木槿国の物語・日常茶飯譚

高麗楼*鶏林書笈

第1話

賑わい

 市場の広場は多くの人々で賑わっていた。遊覧曲芸団が久しぶりに興行をしているからだ。

 その光景を横目に見ながら画員は店の中を物色する。主人の少年は妻と生員どのと興行を見物中だ。出し物の仮面舞のファンの少年に代わって店番を買って出たのだが、その目的は酒だった。だが、何処を見ても見当たらない。

 飲み放題の目的を少年は感付いて隠してしまったようだった。


名残

 遊覧曲芸団の興行が終わり、人々は広場を離れ始めた。しかし、少年は名残惜しそうにその場に残っていた。

「行くわよ」

 画員の妻が言うと

「興行は秋にまたやるよ」

と生員が続けた。

 そんなことは分かっている。ただ、このワクワク感が当分しないと思うと何か物足りない。いや、秋を待ちながら心を弾ませよう。

 少年は歩き始めた。


甘くない

「うちの料理人が新しい菓子を作ったんですけど」

 少年はこう言いながら、卓上に菓子を盛った皿を置いた。

 まず、画員の妻が手に取って食べた。

「あら、美味しいわね」

「甘くないかい」

 画員が聞くと

「全然」

と妻が答えたので彼も食べてみた。

「うまい」

 画員が言うと「では私も」と生員も手を伸ばした。


文鳥

「この鳥は何ていうの」

 扶桑国の絵を見ながら画員の妻が聞くと

「文鳥っていうんだ」

と生員が答えた。

「最近、扶桑国で人気の鳥です。御入用でしたらお持ちしますけど」

 少年がさりげなく営業すると

「駄目だ、これ以上世話は出来ない」

と画員が妻を見ながら断った。


報酬

「そろそろ帰るか」

 画員が立ち上がると少年が「ちょっと待って」と言いながら店の奥から酒壷を持ってきた。

「留守番の報酬です」

「これはどうも」

 礼を言いながら受け取った画員は、「あれだけ探して見つからなかったのに、いったい何処に隠したんだ」と不思議がった。

「帰るわよ」

 隣にいた画員の妻は急かすのだった。



ぽたぽた

 朝、市場の店に行ってみると、ぽたぽたと水滴が落ちていた。天井に穴があいて屋根に溜まった水が落ちてきたようだ。

 少年が見上げているところに生員がやって来て訊ねた。

「どうしたんだい」

「雨漏りがするんです。直す費用を思うと頭が痛いです」

「市場の契の積立金を使えばいいじゃないか」

「この間、全て持ち逃げされました」


静かなる毒

「最近、亡くなった大監どの、実は奥方に殺されたらしい」

 おもむろに生員が言うと

「高齢だったので自然死だと思っていましたが」

と少年が応じた。

「毎日の食事を美味だが身体に負担の係る物にしたようだ。奥方っていっても妾女なんだけど元料理人だけあって食物には詳しいんだ」

「普通の食べ物を使って人を死に至らしめることが出来るなんて、まるで静かなる毒を使ったようですね」

「うん、世の中、何が毒になるか分からないね」


門番

「表通りの屋敷の門番やってた子、科挙の雑科に合格したんですってね」

 店に来た生員に少年が言った。

「そうなんだ、主人や屋敷に出入りする人々の会話を耳にしているうちに自然に知識が蓄積したらしいよ」

「凄いですね」

「うん、何年も勉強しても受からない人が多いからな」

「天才なのかも」

「そうだね」


方眼

 方眼が描かれた板の上に黒と白の丸い石を並べられた。

「これが囲碁というものですか」

 少年が聞くと

「そうだよ、こうやって相手の石を囲んで採っていくんだ」

と生員がやって見せた。

「なんか難しそうですね」

「いや、いたって単純だよ。ただ、単純なものほど無限に応用出来るんだよ」

「そうですか」


渡し守

「連続強盗犯、捕まったそうですね」

 少年が生員に聞いた。

「うん、川を渡ろうとしているところを渡し守に見られて通報されたんだ」

「曼珠国に逃げるつもりだったのでしょうか」

「みたいだね、国外に逃亡されたら厄介だったよ」

「とにかく、これからは安心して商売が出来ます」

「よかったな」



朝顔

「朝顔柄ですね」

 女服を着て店に来た画員の妻の下衣をを見て少年が言うと

「そうなの、お気に入りの一つよ」

と笑顔で妻が答えた。

「俺が買ってやったんだぜ」

側にいた画員が誇らしげに言うと

「何言ってるの、結婚前に父親に買ったもらったのよ」

と妻が反論した。

 どちらかが記憶を書き換えているなと少年は思った。


砂浜

「砂浜で女性の衣を拾うって昔話ありましたよね」

 少年が画員の妻に聞いた。

「羽衣物語ね。モテない男が羽衣を隠して持ち主の天女と一緒になる話で、結局、男は捨てられるんだけどね」

 妻が答えると

「ちょっと違うぞ。捨てられたんじゃなくて別れさせられたんだ」

と画員が言った。

「そうだったかしら」


触れる

 画員の妻が疲れ切って店にやって来た。

「どうしたんですか」

 少年が無料でお茶を出すと

「新入りが上司の逆鱗に触れることやらかして大変だったわ」

とうんざりした口調で答えた。

「それは災難でしたね」

 生員が労わりながら杯に酒を注いでくれた。

 妻は礼を言いながら一気に杯を空けたのだった。


占い

「あの占い師でしょ、民を騙して金銭を巻き上げたっていうの」

 画員の妻が言うと

「そうなんです、この市場内でも何人も被害に遭っています」

と少年が応じた。

「最低な奴だな、困っている人に効用ある御札だと言って紙切れを高額で売りつけていたのだから」

と生員が付け加えた。

「買わないと更なる禍があると脅したらしいですよ」

「最悪!」



こもれび

「夫人、今日は休みだって言ってたけど、出勤していましたね」

 店に来た画員に少年が聞いた。

「うん、王宮の森の木漏れ日を見に行ったんだ」

「王宮の森って入れるんですか」

「内殿の奥なんで普通は入れないんだけど、伝手があって特別に入らせてもらうらしい」

「あそこの木漏れ日はいいぞ」

 ちょうどやってきた生員が言うと

「見たことがあるんですか」

と少年が聞いたので、

「まあね」

と苦笑した。


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