第8話 朝の紙面

 王立マジェスペリー魔法学園は全寮制の学校だ。学園の中心には学び舎がそびえ建っており、その東に男子寮、西に女子寮がある。もちろん、異なる性別の寮に入ることは禁止されている。

 アリシアは女子寮にある自室に戻った。それと同時、ベッドに倒れ込む。

 疲れた。誰に言うまでもなく、アリシアは素直な感想を口にした。

『ほんっとう! あいつの相手をするだけで疲れるわよね~。頑張って偉いわ! アリシア!』

 そしてその独り言を拾うのは、もちろんウィンクである。あいつというのはフレドリックのことで。そっちじゃないんだけど、という反論は飲み込んだ。というか、そう言い返すような元気もなかった。

『あたしの可愛いアリシアをあんなにじめじめした陰湿な所に連れて行くなんて、本当、センスがないわよね!! せっかくあの火の精霊憑きと仲良くしてたって言うのにね~!!』

 仲良くしていたつもりはないが。一方的に迫られただけなのだが。ウィンクからしたらあれは仲良くしていたらしい。

 そこでアリシアは少しだけ顔を上げる。視界の全てに、ウィンクの大きな瞳があった。目と鼻の先にいる彼女に、アリシアは問う。

「……ウィンクは、バーングニアス様が好き?」

『ええ、人間の中では好きに近いわ!! もちろん、一番好きなのは貴方よ、アリシア!!』

「そう……私も貴方が好きよ、ウィンク」

 アリシアがそう言って笑うと、ウィンクは頬を染め、空中でひらひらと舞い踊った。自分が好きだと言うだけでここまで反応してくれるのも、なんだか気恥ずかしい。

 ウィンクは一通り動いて満足したのか、そのダンスを止める。そしてボルケニクについてこう語った。

『火の精霊憑き、彼は良いわね!! あたし、近くにいてとっても居心地がいいわ。強引で男らしいところもとってもステキ!! 彼と貴方が結婚するというなら、あたしは納得するわ!!』

 それは明らかにフレドリックを目の敵にした言い方であった。確かに彼といるとウィンクは露骨に不機嫌になるので、居心地の良さとは縁遠いことだろう。そして彼はいつでも紳士的であり、強引に物事を進めたりしない。

 早い話、フレドリックとボルケニクは真反対なのだ。

 この二人のどちらかを選べと言われれば、アリシアは間違いなくフレドリックを選ぶ。だがウィンクはボルケニクを選べと言うのだろう。

 冗談じゃない。フレドリックと過ごせないこの日々ですら苦痛だというのに、性格の合わない男性と一生を添い遂げることになるなど!!

 ……と、やはりそう言い返すことの出来ないアリシアだった。

 そこで部屋の扉が優しく叩かれる。夕食を摂りに行こう、という学友からの誘いだった。

 アリシアはそれを快諾すると、勢いをつけて体を起こす。話を打ち切るきっかけが出来たことに内心安堵しつつ、彼女は軽く身なりを整え直してから部屋を出た。


 ◇ ◆ ◇


 アリシアにとっての大事件が起こったのは、その次の日の朝だった。

 何やら掲示板の方が騒がしい。掲示板は毎朝、広報部が作成した紙面が貼られる。恐らく原因はそれだと思うが……。

『何かしら? アリシア、行ってみましょうよ!!』

 ウィンクに手を引かれ、アリシアは思わず小走りになる。そして人の輪の一番外側にいる生徒に、何の騒ぎ? と彼女は尋ねた。

 その生徒は振り返ると、小さく息を呑む。

「れ、レイアナード様っ……!?」

 生徒の言葉に、騒めきが消え失せる。その場にいる生徒の目が全て、自分の方に向いた。

 その奇妙な光景に、アリシアは思わず肩を震わす。いよいよどういうことか分からない。彼女は戸惑うしかなかった。

 周りに促され、彼女はどんどん掲示板に近づいていく。目の前に立てば、そこに何が書いてあるか読むことが出来た。

 そこに貼られていたのは彼女の予想通り、広報部の作成した朝の紙面で。……だがそこに「速報」という赤文字と共に書かれていたことは、全くの予想外だった。

 思わず彼女は、そこの見出しをそのまま読み上げてしまう。

「……フレドリック・グルームとボルケニク・バーングニアスが、アリシア・レイアナードの婚約者の座をかけて……決闘……!?」

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