第11話 揺れる優劣
始まった決闘に、観衆は歓声をあげる。その大歓声にアリシアは思わず肩を震わすが、気を取り直して騒ぎの中心に視線を送った。
ボルケニクが放った火炎放射を、フレドリックはひらりと躱す。華麗なその姿に、誰もが見惚れた。だがそれだけではなく、フレドリックは杖を構える。そして地面に燃え広がる炎を、大きな影が飲み込み……消してしまった。
だがボルケニクはそれくらいで諦めたりなどしない。むしろその表情には、強敵が現れて嬉しい、とでも言うような満面の笑みがあった。
そして彼は大きく杖を振るう。するとその杖の先から、いくつもの炎の弾が飛び出した。その数、ざっと数えただけでも三十はある。その全てが不規則な軌道を描き、フレドリックに向かった。
そこでアリシアは気づく。あの炎の
正直、ボルケニクはここまで考えて放ってはいないだろう、と思う。となると、彼に憑いている精霊の方が微調整をしているのか。そう予測が出来た。
アリシアがそう考えている間にも、フレドリックは冷静に対処をしていく。杖に影を纏わせ、その姿を闇色の
まるで背中に目が付いているようだ。誰かが言った。自然とそう思えてしまうほど、彼は全ての攻撃に対処をしていた。どれだけ攻撃を放とうと、彼には傷一つ付かない。その美しい肌に、火傷など負ったりはしない。
圧倒的に、フレドリックが優勢だ。彼はボルケニクの攻撃をいなしているだけ。まるで相手にしていないし、本気も出していない。……観衆の感想は、そんなものだった。
フレドリックの足元で最後の炎の弾が爆ぜる。焦って、攻撃を外してしまったのだろう。誰もがそう思った。
だがボルケニクの表情を見ると、それは違うのだと分かる。彼は依然として笑いながら……爆発で生じた黒煙の中に、突っ込んでいった。どうやら黒煙で視界を奪う、という魂胆らしい。それはバーングニアス様も同じはずだけれど……と、アリシアは心の中で思わず呟く。
二人は黒煙に飲まれた。だからこそ観衆は、今何が起こっているのかが分からない。どちらが優勢なのか……それを知りたいと願っても、黒煙はなかなか引くことがなかった。
だがそんなやきもきした状態も、すぐに終わる。……黒煙を全て吹き飛ばすほどの大爆発が起こったからだ。
「!! ウィンク!!」
『はーいっ!! 任せなさい☆』
反射的にアリシアは声をあげる。そしてアリシアが杖を構えると……その先から暖かな光が迸った。その光は観客席を丸ごと覆うと、爆発の衝撃から危機一髪、聴衆たちを守った。
観衆が一斉にアリシアを見て、そしてその強さに惚れ惚れしてしまう。流石レイアナード様。光の女神だ。そんな声が飛び交った。
だかアリシアは他の生徒の安全が守れたと確認出来たら、意識はそこから外れてしまう。彼女の視線は、下に注がれていた。
──今の大爆発は、一体何が起こったの? フレドリックは無事なの?
そんなアリシアの疑問に答えるように、大爆発による煙が振り払われる。その中心で悠々と立っているのは──ボルケニクだった。
「安心しろよ、流石に殺しちまうレベルのモンは使ってないからよ……まっ、しばらく外は歩けねぇかもしれないけどな!!」
そう叫ぶボルケニクの口調は、あっけらかんとしている。決闘は、神聖なる勝負だ。殺しはしないものの、その一歩手前になら平気で踏み込むような世界だ。手を抜けば、こちらがやられる。というか、手を抜くことなど許されない。
ボルケニクは、捨て身であの大爆発を起こしたのだろうと分かった。何故なら、彼の服や髪も少しばかり燃え、端の方が焦げているからである。だがその程度で済んでいるのは、彼が火の精霊からの加護を受けているから。加護を受ける、とは当然、「守られる」ということに他ならないのだから。火は、彼自身を傷つけることはない。
だがフレドリックはどうだろう。彼に憑いているのは闇の加護。火とは真逆なものだ。あの大爆発に巻き込まれたのだとしたら、ひとたまりもないだろう……。
形勢逆転。そんな言葉が、
「──なるほど。今の攻撃は、なかなか良かったと思いますよ」
だからこそボルケニクの背後から突然現れ、そう告げたフレドリックに、誰もが驚いた。
ボルケニクは声を聞いた瞬間地面を蹴り、フレドリックから距離を取った。その焦りから出る俊敏な動きに、フレドリックは特に反応を示さない。ただ冷ややかに見つめているだけだ。
ボルケニクは思わず息を呑んだ。あれは、人間に放てる範囲での最大出力だったはずだ。なのに、目の前に立つ男は無傷。……一体、どんなトリックを使って……。
「ああ、驚いていますね。私がどうやったか説明してあげますよ。……簡単な話ですが。貴方が爆発を起こす直前、そこには大きな光が発生します。そして、光があるところに影は生まれる……。貴方の影に、少々潜り込ませてもらいました」
「なっ……なんだって!?」
ボルケニクは大声をあげる。そんな彼を嘲笑うわけでもなく、バカにするわけでもなく、フレドリックはただ淡々と、続けた。
「黒煙によって視界を奪い、どこから攻撃を放つか分からない状態にしておき、自己犠牲も厭わず大爆発を起こす……まあ加護があるので無傷なようですが。とりあえず、その気概は認めましょう。……しかし私のことを、少々侮りすぎですよ」
意味がなかった。今の一連の行動に、攻撃に、何の意味もなかった。全て見透かされていた。ボルケニクは、その事実を突き付けられる。
……彼と対峙するボルケニクも、それを見つめる観衆も、フレドリック・グルームという男の底知れなさを、まざまざと感じていた。
「さて、それでは私のターンとさせていただきましょうか」
フレドリックは温度の籠らない声でそう告げる。ボルケニクはその声に意識を覚ましたように目を見開く。そして杖を構えた。その褐色の瞳からはまだ、闘志は消えていない。
真っ直ぐで、燃えている瞳だ。フレドリックはそう思う。……こちらとあちら、温度差で風邪でも引きそうだ、とため息を吐いた。正直、もう相手の力はどの程度か……把握出来た。そして自分は問題なく勝てるのだろう、ということも。
フレドリックは地面を蹴る。その進路を塞ぐようにボルケニクは火の弾を放つが、彼はそれを避け、斬り、時には火の弾の影に一瞬だけ潜ったりと、それらを意に介さない。
すぐにフレドリックは、ボルケニクの目の前へと辿り着いてしまった。
最後の抵抗だった。ボルケニクはフレドリックの肩に手を伸ばす。少しでもダメージを、という思いからかもしれないが……残念だがそこには、小さな大精霊の姿があった。
『……目ざわり。消えて』
彼は小さくそう呟くと、その炎を摘まみ……口を開く。──その口の中に広がるのは、永遠の暗闇だった。
彼は炎を食べてしまう。傍から見れば、炎は虚空に消えたようなものだろう。現にボルケニクも戸惑ったように固まっている。……相手が悪かったな、と、フレドリックはこの時初めてボルケニクに同情した。
こくん、と、シャイの喉が小さく動いて。
『……まっずいけど、ご馳走様』
そしてその小さな舌が唇をなぞる。退屈な食事の時間はすぐに終わった。
シャイはフレドリックに視線を送る。彼は一瞬だけそれに同じように視線を返して、前を見据えた。
これ以上は時間の無駄だ。この退屈な戦いも、もう終わる。
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