第16話 ニセモノ狩り

 弓月少年から報告を受け、「ホンモノ」の狐面の男からの襲撃は避けることが

出来たと知り、私はようやく安堵した。

 

このまま何も起こらなければいい――そう思いながら、私は弓月少年と通話して

いたスマホをデスクに置いた。机の上には、まだ飲みかけのコーヒーとドリンク剤が残っている。


 あと少し――あと1週間で佳奈美は帰省する。

 私としては途中まででも無事を確認したいところだけれど、無理ならせめてこの寮内では無事であることを確認しておきたい。

 

 ひと段落したことだし、今夜……いや今朝はもう眠ることにするか。

 あと一週間もあることだし。


 そう思いつつも、やはり気になるので、今週一週間限定で窓際のカーテンを開けて眠ることにする。暗くても眠れるタイプだし、外で異変が起きてもすぐに気づくことができる。


 あくびをしながらカーテンを大きく開くと、外はもうじんわりと朝焼けが景色にし染み入っていた。いつもより早い時間の景色ということもあって、新鮮に感じた私はスマホを触りながら、なんとなく眺めていた。


 すると寮の前にある大学の校舎へと続く道を散歩しているのが見えた。

 随分早い時間から散歩をする人がいるのだなと思って眺めていると、どうやら彼は探し物をしているらしい。キョロキョロと辺りを見回している。

 

 そこへ寮から、女性が一人、大きなボストンバッグを抱えて小走りで出てくるのが見えた。その女性が出てくるのと同時に、探し物をしていた男が近くにある樹木の蔭へとスッと姿を消した。

 

(あれ? あの女性って……もしかして佳奈美?)


 念のために外出着姿で待機していた私は、驚いてすぐにエントランスへ向かう。


 もちろん佳奈美とはまだ和解にまで持ち込めていないし、今だって寮を抜け出す事を私には一言も話してくれなかった。それだけ疑いが深いということか。

 それでも放ってはおけない。

 身を隠した男は、外見はごく普通の20代半ばくらいに見える男だったが、どうも様子がおかしい。


 大急ぎでエントランスを駆け抜けると、大学構内へ向かう道の坂の上に男が立っていた。佳奈美の姿は既に構内へと消えているが、男はそれを見守るように悠然と坂の上から見下ろしている。


 (……あの人は、佳奈美を探していたの?)


 不思議に思って近づくと、私の気配を感じたのか、ビクっと体を震わせてこちらを振り返ると、校舎側へと坂道を駆け下りていった。


 それを見て、私は思わず叫びそうになった。

 ――男は狐の面を被っていたのだ。


***


「それは『ニセモノ』、おそらく『テンさん』と呼ばれている組織の一員でしょう」


 すぐに私が連絡をすると、弓月少年は開口一番こう言った。


「指導役であれば、監視も兼ねているということ。監視対象が居なくなったのと、

『ニセモノ』の出現で様子を見に来たのでしょう。キツネさんの言う通りでしたね」


 監視役が「テンさん」と呼ばれるように、「ホンモノ」の狐面の男は「キツネ」と呼ばれていた。そしてその由来は、やはり母の形見の狐の面を大事にしていることにあるそうだ。

 なので弓月少年も愛理もそれに倣って「キツネさん」と呼ぶようになっていた。


「あえて人目につく狐のお面を被っているあたり、何かあったらキツネさんのせいにするつもりなのでしょう。いずれにせよ佳奈美さんが危ないので、何としてでも無事に実家に送り届けなければ」


 弓月少年の言葉には、私も同意する。


 しかし佳奈美は既に電車を乗り継ぎ、どこか知らない場所へと向かっている。

 これが実家なら良いのだけれど、そうでないなら――。


 例えば、仲舘というX集落の持ち主のいる神社だったら? 

 Z県までは電車で行っても随分と距離があるから、途中で「ニセモノ」に危害を

加えられてしまうかもしれない。


 信頼を失っているのは承知のうえで、半ばダメもとで「新幹線の駅で待っている」とメールを送ってみたけれど、やはりこれは失敗に終わり、待ち合わせに指定した

新幹線の駅には、佳奈美は姿を現さなかった。


 徹夜明けに加えて、佳奈美が心配で仕方がない愛理は、一緒に付いてきてくれた

バイト君にもたれかかっている。

 

 やはり私が信頼を失墜させたのが痛い――。

 これは私のせいだ。

 せっかくキツネさんまで協力してくれているというのに、また失敗してしまった


 ――落ち込んでいると、別行動をしていた弓月少年から着信が入った。

 

「〇〇駅の駅ビルに『ニセモノ』が駐車しました。万が一ということもあるので、

すぐに後を追います」


 これが出来るのも、私と愛理の写真が撮影された時点で、家が特定された以上、

いずれは組織の人間が来ると踏んでいた弓月少年のおかげだ。

 先手を打って監視カメラを家に仕掛けておいて組織の人間の使用する車を特定し、家探しをしている隙にGPS発信器を付けておいてくれたおかげ。


 だからこそ寮内の内通者から連絡が入った後の行動を追跡することが出来たし、

そして今もそのGPSは、私たちに重要な情報を教えてくれている。


 この「ニセモノ」の向かう先が佳奈美でないことを祈りつつ、私も佳奈美に再度

メールを送った。

 ――何か異変があれば、佳奈美の方からすぐにでも連絡が取れるように。


***


 ニセモノが向かったのはビジネスホテルで、そこでは部屋のドアノブを握りしめた佳奈美が、なんとかドアを閉めようとしているのに対して「ニセモノ」が力づくで開けようとしているところだった。


「だ、誰か……この人……!」


 佳奈美も必死で助けを呼ぼうと声を上げてはいるのだが、ドアノブから少しでも力を抜けば男の侵入を許してしまうため、思い切り声を張り上げることが出来ない。

 そこへ弓月少年とキツネさんが駆け付け、「ニセモノ」の身柄を取り押さえた。


 正体を見定めようと取り押さえた男の顔を確かめると、「ニセモノ」はやはり

テンさんで、この時もキツネさんの犯行に見せかけるため、狐の面を被っていた。


 とはいえ同じ組織の人間といえども、連絡係がメインの「ニセモノ」よりも、実働部隊であった「キツネさん」の方が、場慣れしている。力対力の戦いになると、呆気なくキツネさんが勝利を収めた。 


 ――以上の顛末は、弓月少年から聞いたものだ。

   なんとか間一髪のところで佳奈美は助かったのだ


 報告を受けた私は、安堵のあまり、ぺたりとその場に座り込んでしまった。


 そんなことは知らない弓月少年がスマホの向こうから、どうやって「ニセモノ」が佳奈美の居場所を特定できたのか――その推理を語ってくれているのが聞こえる。


「迷うことなく車を運転していたことから、おそらく向こうも佳奈美さんの靴の

中敷きなど、私物に居場所を特定できる小型のGPSを仕込んでいたのでしょう。

内通者がいれば可能ですから」


 だがもう私には、その解説もあまり耳に入ってこない。

 大切なのは結果だ。

 佳奈美も愛理も……そしてキツネさんも生きており、家族が心身ともに元気いっぱいの世界――何度も諦めようとした世界がようやく手に入った。

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