第十二話 草原に吹く風は崖から落ちたりする

 太陽はさんさんと輝き、空は抜けるように青く、絹のカーテンのような雲が青い隙間を埋めるように漂う。

 地上では草木の匂いを風が運び、木陰の緑はより深く――


「ここどこ!」


 歩いて二日のセミテの町を目指した啓太と妖精の二人旅。

 出発から一週間ほど経った現在、現在地不明、目的地不明の、いわゆる絶賛迷子中だった。


「ちょっと! 近道って言ってたのにどういうこと!」


 出発して一時間ほど経った時、妖精が「こっちが近道です」といって指し示した道……それが泥沼の始まり。


『抜け道、逃げ道、近道……「地道」を行くことを避けていては何も得られないのです』

「お前が言うなって言っていいかな! もう言っちゃってるや畜生!」


 二人は今山を登っている。

 高い所なら町が見えるかも、そんな希望を胸に抱く登山。

 これまでの徒労を思えば足は重く、これからの苦労を想像すれば身体も重く。


「ん……?」


 無心で歩く啓太の耳に、清流のせせらぎが聞こえてくる。


「川?」

『そのようですね』

「やった! 水! 水!」


 飲み水を補給して、身体も洗おう! そんな想いを胸に啓太は走る。

 茂みをかき分け、倒木を乗り越え、渓流をその目にとらえた啓太に電流走る。


「水うめえwwwwwwwwwww」


 そこでは古の知恵ある竜が川の水をゴクゴク飲んでいた。


「ねえ、あれ……」

『あの時の竜ですね』


 二人が遠くから見守る中、伝説に語られる偉大な竜は川に顔を突っ込んで水飲んでくしゃみして鼻から噴射。


「ブフォwwwwww鼻から水wwwwww鼻水パワーwwwwww」


 しばらくその様子を見ていた二人は、時間を無駄に過ごしていたことに気づき、建設的な行動をとるべく変な噴水に背を向けて歩き出す。


「ぶうぇーくしょーいwwwwww」


 知恵ある竜が豪快なくしゃみとともに炎のブレスを吐き出した。

 歩く啓太のすぐ横の木々が炭化して黒い塊へと変わりなぎ倒された。

 古き伝説の竜の目に、驚いて固まった啓太の姿が映る。


「おっwwwおっwwwいwwのwwちwwの恩人wwwwそwこwにwいwたwの」


 偉大な竜がどすんばたんとしっぽを振り回してそこらへんを更地にしながら走ってきた。


「はあ……お久しぶりです」

「んもーwwwお礼ww言おうと思ってたのにwwwwwいないwwwwんだものwwww」

「(……うざいな)」

『(……うざいな)』


 二人の心はまた一つになった。


「じゃあ、お元気で」

「見てwww見てwww一番wwwファイヤーブレス吐きますwwwwwwオゲェー」


 太古より生きる伝説の竜はゲロを吐いた。


「まwwwちwwwがwwwえwwwちゃったwwwテヘッ」

「(……イラッ)」

『(……イラッ)』


 二人は軽めのストレスにさらされた。


「助けてwwwもらったwwwお礼にwww願いをwww一つwwwかなえてwwwやろう」


 数多の記録に登場する伝説の竜は、両手で口を押さえてプフーとか言っている。

 妖精は小声で啓太に話しかけた。


『何か適当なことを言って追い払ってください』

「ええ……」


 無茶振りをうけた啓太は少し考えた後、伝説の竜に話しかけた。


「えーとそれじゃ、セミテの町ってどこにあるか教えてください」

「セwwミwwテwwの町wwwオッケーwwwこっちwwwこっち」


 突然走り出した竜は木々をなぎ倒し、岩を蹴り飛ばしながらまっすぐ進んで、その先にある崖から飛び出し地面に向かって旅立った。


「崖wwwwウケルwwww」


 いきなりの投身自殺に固まっていた啓太は、遠ざかる竜のよく分からない笑い声に我に返った。


「……大丈夫なのあれ」

『肉体的な意味でなら竜はあれくらいで死にませんし、精神的な意味なら最初から手遅れです』

「じゃあいいや」


 すっきりと割り切った啓太は、偉大な竜が落ちた崖の先を眺めた。

 緑に覆われた山、川は緩やかなカーブを描き、森の向こうには草原。

 草原の先、遠くに何か建物らしきものが見える。


「……あっ、あれ町じゃない?」

『ああ、あれはセミテの町ですね』


 ようやく目的地をその目にした啓太は、身体に力がわいてくるのを感じた。

 どこに向かっているかも分からないこれまでとは違う、確かな目的地というものが彼に力を与えている。


「ありがとう竜さん、君の事は忘れない」


 啓太は歩き出す。顔をあげて前を見据えて。


「地面wwwwやばいくらいwwww地面」


 どこか遠くで声が聞こえたような気がしたが、啓太は聞かなかったことにした。

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