第9話 性急な決闘

 目撃者の証言によると、こういうことらしい。

 昨夜の夕食の席で、フレドリックとボルケニクが隣で食事をしていたのだが、そこでどういうわけか口論に発展。フレドリックは「相手の意思を無視して迫ることは、紳士としてあるまじき行為ではないか」とボルケニクに苦言を呈し、それを聞いたボルケニクは、「そうお前が俺に突っかかるのは、お前がアリスのことが好きだからなんだろ?」と煽る。

 論点をすり替えるな。でもお前はアリスが好きなんだろう、そうに決まっている。そうではなく、人としてあるべき姿の話をしているんだ。……。周囲に見守られながら、噛み合わない会話が進んでいく。

 やがて呆れた様子を見せたフレドリックが、じゃあもうそういうことでいい。と告げた。

「私がどうすれば、貴方は納得するんですか」

 そう問いかけたフレドリックに、ボルケニクはにやりと笑った。

「お前がそんなにアリスのことが好きなら、彼女の婚約者の座をかけて決闘だ!! 男らしく、正々堂々と勝負!!」

 決闘。その言葉に、周囲はざわついた。決闘というのは神聖な儀式として扱われるものである。双方で賭けるものを決め、勝利した者はそれを手に入れることが出来る。逆に敗北した者は、決闘に敗北した、という不名誉が半永久的に付き纏うことになる。

 決闘という言葉を使うくらいだ。ボルケニクは本気であり、そして、フレドリックに勝つ自信がある、ということだ。年下であるとはいえ、希少属性の大精霊憑きである青年に、である。

 フレドリックも驚いていたようだが、少し考えた後……。

「いいでしょう。ただし、私が勝たせてもらいます」

 そう、凛々しい表情と共にその条件を受け入れたという。


 事件が大衆向けのメディアへと姿を変えれば、自ずと誇張表現は入って来るものだろう。しかしアリシアはその文面に記されたフレドリックの言動に、思わず胸をときめかせていた。

 ──例えいがみ合っていたとしても、私の知らないところでも私のことを大事にしてくれている。ああ本当に、彼こそが私の理想の王子様だわ。

 ……だが、疑問も残る。彼のことだ。てっきり「彼女に許可を取ってから決定した方が良い」と、彼ならそう言う気がしたのだ。だけど事実として、紙面には「フレドリック・グルームは決闘を受け入れた」と書かれている。誇張表現が入るのは様々な人に見てもらうための手法として想定の範囲だが、事実の捏造は予想外だ。第一、広報部がそんな真似をするとは思えない。毎日記事を読むようにしている彼女だからこそ、持つことの出来る信頼である。

(そうなるとやはり、彼が決闘を受け入れたのは事実……?)

 いや、それにしても、決定後でもいいから、どちらか私に一報くらい入れてくれても良いと思うのだけれど。朝の紙面で初めて知るって、どう考えてもおかしいでしょう。

 アリシアは思わず心の中で文句を言う。言葉にこそしなかったが、深々とため息を吐いてしまった。今日のみは許されるだろう、と、思いたい。


 ◇ ◇ ◇


 決闘が行われるのは、その日のことだった。昨日決めて今日行われるとは、随分性急だな、とアリシアは心の中で呟く。だが、行われるのは今日で良かったかもしれない。今日一日、いつも以上に人の視線を感じたからだ。もしこの決闘が一週間後……などと言われたら、これが一週間続くということだったのだ。耐えられたかどうか、分からない。

 もともと人の目に晒されやすい立場であるということは重々承知である。なんせ、大精霊憑きなのだから。……だが今感じる視線はそれとは全く関係のない、色恋沙汰での野次馬的な視線だ。それくらい彼女にも分かる。

 確かに気になるのは分かる。決闘ではどちらが勝つのか。そもそもアリシアの心はどちらに傾いているというのか──。

(まあ大半は、私がフレドリックに思いを寄せているなど、考えもしないでしょうね)

 だからといってボルケニクに傾いているとも思われていないだろう。日常的にアリシアがボルケニクの言動に振り回され、辟易へきえきしている、ということも誰もが知っている。彼が人目を憚らないせいだ。そしてまともな人間なら、アリシアの言動で嫌がっていることくらい理解できる。

 どう考えてもアリシアは、勝手な男たちの決闘に巻き込まれた、哀れな被害者だ。

 だが決闘をするうえでの条件が成立してしまえば、今更翻すことなど出来ない。そういう決まりなのだ。……最悪、国に泣いて頼み込めば反故ほごに出来るかもしれないが。

 そこまで考えてアリシアは、思わず首を横に振った。そんなことを考える必要などない。案じる必要もない。


 ──勝つのはフレドリック。見なくても分かるわ。


 幼少期より彼のことを隣で見てきた彼女は、何の躊躇いもなく、自信を持ってそう言い切ることが出来るのだから。


 アリシアは学内にある闘技場に足を踏み入れる。普段は魔法の鍛錬に励むための場であるが、今日は決闘のために使われるのだ。

 彼女が入ってきたことで、闘技場に集まっていた生徒たちは歓声を上げる。その全てに手を振ってから、アリシアは用意されていた椅子に腰かけた。彼女こそが、今回の決闘の戦利品。そのため、誰の目からも見える場に置かれる必要があるのだ。

 沢山の人の目が集まるのを少々居心地悪く思いつつも、それも今日で最後だ、と思い直した。

 大きく息を吸い、そして、吐く。

 彼女が凛々しく前を見たと同時、フレドリックとボルケニクが戦地へと足を踏み入れた。

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