【ロマンシス】君と一緒に

 高校三年生のまりが、初めてその少女の幽霊を見たのは、六歳の時だった。


 幽霊の名はトワ。おばあちゃんのような口調で話す、浴衣を着た五歳くらいの可愛らしい女の子だ。


 幼くして事故で両親を亡くした鞠花は、優しい叔父と叔母に引き取られた。案内された部屋には既に、勉強机や本棚など家具が一式揃っており、ベッドには大の字で寛ぐトワの姿があった。


 物心ついた頃から鞠花は霊感が強い。しかし、見えるのは子どもの幽霊ばかりで、彼女はそれらを怖いと感じた事がなく、常に無表情でスルーしている。だからその時も、トワと……いつの間にか部屋の隅にいたの幽霊も、見えていないフリをした。


 いつまでもベッドから離れないトワの、感触のない腕を枕代わりにし、彼女の隣で鞠花は平然と眠る。そんな風に淡々と過ごす鞠花を、トワは気に入り、自分の孫のように可愛がった。鞠花も徐々に、トワに心を開いてゆき、部屋では共に過ごすようになる。




「おかーさんとおとーさんは、天国へ行ったのかな……」

 ある日の夜。ベッドに横になった状態で鞠花はボソッと、そんな事を呟いた。彼女の隣で寝転んでいたトワは上体を起こし、部屋の隅に視線を向ける。


「……あそこにおる二人が、ではないのかい?」

「え……?」

 鞠花は驚きながら起き上がり、トワと同じ方を見た。


 彼女達の視線の先には、手を繋いだまま立ち尽くす少女と少年の幽霊がいる。鞠花は二人の顔を熟視した事で、両親の面影を感じたものの、子どもにしか見えない為、首を傾げた。そんな鞠花を見て、トワは「あぁ……」と納得したような顔をする。


「人はな、亡くなると、幼き姿になるのじゃ」

 トワの言葉を受け、鞠花は『確かに大人の幽霊は見た事がない』と思い、そっと子ども達に近づく。


「残念じゃが、その二人には、生前の記憶はない。それでもここにいるのは……余程、鞠花の事が心配で、無意識に憑いてきたからじゃろうな。十年経てば、記憶を取り戻すが……その代わり、生まれ変わる事ができなくなってしまう。……わしのようにな。ゆえに……寂しいかもしれんが、可能であれば十年以内に、別れを告げてやるべきじゃろうな」


 トワは優しい口調で、しかしどこか寂しそうな声で、丁寧に説明する。彼女の話を最後まで黙って聞いていた鞠花はじっと、子ども達を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「おかーさん、おとーさん、ありがとう。わたしはもう大じょうぶだから……天国に行って、ちゃんと生まれかわってね」

 鞠花が精一杯の強がりの言葉を言い切ると、子ども達は微かに笑って頷き、すうっと消えた。


「……鞠花は強い子じゃのぉ」

 ベッドに戻り、壁側に顔を向けて寝転がった鞠花の頭を、トワはそっと撫でる。そして、同じように横になり、鞠花が泣き止むまで彼女をふわりと抱きしめ続けた。






「高校を卒業したら旅に出るの」

 それから十年以上の月日が経過したある日。鞠花はトワにそう告げた。


 トワは最初、キョトンとしていたが、直ぐにベッドの上で正座をし、「また唐突だのぉ……」と言う。トワは十年以上、傍で鞠花を見守ってきた。その中で、彼女の唐突な思いつきと、それを実行する行動力に驚かされる事も多かったが、これまた予想外の言葉にトワは少し戸惑う。


「唐突じゃないわ。バイトだって、の為にしていたもの」

 そう言われても、初耳である以上、トワからすれば唐突である。だが、そこを突っ込むとキリがないので、トワは言葉を飲み込み、「いくつか質問してもいいかい?」と問う。すると、鞠花はコクンと頷き、トワと向き合った。


「進学はせんでいいのかい?」

「叔父さんと叔母さんに、そこまで負担をかけるのは嫌なの」

「ふむ……ならば、仕事はどうするんじゃ? バイトで貯めたお金も、いずれは尽きるじゃろ?」

「しばらくはフリーランスで、ウェブ記事の執筆を中心に請け負う予定よ。その為のポートフォリオも作成中だし。それから旅の最中に、何かやりたい仕事を見つけて、その職に就くつもりよ」

「ほぉ……今時って感じじゃのぉ。では、叔父殿と叔母殿にはこの事を話したのかい?」

「勿論、話はもうついているわ。説得に時間はかかったけど、最終的には私の意思を尊重してくれたの」

「おぉ……相変わらず、鞠花はしっかりしとるのぉ」


 トワは心底、感心した後、一番気になっている事を口にしようと思ったものの躊躇ためらう。 珍しくモジモジしているトワを見て、鞠花は困惑気味に「どうしたの?」と聞く。


「えっと……その、わしは……ここを離れられん訳ではないが、鞠花の邪魔はしたくないしのぉ……」

「え? トワも一緒に行くでしょ?」

 かなり遠回しに『着いて行きたい』と口にしたトワに、鞠花は微かに目を見開き、そう問いかける。予想外の問いに、トワは固まり、鞠花の顔をじっと見る。


 長い沈黙。それに耐えきれず、先に口を開いたのは、鞠花だった。


「……もしかして、着いてきてくれないの?」

「いや……寧ろ良いのか?」

「良いも何も、トワは絶対に着いてきてくれると思っていたのだけど……」

 鞠花はあまり見せない不安そうな顔で、トワを見つめる。そこでハッとしたトワはブンブン首を横に振り、ベッドの上に立ち上がった。


「ふっふっふっ……仕方ない。わしも一緒に憑いて行ってやるとするかのぉ」

 トワはとても嬉しそうな笑みを浮かべ、鞠花はホッと胸を撫で下ろす。

 そんな二人は顔を見合わせ、ふわりと笑った。

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夏の幽かな君 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

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