第十三話 世界は回る、くるくると回る

 レンガと木の模様が建物を彩る。人々の歩く音は石畳を伝い雑踏となる。

 見知らぬ顔が闊歩し、建物と屋根の隙間から見えるのは見慣れない空。

 ここは人の住む町。名前はセミテ。


「はぁ~、人がいっぱいだあ」


 身も心もおのぼりさんになった啓太が感嘆の声を上げる。


『勇者よ、冒険者ギルドに登録し、クエストをこなすのです……』


 妖精がNPCみたいなことを言い出した。


「なんで」

『勇者としての名をあげ、魔王討伐のための収入を得るのです』

「名前はどうでもいいけど、お金は要るね……」


 しばらく腕を組んで考え事をしていた啓太は、顔をあげると町の中を歩き出した。


『どこへ行くのです』

「まずはお風呂と服!」


 啓太は街中を思うように歩き回り、風呂屋を見つけて中に入ったら薄暗くて変だな思ってたら薄着のお姉さんが出てきて別の風呂屋じゃんヤバイ即逃げした後、大通りにある普通の風呂屋で身を清め、服を買いに窓の無いウインドウショッピング、外からよく見えないので飛び込んでみたらさっきの普通じゃない風呂屋でおどろきの逃走。

 息を切らせた啓太は、顔を上げると汗をぬぐう。


「服はもう後からでいいや。冒険者ギルドはどこ」

『こちらです』


 妖精の先導で町の通りを歩く啓太。


「そういえば、妖精さんって注目されないね。めずらしいのかと思ってた」

『普通に妖精族というのがいます。私はその姿を借りているだけです』


 二人は通りの端に程近い、少し日の光が当たりにくい所にある大きめの建物の前にやってきた。


「ここが?」

『そうです……冒険者ギルド、その名も“こんにちは仕事”です』


 啓太は妖精を見た後、建物をしばらくながめて、また妖精に視線をもどした。


「……ハ○ーワーク?」

『違います。こんにちは仕事、です。間違えないでください』


 妖精は大事なことなので名前を強調した。

 なお、この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称等は架空なので、実在のものとは関係ありません。


「……ああ、うん。こんにちは仕事ね、分かったよ」

『分かってもらえて何よりです』


 納得した二人は、まとわりつく違和感を振り払うように元気よく進み、建物の中へと入っていった。




 ギルドの建物内部はどこか薄暗く、沈んだ雰囲気に包まれていた。

 入り口からまっすぐ入った所に受付があり、恰幅のいい中年男性が室内なのに遠くを見るような目をして座っている。

 彼の目に映るのはこの世界の闇か、それとも壁か。


「あの、すみません」


 啓太の声に中年男性はゆっくりと宙をさまよっていた視線を下に下ろす。

 ぼんやりした男の目に光が宿り、その口は大きく開き歓迎の声を上げる。


「ようこそハ○ーワークへ!」




――(しばらくお待ちください)――




「ようこそ冒険者ギルドへ!」


 若い女性の受付が明るい口調で歓迎の声を上げる。


「あのさ、今……」

『全ての悪しき考えは去り、憂うべき何事もなく、すべて世は事も無し、です』

「……うん、まあいいけどさ」


 何事も無かった、うん、きっとそう……啓太はそういう気持ちで受付の前に進む。


「あの、すみません」

「へいらっしゃい!」


 受付のお姉さんは粋でいなせだった。


「ここはじめてなんですけど」

「はい初めて頂きましたー!」


 受付のお姉さんはどこかおかしかった。

 啓太は横にいる妖精に小声で話しかける。


「ここ冒険者ギルドだよね?」

『そうですよ』

「それではハッスルターイム! どちらのお客さんもお楽しみくださーい!」


 お姉さんの声と共に建物内部の明かりが消え、薄暗い空間に




――(しばらくお待ちください)――




「ようこそ、冒険者ギルドへ」


 落ち着いた雰囲気の女性の受付が、微笑みながら啓太達を歓迎する。


「あのさ……」

『大丈夫、大丈夫です。仏の顔は二度と裏切りません』

「それだと次も駄目なんじゃないの」


 ぼそぼそと話す二人を見つめていた受付の女性は、やさしく微笑みながら一枚の紙を取り出した。


「ふふふ、はじめてなのね……じゃあこの申込用紙に記入してくれるかしら」

「あ、はい」


 啓太は受付の女性を前に少し緊張している。

 落ち着いた大人の女性、それでいて優しげな雰囲気が周囲をも暖かくさせるような。

 啓太が慣れない羽根ペンを使って名前を書いている。

 妖精がそれを覗き込む。


『勇者よ、結婚するんですか?』

「? 何が?」

『それ婚姻届です』

「えっ」


 驚いた啓太が書類から顔を上げて前を見ると、なんか息を荒くした大人の女性がフーフー言いながらこっちを熱く見つめている。


「一緒になりましょおおおおぉぉぉ!」

「チェンジィィィィ!」

『少し待っ




――(しばらくお待ちください)――




「ようこそハ○ーワークへ!」


 恰幅のいい中年男性が声を張り上げる。

 ここは冒険者ギルド。取り返しのつかない場所。


「一周しちゃった」

『どれがいいですか』

「これが一番マシだと思う」

『不本意ですがやむをえませんね……』


 二人は世界を選択する。たとえそれがどんな結果を招こうとも。

 選ぶべき未来はいつだってあやふやで曖昧、そして少しばかり悪趣味。

 次回「冒険者ギルドに登録してみよう」

 物語は進む。まるで三車線の道路が工事で二車線通れなくなった時のように。

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