第18話 エピローグ


 活気にあふれた街並みを、少年は歩いていた。

 タクシーから降りた女性二人を連れた男が、楽しそうに「釣りはいらねえ」と騒いでいる。


 そんな景色を満足そうに眺めると、少年はバーに入っていった。


「マスター、今日は……」


「貸し切りですね?」


 心得たとばかりに、マスターは少年にいう。


「ありがとう」


 礼を言うと、少年は未成年らしくフルーツジュースを注文した。

 心得ていると言わんばかりに、マスターはすぐに用意を始めながら、少年に話し

かける。


「ようやく、あのお嬢さんも望む世界にたどり着いたようですね」


 訳知り顔のマスターは、そう言いながらジュースを少年の前に差し出す。


「ええ。本当に良かった」


 出されたジュースを愛おしそうに眺めながら、少年は答えた。


「……しかしお探しの方ではなかった。まだ続けるおつもりですか?」


「はい。もちろん」


 少年の返事に迷いはなかった。


「……そろそろご自分の人生を進めてもいいのでは?」

 

「必要がなくなれば、そうするとしましょう」


 悪戯っぽく少年は答えると、マスターは呆れたように言った。


「神ならぬ身のあなたが、そこまでする必要も義務もないというのに、本当にあなたは奇特な人ですね」


 すると少年は持っていたグラスを置いて、真剣な顔で言った。


「神ならぬ身だからこそ、するのですよ。必要の背後にある苦しみを、私は知りすぎてしまった。知ってしまった以上、放置して見過ごすことはできない。それこそ、

無責任です」


「それは皮肉ですか?」


「そう聞こえましたか? あなたもそう思うから、見捨てることができず、こうして今ここで私と向かい合っている。違いますか?」


 問いかけるように見つめてくる少年の眼差しから、逃げるようにマスターはフッと横を向いて答える。


「目が離せないだけですよ。世界のことわりを知らずして、自分の正義を貫くなど、無謀すぎるにも程がありますから」


 そして一瞬だけ剣呑けんのんな目つきになった後、溜息交じりに言った。


「本当に人間は変わらない。それでも、あなたは希望を託し続けるのですか?」


「続けます。仕方がないなんてありえない」


 二人は、夜半の月を見る。

 今日のこの月を二人で見たのは、これで何度目だろう。


 でも多分、また幾度も幾度も気が遠くなるほど繰り返すのだろう。

 それこそ必要がなくなるまで。

 それは二人が選んだ選択なのだから。

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X集落の橋 ~唯香side~ 音織かなで @otoori

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