ターン2―雷地豫 四爻―商工省

 商工省――大八洲帝国の中で今最も影響力のある省庁であり、経済などを管轄する。黄金期にある我が国の経済と大洋共同体における行政機関に人員を派遣して世界有数の経済圏においても優秀な政策立案力や実行力により強い影響力を持っている。


 その影響力は財布番たる大蔵省ですらあまり口を挟めないとされる。何か言えるのは怒った政治家、会計検査院、不正を発見した検察ぐらいだろう。


 そして、大洋共同体におけるは共通の行政機関へ他の加盟国同様に直接人員を割り当てている商工省に比べれば、我々は利害調整機関に過ぎない。大洋共同体加盟国は国家としての主権は相互において限定的であり、同じ主権国家における外交の専門家たる外務省の出る幕は無い。


 ある商工官僚は「商工省の求めるもの、それ即ち大洋共同体の求めるものである」と言ったらしい。とはいえ、その力の源泉は帝国議会衆議院の関心であることを考慮すれば、所詮は井の中の蛙だろうと思うがね。


 しかし、今回は我々外務省の専門分野であるが故に外務省主導で商工省が協力する形となっている。


 確かに商工官僚は優秀だ。だが外交で求められる力とは別の力が必要となる。今回は重要な局面、省庁の枠を超えて協力しなければならない。


 そういう理由で、実は大使館の方にも一時的に商工省の人間がいる。


 そうは言っても、やはり確執は存在する。もし交渉において大きな問題が発生すれば間違いなくこの関係は崩壊する。この間の占い結果がそうであるように慎重さを忘れないようにしなければ。


 私はこの国の資源開発庁採掘局のある高官と会談するために、貸切にした高級ホテルのとある会議室に入る。商工大臣とステファノ大統領との会談と時を同じくして。


 私は行く前の占いを思い出す。雷地豫 四爻――自信を持とう。


 他愛もない話から始め、しばらくしてから大八洲帝国の全権を代表する者として本題に移る。


「実の所、帝国はこの国に埋蔵されている化石燃料の採掘を可能とする技術を有しています」


 私はそれまでの柔らかい表情から、これからの話が冗談では無いということを感じさせる顔でそう言うと、高官は驚きにより目を見開く。


「本当ですか!?驚きました、初耳です」


「ほんの最近まで資源採掘公社と政府内においても極秘事項でしたので。機密解除は以降も公開はされていませんが……公社は貴国での資源開発事業に強い関心があるようでして」


 高官は一度深呼吸をした後、口を開く。「非常に興味深い話ですね……しかし、本来貴国に必要では無いはずの技術ではありませんか?疑っている訳ではありませんが、もう少し情報が欲しいところです」


 ごもっともな疑問だ。だが、彼の関心は技術開発の過程の問題では無く、技術そのものの質に向けられているものだ。


「ええ、こちらに」私は資料をカバンから取り出した。


「こちらの資料に技術情報と公社による開発予想地あたりの年間産出量の試算も含まれています」そう言って資料を机に置いて相手の方にズラす。

 高官は資料を息を飲みながら慎重に読んでいく。


 資料に隅々まで目を通すその時間、壁掛け時計のカチカチという音が鮮明に聞こえてくる。そして、少しづつその音が遅くなるような感覚さえ感じる。


 そしてそれは「やはり素晴らしい」その高官は言った声で消えた。


 すかさず私はもう1つの資料を取り出して、さっきと同じように渡す。

「こちらは帝国の商工省と大洋共同体が立案した大洋共同体による開発試案です」

 高官なそれをさっきと同じように読み進める。


 そして、その高官は一度頷き、続いてニ度頷いた後「資料を持ち帰りたいのですが……可能ですか?」と聞いてきた。


「公社の資料は可能ですが……その商工省の資料は不可能です。申し訳ない」


 高官は何かを悟ったように「大使、ということはその資料の内容はここだけの秘密とした方が?」と言った。


「私に強制する力はありませんが、そのようにお願いします」


 私は高官とそのように


 良い反応だった。経験から考えると、ある程度権限のある政府内高官とこの国の石油資源についての未来において共通の見解に達した。


 そして、商工大臣とこの国の大統領との会談においては大洋共同体加盟による経済統合で地域最大の港湾を建設することを持ちかけるなどが予定されている。


 それだけでなく、大洋共同体と大八洲帝国がこの国が参加する経済同盟の候補において十分な資質があるということを絶好の機会に示したのだ。


 港湾と石油は確実に結びつくだろう。この国は世界中に石油を直接売れるし、他の大洋共同体加盟国は石油供給が安定する。どちらにとっても良いだろう。


 我が国の資源開発関連の組織の中枢までわざわざ諜報員に浸透されていない限り、メレシア帝国の外務省や彼らの諜報機関である帝国諜報局がこの事を知るのはもっと後になるだろう。


 もっとも、冷戦下で同じ西側相手にそこまでの諜報活動を行うとすれば、普通は時間と金の浪費でしかないが。


 それにして、反応が良すぎるな……メレシア側は資源採掘部門にはまだ何も言っていないのだろうか?

 採掘技術を有することは自明であるからだろうか?

 なんにせよ、我々は不意打ちを食らわせたことになる。


私は大使館に戻り、本国で放送されている情報番組に見ていた。


「この事件について、元内閣情報総局で分析官を勤めていた佐野氏にお話を伺います」


 画面が切り替わり、1人の女性の姿が映った。

 どこかで見た事があるな。どこかの大使館で見たのかもしれない。


「今回の内部告発で帝国諜報局や国家通信局は活動が制限される可能性があります。今回のことはメレシアの法律における禁止事項を行った可能性があり、議会による新たに活動を制限する法律の立法や議会情報委員会による情報開示の指示が行われる可能性は――」


 彼らも大変だな。どうやら彼らの広範囲に渡る電子的監視活動を誰かが報道機関に暴露したようだ。今のところ国内問題だが暴露は未だ続いているようなので大事にならないかどうかが心配だ。


 我々と彼らはお互いに諜報協定を結んでおり、少なくともこの分野においてはお互い監視しないことになっている。もちろん我が国においても郵政や電波通信を所管する逓信省が管轄して電子的監視活動を行っているが、メレシア相手には行っていない。


 今この瞬間も大使館の様々な外交官はこの国のいくつかの機関相手に我々が提供すべき情報を今まさに提供している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る