーブオイル……。
まぁいいさ、それくらいの甲斐性は見せてやるぜっ。
さぁていただくか。フォークを刺してみると……ホロっと崩れてしまうほどに柔らかい。
何とか掬って口に運んでみると──うむ、予想以上にジューシーで美味い。
朝から油ものはどうかと思ったが、オリーブオイルなら全然イケるな。
「う、うめぇ……」
「タナカの兄貴のメシとは比べ物にならないほど美味くないか……?」
「これは……間違いなくプロの味ですぜ……!」
おいテメェら。
まぁいいさ、チート種族に負けたところで悔しくなんかないんだもんっ。
しかし美味い。外はカリっと香ばしく、中は噛むことすらなく溶けてしまう。
朝食を作り始めてから短時間で出来上がったはずなのに、しっかりと味がしみこんでいる。
パンもさっき作ったにしては焼き上がるのが早すぎるし、もしかして昨日から準備していたのか?
「いえ、違うんです。ジーナちゃんが何かをしたみたいで、すぐに出来上がってしまったんですよ」
「わたしたちが見ても何してるのか全然分かんなかったよね」
「スキルのおかげですよ。ちょうりじかんはたんしゅくしないとだんなさまをまたせてしまいますからね」
えっへん! と胸を張るジーナ。
俺のシャツと短パンを着るのはいいけど、色々デンジャラスだから下着は付けようね。
それはさておき、スキル頼りの調理だとあんまりエカーテさんたちの参考にはならないんじゃないか?
焼きたてのパンをちぎって、コンフィの油に浸して食べてみる。ウマッ。
「いえ、見てるだけでも色々勉強になりますよ。質問すれば何でも答えてくれますし」
「悔しいけど、ジーナにアドバイスを貰った方が上手くいくからね……。お兄ちゃん、スープも飲んでみてよ」
スープはエウリィ作だったな。彼女も普通に料理上手だから期待できる。
どれ、一口。
……冷たいな。これは……冷めてるのではなく、かぼちゃの冷製スープか。
少し熱くなってきた季節だけに、サラッと飲めて嬉しい。
味も勿論、かぼちゃの甘みとクリーミーさが非常にマッチしていて美味しい。
「冷たいのが良いスープなんて考えたこともなかったけど、これはこれで美味しいよね」
「私もびっくりしました。これなら暖期でも美味しく頂けそうですね」
美味しい。美味しいのだが……。
ジーナによって俺のISEKAI料理知識の活躍の場がどんどん取られていくのを感じる……。
べっ、別に悔しくなんてないんだからねっ!
***
「急ですが、本日でフォンテーヌのお仕事を打ち切らせて頂こうと思います」
朝食後、仕事に出ようとするエカーテさんにそんなことを言われた。
フォンテーヌってのはエカーテさんの職場のパン屋だ。
何がフォンテーヌじゃ。スラム街のパン屋にそんな洒落た名前は必要ないね!
ヌで十分だろ。いいかいヌ! お前の名前は今日からヌだよ!
という伝わらない冗談は置いておいて、もうエカーテさんは今の職場を辞めて、この宿の仕事に就いてくれる気らしい。
仕事を辞めるのも始めるのもその日すぐにってわけにはいかないだろうが……。
この世界ではそこまで厳格な取り決めなんてあるまい。文句言われたら俺が拳で解決しちゃる。
「それで、ええと……早ければ今日から黒猫亭のお仕事に就かせてもらおうと思うのですが、大丈夫そうですか?」
ええ、全然大丈夫ですよ。お金のことも気にしないでくださいね。
エカーテさんがこちらで働いてくれると非常に助かります。
お賃金はインベントリから出せばいくらでも払えるし、いつだって受け入れ準備OKなんだぜ。
インベントリの中の資金額をあまり真剣に数えたことはないが、女の子の一人や二人どころか、千人居たって余裕で一生遊んで暮らせるくらいはあるだろうさ。
「良かったです。昨日の内に言っておくべきだったのですが、バタバタして言いそびれてしまっていて」
確かに昨日はそれどころではなかったからな……。まあそれはいい。
一日でも早くエカーテさんが宿の仕事……というか屋台の手伝いに回ってくれるのはありがたい。
早急に宿の経営を立て直して、真っ当なお賃金を支払えるようにしていかなければならんな。
***
エカーテさんとブラックリスト三人衆を見送った後、真剣に昨日の屋台の反省点を考えることとした。
屋台は昨日の盛況ぶりを見るに、当面の間は儲かるだろう。儲かるだろうが……あまりにも不安定すぎる。
接客や金勘定、調理については慣れでスピードアップが図れるだろうが、酒の補充だけはどうしようもないよな。
昨日は店のジョッキを使っていたら早々に切れてしまったし、返却もせずそこら辺にほっぽり出す輩も出てきていた。
破損は上等、数が足りないのでなんなら持ち逃げされたかもしれない。クソが。
厄介者も十人に一人くらいのペースで現れていたし、やはり事前の防犯対策も必要だ。
と言うわけで昨日の屋台の対策会議をします。
「わー!」
「わー!」
「なんでアタシまで加えられてるのよ……! 強制的に起こされたし……! 大体アタシはここの店員じゃないんだけど……!」
バレッタちゃんが非常に恨みがましい目を向けてきた。
マジでスマンね。ちゃんと昨日のバイト代は支払わせていただきます。
「高く付くんだからね……! ちゃんと払ってよ……!」
「大丈夫じゃない? ほら、こんなに稼げたから」
エウリィが食堂の机の上に複数の箱を置いた。結構重い音を響かせたな……。
箱の中は……銅貨が綺麗に整列されて収まっている。
このお金、全部昨日の稼ぎか。
「そうだよ。二十金貨と少しってところだね」
「む……結構多いわね……」
数時間働いて二十金貨か……。
人件費やら原価やらを除けば、コストパフォーマンスとしてはかなり高い方だろう。
それにしても、これ全部エウリィが手で数えたのか?
「違うよ。レジに入れたら勝手に纏めてくれるでしょ? そこから引き出して一まとまりにしたの」
なるほどぉ……流石店長だ。俺は思いつきもしなかった。
なんなら宿の主人なのにレジとやらの存在すら知らなかった。
手渡された宿泊費はそのままインベントリに入れてるくらい適当だからな。
「きじゅんがまだよくわかってませんが、うれたほうなんですよね?」
「昨日の繁盛ぶりから分かるでしょ? 滅茶苦茶売れてるよ」
「絶対にここの宿の売り上げより儲かってるわよね……」
「そうだね。うちの宿が万が一満員御礼だったとしても、一日一金貨も出ないしね」
「やどでかせぐよりもあっとうてきにもうかってるじゃないですか! もうやたいをほんぎょうにしたほうがよくないですか!?」
言うな……!
話の根幹が揺るがされてしまうからそれだけは言うんじゃない……!
まぁ、とはいえだ。屋台に加えて宿も稼働できれば、それだけ収入が増えるだろう。
「そこは人手が問題だよね。今は屋台に全員人手が回っちゃってるし」
「それに、ちゃんと人件費の事は考えられてるの……? 利益と原価の計算とかもちゃんとした上で、適切な金額を支払わないとダメなのよ……?」
……ウム! 正直に言うと俺はそこらへんが凄く適当だ!
帳簿付けとか適当にして滅茶苦茶にしてしまうこと間違いなしである!
義務教育を受けた身で大変情けないことだが、俺には経営の知識なんぞ残っていないのであった。
「まったく威張ることじゃないわよ……」
「大丈夫だよお兄ちゃん。わたしがちゃんと管理してあげるからね!」
て、店長……! なんて頼もしいんだ!
でもその管理という言葉には若干危ない響きを感じるぜ!
「いや、おかしいでしょ……! アンタ仮にも宿の主人なのならもっとしっかりしなさいよ……!」
「なーちゃんもいるからだいじょうぶですよ。けいえいのことだっておまかせなのです!」
お、おう……多分本当にできるんだろうが……。
ジーナに任せると考えると……なぜかすごく不安になるな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます