第十一話 奪われた村(後編)

「……おいしい!」


 啓太はあぶった燻製肉をパンにのせた物をいただいていた。

 単純だがそのシンプルかつ直球な味わいに、手と口の動きが止まらない。


「……気に入ってもらえて何よりだ……副村長」


 知らない間に副村長に就任していた啓太は、副村長らしく口の中のものを吹いた。


「え、なんで、聞いてない」

「……そこの小さいのが、ぜひともやらせてくれ……と」

「どういうこと」

『頑張ってください』

「相談! 相談して! 本人無視しないで!」

『相談したら絶対断るじゃないですか』

「当たり前ー!」

「……副村長、お代わりは……どうだ?」

「あ、お代わりはもう……」


 ふと啓太の頭に一つの疑問が浮かぶ。


「あの、食べ物はどこで手に入れてるんです?」


 このテーマパークの惨状をみれば、収入はかなり悲惨なことになっているはず。


「……二日ほど歩くとセミテという大きな町がある……そこで買うのと、後は自給自足……だな」

「お金はどうしてるんです?」

「……見ての通り、ここはほとんど金にならない……別口の収入が……」


 村長の言葉の途中で、風を切る音と共に、周囲に棒のようなものが地面に突き刺さる。


「えっ」

『弓兵の矢ですね。魔王軍が接近しています』

「……また……来たようだな」


 村長がゆらりと、炎のゆらめきのように立ち上がる。


「……副村長はあそこに隠れていてくれ……」


 村長が指差した先には、しっかりとした壁に周りを囲まれたいかにも頑丈そうな建物があった。


「村長さんは……?」

「……アトラクションの時間だ……もちろん無料……楽しんでくれ」


 村長は村の外に向かって歩き出す。

 村長に向かって次々と飛んでくる矢。まるですり抜けているかのように村長に当たらない。


『さあ、勇者よ、武装した魔王軍300人と四天王を討つチャンスです』

「絶対無理」


 啓太は全力で走りだす。

 村長の指示した家にたどり着くと急いでドアを開き中に滑り込む。

 二階にあがった啓太は、窓からそっと外を覗く。


「なんで魔王軍がここに?」

『邪魔なのでしょう』

「四天王もいるの?」

『狂える赤い炎のゼン(七代目)ですね』

「また代替わりしてる……」

『そんなことより勇者よ、今こそ武勇を見せる時です』

「武装した相手に?」

『たかだか槍と剣と弓矢を持ったのが300人です。知恵と勇気でこてんぱんにしましょう』

「普通に無理だからね」


 啓太は窓の外をじっと見つめる。その視線の先にいた村長は、近くの木々の間にまぎれて見えなくなった。


「村長、大丈夫かな」

『大丈夫でしょう。王国軍特別機動部隊の隊長を務めていた人物です』

「……それはすごいの?」

『資料を見ると特別機動部隊というのは村長一人の部隊だったようですね』

「え?」

『単騎で敵に突入しての戦闘を得意とする。かく乱と陽動に関して右に出るものはない、とあります』

「えっ?」

『他の部隊と共同作戦をとるのが苦手で、戦果は巨大だが集団戦において邪魔になるので首になった、そうです』

「なにそれ」


 啓太は突っ込むのも忘れてただ唖然とするしかなかった。




「前進!」


 狂える赤い炎のゼン(七代目)の号令がかかる。

 槍を構えた兵士たちが隊列をそろえて村に向かって進む。


「ゼン様、さすがの奴もこの軍勢の前にはひとたまりもないでしょうな」

「油断するな……そうやってお前達は何度も失敗したのだろう」


 ゼンの目に射すくめられた副官は、おびえた目をしながら体を縮めた。


「来ました! 奴です!」


 伝令の声にゼンが草原の先にあるものを見る。

 痩せた貧相な印象の男が、陽炎のように立っていた。

 無造作に短く刈ってある髪の下にある目からは暗い炎が立ち上る。


「……本日は当テーマパークにおいでいただき……感謝の極み」


 馬上のゼンと男の視線が交錯する。

 男はゆっくりと腕を前方に伸ばし、人差し指を立てた。


「……逃げ帰れば無料……これ以上近づけば……有料だ」

「構え!」


 ゼンの声が魔王軍を奮い立たせる。

 先頭の槍兵が獲物を前方の男に向ける。


「突撃!」


 ゼンの号令を受けた槍は、男に向かって殺到する。

 先端が男に触れるか触れないか、その刹那、煙のように姿が消えた。


「……!」


 先頭の部隊に動揺が広がる。


「落ち着け! 周囲を警戒!」


 いち早く立ち直ったゼンの声が周囲に響き渡る。

 浮き足立っていた部隊が落ち着きを取り戻していく。


「ぐあっ!」


 魔王軍部隊中央に突然の血煙。

 突然現れた男の周囲が血に染まる。


「なっ、こいつ!」


 兵士が剣を男に向かって振り下ろす。手ごたえ無く地面に刺さった剣、持ち主は赤く染まりながら後を追う様に倒れた。

 周囲の兵士が血走った目で男の姿を――


「消えた!?」


 赤く染まる地面にあるはずだった男の姿は掻き消えた。混乱する兵士達を残して。


「うわあああ!」


 魔王軍左翼から叫び声。

 動揺する兵士の声と赤い雨が降り注ぐ。


「密集陣形! 離れるな! 隙を作るんじゃない!」


 ゼンの声が一方的な戦場に秩序を取り戻そうと響き渡る。


「うわっ」


 移動していた兵士が突然胸の辺りまで地面に埋まる。

 ゼンの目がそれをとらえた。


「落とし穴……? いや違う……地下の穴……通路か!」

「……正解だ」


 ゼンの背後、赤い噴水を上げる副官のそばに男が立っている。陽炎のようにゆらめきながら。


「貴様……」

「……本日は特別キャンペーン中……割引料金で結構だ」


 ゼンは馬上で己の剣の柄に手をかける。


「いくらだ?」

「……そうだな、あんたの命……なんてどうだ」

「断る!」


 背後の男を斬ろうと剣を抜い――


「……毎度」


 ゼンだった物体は赤い河と共に馬上から地面へと流れ落ちる。

 後に残されたのは頭を失い、動揺と混乱と不安に押し流される戦場だけ。




「なんか静かになった」


 二階の窓からおっかなびっくり外を見ていた啓太がぽつりと言う。


『大勢は決したようですね』


 妖精の言葉に外を見た啓太は、村の入り口から村長が歩いてくる姿を見た。


「あっ、帰ってきた」

『行ってみましょう』


 啓太と妖精が建物から出ると、村長が何かたくさん抱えてこちらに歩いてくる所だった。


「……ちょうどよかった……副村長、少し手伝ってくれ」

「あの、それどうしたんです?」


 村長は剣と槍を束にしたものを地面に置いた。


「……魔王軍から頂いた……別口の収入だ」

「え?」

「……たまに魔王軍が来る……武具をいただいて……町で売れば金になる」

「どのくらいですか」

「……まあまあ」


 村長は、ふふ、と不気味な笑みを浮かべた。

 ふと、啓太は思いついたことを言ってみた。


「じゃあ、魔王軍を主な収入源にしたらどうです?」

「……どういうことだ?」

「いや、そっちの方が儲かるなら、ターゲットをそっちにした方がいいかな、って」

「……ほう」

「普通の人は来ない、魔王軍はたまに来る、ならたまに来る方を重視した方が」

「……ほうほう」

「魔王軍が頻繁にやってくるような村にしたら大儲けなんじゃない、かな」

「……一理ある」


 村長は暗い情熱の炎を瞳に宿しながら啓太を見る。


「魔王軍の被害にあった人達を集めて、村を栄えさせたら魔王軍も無視できない」

「……なるほど……この村を戦略上無視できない状況にすればいい、か……まかせておけ」


 ――そういうのは得意だ。


 村長は口の端を少し吊り上げてそう呟いた。


『何を話しているのです』


 妖精がふわふわとどこかから飛んできた。


「妖精さんどこ行ってたの」

『魔王軍を浄化に。四天王狂える赤い炎のゼンの討伐に成功、大金星です』


 妖精は上機嫌に粉を撒き散らす。


「……ふっ、こちらも今後の方針が決まった……今夜はささやかな宴としよう」


 村長も上機嫌。多分。

 副村長も適当に言ったことが村長に納得してもらえてほっと一息。

 その後始まった、ひそやかで質素な宴は夜遅くまで続いた。




 一夜明けて、啓太と妖精はセミテの町を目指し旅立つことになった。

 村長から水と食料、それと少しばかりのお金を都合してもらう。


「それじゃ、村長いろいろとありがとう。がんばって」

「……ああ、任せておけ……いい感じの戦略拠点にしてみせる」


 啓太と村長の二人は固い握手を交わす。

 二人は手を振りながら歩き出した。


「……ねえ」

『なんですか』


 しばらく歩いた所で、啓太が呟く。


「これで、よかったのかな。いや本当にマジで」

『今更ですね』

「うーん、さすがにあれはなあ」

『多分もう二度と会うことは無いでしょう、気にしない気にしない』

「ドライ!」


 二人はセミテの町を目指し、のんびりと歩いていくのだった。

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