【ブロマンス】君にさよならを(後編)

「え……いや、自覚してるけど……」

 ――しかし、アヤメから返ってきた言葉は、おんが想像していたものとは違った。その為、用意していた台詞が全て飛び、紫苑はただただ固まる。

 一方、アヤメも紫苑からの思いがけない告白に、ポカンとした顔で彼を見つめている。


「…………自覚……あったのか……」

 紫苑がなんとか捻り出した言葉に、アヤメは「うん」と首を縦に振る。

「だってオレ、自分としゅうのお葬式こっそり見てたし? それで、『あぁ、柊も亡くなったんだ……』って、悲しかったけど……自分の死は、割とすんなり受け入れてたし?」

「……だったらなんで毎日、律儀にインターホン鳴らして、玄関から入ってきてんだよ……」

「ん~? そこはさ、お化けになっても礼儀は忘れちゃダメでしょ。毎日、来てたのは紫苑くんのコトが心配だったからだよ。あと、勝手にどっか行った柊もその内、帰って来るかなと思ってさ」

「……兄貴はなんでアヤメの傍を離れたんだ?」

「それがさ~柊のヤツ、自分がお化けになったコトに興奮して、どっかに飛んでったんだよ。ホント、アイツって自由だよな~」

「……じゃあなんで、いまだにお化けが怖いんだよ。……アンタも、お化けだろ」

「怖いものは怖いよ! 自分と柊以外のお化けは皆、怖いの!」

 紫苑の疑問に、アヤメは一つ一つ丁寧に答える。そして、紫苑が呆れて黙り込むと、「もう聞きたいコトないの?」と問いかけた。その言葉に頷いた紫苑は、深いため息をつき、アヤメを見据える。


「アンタもやっぱ自由だな……道理で兄貴と気が合う訳だ」

「いや、全然、合わないから! 変なコト言うのやめてよ~」

「それはこっちの台詞だが?」

「うわっ! ホントにいた!」

 柊と気が合うと言われ心底、嫌そうな顔をするアヤメの背後から、ムッとした男性の声が聞こえる。驚きながらアヤメが振り向くと、そこには紫苑の兄である柊がいた。

 柊は腕を組み、自分より少し背の低いアヤメを見下ろし、『やれやれ』と言いたげな顔をしている。


「遅いぞ、アヤメくん。いつまで待たせる気だ」

「知るかよ! 廃墟こんなとこにいるなんて、想像できる訳ないだろ!」

「君と僕の思い出の場所と言えば、ここ一択だろう!」

「絶対に違う! 他にもたくさんあるから!」

 アヤメと口喧嘩見慣れたやり取りを横目に、紫苑は小さなため息をつきながら、車のドアノブに手をかけた。それに気がついたアヤメは「紫苑くん待って!」と言って、彼を引き留める。

 ゆっくり振り向いた紫苑と、心配そうなアヤメの目が合う。

 紫苑は少し目を伏せた後、もう一度きちんとアヤメに視線を合わせ、微かに笑った。


「俺は大丈夫だ。車の運転も出来るようになったし、もう二度と機械は壊さない。アヤメが心配する事は何もないから……さっさと成仏しやがれ」

「そっか……。分かった、それなら成仏する。でも、お盆になったら二人で帰ってくるね」

「帰って来なくていい……」

「も~素直じゃないな~」

 アヤメは少し寂しそうな顔で紫苑を茶化し、彼の頭にそっと手を添えて、ふわふわ撫でた。触れられている感覚がない事に、胸が痛む紫苑だったが、それを誤魔化すように「ガキ扱いすんな」と呟く。

 そんなを見ていたは一瞬、呆れ顔になった後、「紫苑」と声をかける。


「父さんと母さんを頼んだ」

「分かってるよ、馬鹿兄貴」

「誰が馬鹿だぁ!」

「うるせぇなぁ……アヤメ、とっとと連れてけよ」

「ソレとはなんだぁ! 君は昔から兄に対して――」

「はいはい、行くよ~柊」

 湿っぽい別れは嫌で、わざと悪態をついた紫苑に乗っかった柊はアヤメに手を引かれ、空高く飛んでいく。その途中、アヤメがチラリと紫苑を見ると、彼はもう車に乗り込んでいた。

「バイバイ、紫苑くん。元気でね」

 アヤメのその声は、紫苑の耳に届いていない――。


「じゃあな、兄貴……アヤメ。仲良くしろよ」

 ――それでも紫苑は車の中で一人、そう呟き、目の端に涙を浮かべた。

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