ターン3―風天小畜 三爻―会談

 山の上にある会議場、はるか昔の植民地時代に立てられた城を改装した、絹ごし豆腐のようにまっさらで艶やかな色をしている国際会議場、そして豪華な装飾に彩られた――他国の君主を招いても問題ないような重厚感あふれる一室。


 ここからはこの国最大の港を見下ろすことが出来る。

 そして、ちょうどその港には親善訪問で停泊している我が国の空母がはっきりと見える。メレシア海軍の空母もいるようだが……

 どちらの空母も周りの船と比べると規格外に大きい。この距離ですらその大きさと迫力が伝わってくる。

 これこそが制海と戦力投射を担う国家の軍事・外交政策の要ともなる兵器である。ただの軍艦とは訳が違う。運用する負担も建造する費用も。

 だからこそ、我が国は7隻、メレシア海軍は11隻しか保有していないのだが。


 この国の大統領――ステファノ大統領はこの場所を私との会談の場に選んだ。運か必然か狙ったのかは分からない。

 彼は知識人に属するのだが、それと同時に庶民的雰囲気を併せ持つ政治家だ。国民からの支持は厚いものの、議会において人気があるとは言えない。


 社交辞令と我が国の提案についての話の後、ステファノ大統領は突然話を切り出した。

「弘田大使、安全保障において貴国においてどれほどの余裕があるのか率直にお聞かせ願いたい」

「それにつきましては駐在武官の者に――」

 ステファノ大統領はその返事を想定していたかのように遮る

「あなたからお聞かせ願いたい」

 私は一呼吸おいてから率直に述べた。

「ご存知かもしれませんが陸軍には余裕があるとは言えません。しかしながら海軍と空軍にはかなりの余裕があります。」

 窓の外から見える我が国の空母を見ながら続ける。

「あれ一隻の航空戦力でも、貴国の仮想敵国の航空戦力を一方的に無力化出来ます。」

「それだけでなく、空軍は確実に相手の戦争継続能力を奪うでしょう。そして――」


 特命全権大使のその口から出た言葉はとても重い、なぜならその言葉は一人の外交官の言葉ではなく、その国の国家としての意思そのものとなるからだ。だからこそ、宣言する。


「何があろうとも、帝国は貴国を必ず守り切ります」


 これだけは可能か否かでは無い、帝国の確固たる政治的意思そのものを表明した。これが揺らぐことは無い。


 そして、ステファノ大統領は満足したような顔で言った。


「それが聞きたかった、ありがとう」と。


 これが決めてだろうか?決める前の確認だったのだろうか?どちらか分からないが、確実に言えることは――


 いや、いい。


 それはすぐに分かるだろう。


「あの大きいだけが取り柄の港湾はこの先、地域最大の貿易港になる、そう思えてきます」

 大統領は確かにそう言った。我が国に信用出来ない人物と印象づけたいのでないのならば――



 今のところ、この国の政府内における陣営の選択において我々大洋共同体は一定の優位を確保したと見るべきだ。



 翌日、この国の伝統的な祭事の席においてメレシアのマルセナ大使と話す機会があった。


 こういう祭事は外交官にとってその国の文化や人々との交流の場であるとともに、外交官同士の交流の場でもある。文化を尊重する意味を含めて外交官は来賓として出席することも多い。


 マルセナ大使は貴族的な気品と柔軟さを併せ持つ外交官だ。今現在となりに座っているが、その振る舞いからは貴族的な気品が、その服装からは柔軟さがそれぞれ色濃く現れている。


「あれから――1ヶ月以来といったところでしょうか、弘田大使」

 マルセナ大使は口を開いた。


「そうですね。あの日はこの国の独裁政権が転覆された直後で混乱していましたね。一部通信も遮断されていて、非公式の外交でいつも使っている民間の暗号通信システムすら使えなくなったのは驚きました。"危機"が発生したのはちょうどその時でしたね」私はそれに応える。


 彼女は空を見上げながら話を続ける。

「その日は清々しい今日とは反対に、雨空でそんな中――」

 そして、私の方を向き「共同作戦を提案したのは貴方でしたね」と言う。


 そして続けて「まさか車で直接いらっしゃるとは思いもしませんでしたよ」と言って少し笑った。その笑い方には気品が溢れている。


「ええ、事態は急を要した故、お互い大使館同士の通信が出来ない以上仕方なく、それに我々の海軍は既に行動を開始していたので不幸な行き違いを防ぐ必要もありましたので。西側の2大国は協力しなければなりませんから」

 私はこう言った。


 そして彼女は「危険な状態で積極的に行動できる人はごく稀です。私には到底真似できません。敬意を表明します」と言った。


 それに対し、私は「いえいえ、貴女こそお互いの本国の外務省が行動する前に二カ国共同宣言の草案を作成したじゃないですか。緊急時に冷静さを維持して両国の共通の立場を瞬時に見出すというのは見たことがありません。それのお陰で両国は迅速に強固な意思表示が出来た訳ですから」

 と言った。


 彼女はそれに対し「それは貴方がこちらの大使館に来てくださったからです。」と応える


 その草案が無ければ、そして両国の大使による共同提案という形でなければ、二カ国がここまで迅速に行動できたとは到底思えない。どちらかが欠けるだけで、"危機"は紛争へと発展した可能性がある。


 私は今現在進行中の貿易摩擦などを思いながら「私たちのように両国が協調できることを願います」と言った。


 彼女は「素晴らしい未来を見れた気がしました」と言うのだった。


 確かに、この国をどちら側に引き込むかについて、お互いの立場は異なる、だが、お互いが友好であるならば、結果がどちらであっても些細な問題となるであろう。


 私は帰りの車内で簡易的なやり方で占った。


 風天小畜 三爻――何か間違いが無いか探した方がいいかもしれんな。

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