第2話

 雨が降ってきたので画員は傘を持って図画署に向かった。

 建物の出入口を見ると妻が笑顔で同僚から傘を借りているのが見えた。

 画員はそのまま帰ってしまった。

まもなく妻が帰ってきた。

「雨が降ってきたけど、同僚が余分に傘持ってたので、助かったわ」

 画員は不機嫌な表情で妻の言葉を聞いた。


酒涙雨

「七夕の絵かい」

 熱心に筆を動かす妻に画員が背後から声を掛けると

「うん、ちょっと頼まれてね」

と筆をとめ、振り向いて応じた。

「今年は酒涙雨がなさそうだ」

「年に一回の逢瀬が雨で駄目になるなんて気の毒よね」

「ああ、夫婦はやはり一緒にいるべきだな」

「そうかしら」

 夫の言葉を妻は冷たく否定した。


すやすや

 部屋に入ると妻は机に伏して眠っていた。

「よほど疲れていたんだな」

 画員は側にあった上衣をそっと掛けた。

 ふと、遥か昔、同じことがあったのを思い出した。すやすや気持ちよさそうに寝そべっていた半裸の少女に脱ぎ捨ててあった上衣を掛けてやったのだ。当の本人は、そのことを既に忘れているだろう。


肯定

 少女時代、彼女は結婚に恐れを感じていた。

 一日中、絵ばかり描いていて家事が苦手で嫌いな自分に対し周囲は否定的に見ていた。

 そして、婚姻が決まると彼女に無理矢理家事を仕込んだ。

 挙式後、初めて新郎と二人だけになった時、彼は言った。

「家事は全て使用人がやるから君は今まで通り絵を描いていればいい」

 夫は彼女を肯定してくれたのだった。


飴色

「飴色の簪、売れたのか」

 店に来るなり画員が言うと

「さっき、生員どのが買っていきましたよ、姉上に贈るといって」

と少年が答えた。そして

「夫人にあげるのだったら、こちらはどうですか」

と言いながら華やかな髪飾りを見せた。

「うん、うちのやつにはこれの方が似合いそうだ」

 画員は髪飾りを買った。少年は高価な物が売れたと内心喜んだ。


解く

「これ、生員どのの姉上からだ」

 こう言いながら画員は妻に包みを渡した。

「何かしら」

 妻が包みを解くと絵筆が数本出てきた。

「すごい、高級品だわ」

「本当だ」

「生員どのの姉上の夫君って富豪みたいね」

「いや高級官僚だろう」

「どういう経緯で結婚したのかしら」

 二人はあれこれ推測するのだった。



「子供の頃、蛍を集めて網籠にいれて灯火代わりにしようとしたけどだめでしたね」

 庭に飛び交う蛍を眺めながら弟宮が言うと

「蛍雪の功なんてあり得ないことがよく分かったわ」

と王妃は笑いながら答えた。

「楽しそうだな、何の話をしてたのか?」

 王がやって来て聞くと

「故事成語には間違いが多いってこと」

と王妃が笑顔で答えた。

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