第10話 戦う理由

 いよいよ主役が出揃った。だからこそ誰もが黙り、静寂が訪れる。

 戦場には戦う者のみ。決闘に審判はいない。先に倒れた方が負けという、単純明快なルールだからだ。

 だからこそ、開始の合図もない。好きに始め、好きに終わる。

「へっ……てっきり俺は、決闘前に怖気づいて逃げちまうと思っていたが……」

「……ご冗談を。言ったでしょう? 私が勝つと」

「ほぉ、年上相手に随分余裕なこった」

「それは貴方の方では?」

 二人はにこやかに会話を重ねているが、その間に火花が散っているのが見えたような気がした。やはりこの二人、根本的に正反対であり、気が合わないのだろう。

 アリシアは思わずそれをひやひやしながら見つめていた。勝つのはフレドリック。分かってはいるものの、いつ始まるか分からない勝負に、冷や汗を流してしまう。今にもお互い掴みかかりそうにすら見えたからだ。

 そこでくるんっ、と回転しながら、アリシアの横にウィンクが現れる。そして彼女は大きな瞳を輝かせた。

『あら!! 楽しそうなことになってるじゃない!!』

「まあ……お祭り騒ぎにはなっているわね……」

 ウィンクはアリシアの肩に腰かけ、楽しそうに足をバタつかせている。足の感触は伝わってくるので、そう蹴られると少し痛いな、と思いつつ、アリシアは苦笑いを浮かべて答えた。あまり楽しいとは思えない。

 アリシアは掻い摘んで、ここまでの経緯をウィンクに話した。自分が寝ている間に、とウィンクは驚いたように目を見開いている。そしてすぐに、火の精霊憑きに勝ってほしいわ、と零した。

 そう来ることは分かっていたので、アリシアは念のため「決闘に手を出したら駄目よ」、と注意した。ウィンクがボルケニクに手を貸してしまったら、間違いなくゲームバランスが崩れる。大精霊は加護を得ているものにしか基本的には見えないのだから、他の人もウィンクの関与に気づくことはない。だから、余計にタチが悪い。

 注意をされたウィンクは、分かってるわよぉー、と不機嫌そうに頬を膨らませた。頬を膨らますその動作が可愛いもので、アリシアは思わずその頬を指先でつついてしまう。少しそうやってじゃれつけば、ウィンクもアリシアの指に愛おしげに頬を寄せた。

 だがそこで、下にいる二人が構えるのが見える。どうやら対話を止め、ようやく決闘を始める時が来たらしい。

 ボルケニクはその手を天に向けると、高らかに叫んだ。

「この決闘を我らが精霊王、アニミメント様に捧げる!!!!」

 ざわりと、闘技場全体が揺れるような感覚がした、気がした。

 本気で頭を抱えてくなってくる。ここで精霊王に宣言をするなど、いよいよ学園で収まりきらない話になってきた。

 国王より遥かに卓越した存在、精霊王に宣言すること。それはつまり……決闘の結果は、何者であろうと撤回は出来ない、ということである。

 ボルケニクは、その重みを分かってやっているというのだろうか。否、あれは分かっていてそれ以上特に考えず、まあどうにかなると思ってやっているのだろうな……と、容易に想像は出来た。

 彼は良く言うとポジティブだが、悪く言うと楽観的なのだ。

 アリシアは頭痛がするのを感じつつ、少しだけ不安になってきてしまう。もし、もしフレドリックが勝てなかったら? 自分の運命がここで決まってしまう。由々しき問題だ。

 手を出してはいけない。ウィンクにそう言ったのは確かに自分だが、その言葉が今になって自身に返ってくる。

 どのような結果になっても、自分は関与できない。自分の運命も自分で決められない。それのなんと歯痒いことか。

 アリシアはもう、祈るしかなかった。手を合わせ、指を絡め、戦場に立つフレドリックを見つめる。そして彼に、自分の運命を託した。


 ◆ ◆ ◆


 フレドリックは、目の前の男の言動に思わずたじろいでいた。この男……年上に対して言葉を選ばずに言ってしまうなら、まさかここまで考え無しの馬鹿だとは思っていなかったのだ。

 ──そこまでしてアリシアが欲しいというのか。まあ、気持ちは分からないでもないが。だが、ますます拒否権を失くしてしまう彼女を憐れむ気持ちはないのか。強引に手に入れることが男らしさだと、まさかそんなことでも考えているのではないか。

 を思い出し、フレドリックは思わず心の中で毒を吐く。

(……だけど、決闘を受け入れた時点で俺も同罪か)

 フレドリックは、自分ならば彼女は拒まないと、そういう自信を持ってそれを承諾したまでだ。自分が勝てば、二人にとっては丸く収まる。それだけの話。

 強引なため、抵抗はあった。だがあそこで引けば、永遠にフレドリックはボルケニクに「腰抜け」だと思われていたことだろう。ボルケニクがこれ以上調子に乗り、アリシアに手を出す危険もある。

 理由なら、沢山ある。だが彼がこの決闘に乗り出した一番の理由は。

(──申し訳ないが、この男の言動は心底気に食わない)

 人の話を聞き入れないところ。妙に態度が大きいところ。噂を信じて根も葉もないことを吹聴するところ。女性の断りなくその体に触れること。……そしてその女性というのが、自身の愛しの恋人であるということ。

 言ってやりたかった。彼女は自分のものだと。彼女もそれを望んでいるのだと。

 くだらない妄言だと、鼻で笑われてしまいそうな文言だということは、分かっている。

 だからこそフレドリックは、力でそれを証明するしかない。

 呆れて黙ったフレドリックを、怖気づいたと勘違いしたのだろう。ボルケニクは彼を嗤った。

「どうした? 棄権をするなら今だぞ」

「……ご忠告、感謝します。ですが、戦地まで来て相手に背を向けるなど、そんな厚顔無恥なことはしません」

「ふっ……そう強がるな。その冷ややかな顔の皮、すぐに焼き尽くしてくれる」

「出来るものなら」

 もともと負けるつもりなど毛頭ない。だが今度こそ、負けるわけにはいかない、と心の中で唱え直した。

 ボルケニクはフレドリックに向け、杖を構える。魔法を使うのに、杖は必須だ。だからこそフレドリックも杖を取り出し……。

「シャイ」

『……何』

 フレドリックが短く呼びかけると、彼に加護を掛けている大精霊、ドゥ・シャイが現れる。その顔は不機嫌そうだ。

 無理もない。何故ならフレドリックは今、光の加護を受ける忌々しき乙女、アリシアのために戦おうというのだから。

 当然、フレドリックも魔法を使わねば勝てない。そのためにはシャイの助力が必要で。……不機嫌になるのも当然だ。

 フレドリックは思わず苦笑いを浮かべる。だが彼は既に、シャイに協力させるためのカードを持っている。

「精霊王に俺の惨めな姿を見させるつもりか? 

『……』

 我ながら、嫌な言い方をしている。フレドリックはそう思った。

 大精霊は、そこらにいる精霊よりもずっと、力が強い。そしてその自負がある。そうなると当然、そこには強いプライドが伴ってくる。無気力に見えるシャイにも例外なく強いプライドを有していることを、フレドリックは知っていた。

 だからこそこうして煽れば、彼のやる気を引き出せる。

 シャイは大きなため息を吐くと、フレドリックの肩に手を置いた。

『……仕方ないから、手を貸してあげる。……それに僕は、あんな下級精霊に遅れを取るとか思われるの、絶対嫌』

「……それでこそシャイだ」

 シャイは思わず、フレドリックをじっと見つめる。

 フレドリックという男は、どこか底知れないところがあった。話術に長け、こうして大精霊である自分とも対等に交渉する。終始落ち着いており、慌てたところなど見たことがなかった。

 ──いや、あの女と引き離されるときは、慌てていたか……。

 だが、それが最初で最後だ。

 見晴らしの良いところで観戦しているアリシアを見れば、フレドリックに真っ直ぐな視線を送っていた。せっかく犬猿の仲、ということで世間には通しているというのに。その視線はあからさまに愛しの者に向ける熱いものだった。他の人に見られたらどうするのだ、とシャイは思わず呆れてしまう。

 ──やはりあの、ぽやぽやしている女……気に入らない。フレドリックには、相応しくない。

 だが今は、そのアリシアのために戦うのだ。どうしても完全に気乗りすることはないが、やると言ったからには仕方がない。プライドをかけて、戦うまでだ。

 決意を固めた次の瞬間、ボルケニクの杖から灼熱の炎が噴き出した。


 ◆ ◇ ◆

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